第5夜
「まずは何から調べる?」
モドは本棚から何冊も本を取り出す。どれも難しい単語ばかりで、読み取ることが出来ない。机の上に積み重ね、またたく間に本の山が出来上がった。
「ロザリーのお兄さんとは関わりがありましてね…海に出て外国に行っては、珍しい本を仕入れて売りつけてきたものです。」
そういって手にする本の表紙には、見たことのない文字。これがいわゆる他の国の文字というものなのだろう。
「本にヒントが隠れてるの?」
「分かりません。ですが、何かしらあるかもしれないので。」
「一ついいか?」
アインはモドの後ろ姿を眺めながら尋ねる。本をてきぱきと取り出しながら、モドは応える。
「何ですか?」
「何で急に調べる気になったんだ?今までだってじゅうぶん時間はあったんだろ。」
モドは両腕に抱えた本を机に置く。袖で額を拭い、一つため息をつく。そしてにっこり笑って会釈をすると、また手を動かす。
「…きっと、僕もツラかったんです。彼とは友人の関係でしたから。突然の死でした。さっき気付いたんですが、僕は無意識に、彼から買った本を読まずに避けていたようです。」
「…………。」
「だけど知りたくなりました。彼が何を求め出ていったのか。それが、ロザリーに関係があることでしたら尚更です。」
少し埃のかぶった本を優しく撫でる。見事なまでの革張り。少し冷たい、外国の空気を纏っていた。
「僕は彼の友人であり、彼女…………ロザリーの友人でもあるので。」
そう言うモドの顔は前髪に隠れてよく見えない。ただ大事そうに、壊れ物を扱うかのように本を抱える。
友人………。私にとって友人とは、幼馴染のヒースであった。私が困っている時、いつも助けてくれた。そんな彼や、街の人たちを救いたいがために私は旅に出た。大切な人のために何かしたい。いても立ってもいられない。その気持ちは、痛いほど知っている。
「…よし、わかった!」
「…………はい?」
モドが私を振り返る。アインはあからさまに怪訝な表情を向けた。私はドンと胸を拳で叩く。
「私が彼女のお兄さんが探していたものを、見つけてきてあげる!」
「…………あ、はい、ありがとうござ」
「という訳で、外行ってきます!!」
私は階段を駆け下り、外へと飛び出した。そして宛もなく、ひたすら勘に任せて走った。
シンと静まった部屋の中では、モドが半分口を開けながら固まっていた。アインは気にすることなく椅子に座り、積まれた本をもくもくと読み始めた。
「見つけるって言っても、宛もないのに…ナターシャさんは元気ですねぇ。」
「アイツはいつもああだよ。後先考えずに突っ走るのがナターシャだ。」
「アインさんも、何だかんだ言って手伝ってくださるんですね。」
「リーダーが手伝うって言ったからオレも手伝うだけ。あの白髪男も返してもらわなくちゃならないし。」
モドも反対側の椅子に座り、本に手を伸ばす。少しためらってから、ゆっくりと本を開く。パリ、と紙がはがれる音がし、ページがパラパラとめくれる。
「…ですが、ただのお願いを聞いてくださるなんて、お優しいです。お返しでも出来ればいいんですが……」
「そういう気持ちがあるんなら話が早いや。」
「え?」
顔を上げる。積み上げられた本が邪魔をし、モドの目線からアインの姿を隠している。パラパラと本をめくる音だけが、土壁の部屋に響く。モドの疑問符に答えず、アインは本に並べられた文字だけを追う。モドはアインをじっと見つめ、しばらくしてから口を開いた。
「………そういえば、まだ貴方たちの旅の目的を聞いていませんでした、よね………。」
モドがそう呟くと、その言葉を待ってましたとばかりに、アインが顔を上げてニヤリと笑った。
「────聞きたいか?」
その頃、突然知らない女性に手を引かれ、街の中を歩き回っているジルベールは、非常に戸惑っていた。
(ど、どうしよう?というか、この人はいったい誰なんだ?さっきロザリーって呼ばれてたけど………いや、それより…………。)
自分の手を強く握りながら前を歩く金髪の女性が、急に立ち止まる。後ろからぶつかってしまい、女性の後頭部におでこを思いっきりぶつけ、大きな音が鳴った。じんじんと痛む額を押さえる。
金髪の女性…ロザリーは、平均よりも身長が高いのだろう。そしてヒールを履いているため、今はジルベールとは約五センチメートル程しか違わない。女性にしてはしっかりとした体格。芯の通った立ち姿。しかし女性らしさは確かにあり、不思議な妖艶さを纏っている。
ロザリーはじっと遠くを見つめている。何を見ているのか気になり、後ろから覗いてみると、そこには………
「…………いっぬ。」
一匹のコヨーテがいた。コヨーテは鋭い目で、ジッとロザリーの梅色の瞳を睨む。コヨーテは初めて見たが、気性の荒い動物だったはずだ。それにこんなデカい動物は、女性は苦手に違いないと思った。
「あ、あの、も、も、戻りましょ……」
「いっぬ!!」
「へっ」
とんでもない力に腕を引っ張られ、一瞬身体が宙に浮く。そして理解するよりも先に、景色がものすごい勢いで通り過ぎていく。
ロザリーは青いスカートがめくれ、脚が露になるのも気にせず、コヨーテを追いかけて走り続ける。ジルベールは腕を掴まれたまま、何度も転びそうになりながら、ロザリーの行くがままに引っ張られていた。
重たい杖を背負った男を、ロザリーはいとも簡単にあっちこっちへ引っ張り倒す。
(ランサー辞めてから筋トレしてなかったけど……もう一回………やろうかな………。)
ジルベールの目からは、何とも言えない気持ちが溢れ、白い日差しにキラリと反射した。
【世界観設定】
メラジアスは海に囲まれた島国。小さいが長く荘厳な歴史を誇る国家である。幾度という海賊からの襲撃にも耐え、水ギルドを筆頭として、侵入を決して許さなかった。
海を渡った先には大きな大陸があり、そこには外国人がたくさん住んでいるのだということは、皆知っているが、実際に見た者は少ない。黒の魔物の出現が観測されているのは、メラジアスだけだという。




