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第4夜

「…………えっ!?」

 女性は髪をほどいたジルベールの首に抱きつき、そのまま勢い余って、二人一緒に砂浜に倒れた。砂埃が盛大に舞う。その急な状況に理解が追いつかない。倒れたジルベールの様子を見るとジルベールは…………抱きつかれたショックで気絶していた。


「紹介しよう。彼女はロザリー。この街の一番の美女です。」

「ユー冗談うまいネぇ!」

 モドが女性を紹介し、女性は笑いながらモドの背中をばしばしと叩いた。よろめきながらもモドはハハハと笑う。

 私は女性の口調にとても動揺していた。気絶したジルベールのことなんてどうでもいいくらい。

「彼女の父は漁師でね、彼女の兄もまた船乗りでした。見た目が、ですね………今のジルベールさんにそっくりなんですよね……。」

「クリソツじゃナイよ。本人だよ。」

 モドの言葉を遮り、ロザリーは胸元からペンダントを取り出す。銀色の無骨なデザインのペンダントの中には、男性の写真が入っていた。その男性の写真はだいぶ色褪せてはいるものの、とても大事そうに埋め込まれている。

 写真の男性は、確かにジルベールにそっくりだった。髪を下ろしたジルベールと同じような髪型で、襟足がとても長い。睨み目気味の瞳や、困ったように微笑む口元もそっくりだった。違うところといえば、その男性の髪はロザリーと同じ金髪で、口元にはジルベールのような傷が無いところだった。

「兄ぃとは喧嘩をシタ。ミーはすっごく怒ってぇ、兄ぃはミーを置いて海に出て行ったんだよ。兄ぃ、それっきり帰ってこなかった。」

 ……何故だろう、今とても悲しいお話をしているはずなのに、涙が出る気配がない。ロザリーの外見と喋り方がアンマッチすぎて、脳が驚いている。

 ロザリーは倒れているジルベールの傍にしゃがみ、顔をのぞきこんだ。

「でもやっと、やっと帰ってきてクレた………!」

「…ロザリー。」

 モドがロザリーの前にしゃがむ。ペンダントを握り、蓋をパチンと閉じる。にっこりと笑いかけるモド。こちらからは後ろ向きで顔は見えなかったが、きっと微笑みかけていたと思う。

「彼は貴女のお兄さんじゃありませんよ。よく見て、彼は貴女よりも年下です。お兄さんはまだ帰ってきてないんですよ。」

 優しく語りかけるようにモドは話す。さざ波は強くなり、次第に波の音が聴こえてくるようになってきた。

「違う……兄ぃは帰ってきたの!!モド嘘つかナイで!だって兄ぃ、今ここにイルじゃんか!!」

「はっ………?」

 ジルベールが目を覚ます。いつの間にか砂に寝っ転がっており、目の前には金髪の女性とモドが睨めっこしている。二人の顎を交互に見ながら、ジルベールは頭の上にハテナを浮かべた。

 朝だというのに冷たい空気が流れ、髪をなびかせる。ロザリーの金髪は朝日をたっぷりと吸い込み、キラキラと太陽のように輝く。しばらくロザリーとモドの睨み合いが続く。モドが口を開く。

「彼は風ギルドから来た別人です。確かに似ています。でもよく考えてください、あれから五年が経ちました。お兄さんの見た目だって少しは変わって…」

「兄ぃは兄ぃだ!だって、こんなにクリソツなのに………違う人なワケ、ナイじゃんか………。」

「……ロザリー」

「モドのバカ!!」

 ジルベールの腕を鷲掴みにすると、ロザリーは大股で歩き出した。海岸から出て、街の方へとずんずんと歩く。

「え?え?なんで俺掴まれて、ていうか握力つよ…………ッ」

 戸惑うジルベールをお構いなく、ロザリーは私たちから離れていく。私はまた唐突な展開についていけない。どうすれば良いのか分からず、とりあえず去っていく二人の後ろ姿を見ながら、水筒に入ったモド特製のミルクティーを飲んでいた。ジルベールの情けない声が遠ざかり、そして聞こえなくなる。

「………先生、ジルベール連れてかれちゃったね。」

「ですね、アハハ。いや、僕も似てるなぁとは思ってたんですよ。でも髪を下ろすと本当にそっくりで……あれで髪がもう少しストレートで金髪だったら、もう本人ですね。あと傷。」

 モドは笑っていたが、やがて口を固く閉じた。二人が去った方向を見つめ、ポケットに手を入れる。ガラスの万年筆を入れたポケットだ。

 しばらくして、モドは街の方へと足を運ぶ。少し歩いてからくるりと私を振り返り、にっこりと笑った。

「すみませんが、散歩は中止します。一旦僕の家に戻りましょう。貴女とアインさんに協力して頂きたいことがあります。」

 色々展開が早く、思考はまったく追いついていないが、モドが少し焦っている様子は分かった。見かけによらず、結構分かりやすいのかもしれない。私は元気よく、グッドサインを出した。


 家に帰ると、アインがリビングの机に本を数冊積み重ねて読みふけっていた。私たちに気がついて顔を上げると、眉をしかめる。

「…ジルベールは?」

「絶世の美女に拉致された。」

「ええ…何その展開。」

 パタリと本を閉じ、本棚へと戻す。

 モドが私とアインを窓際へ呼び、外を指さす。そこにはロザリーとジルベールの姿があった。ロザリーの様子は先程とは違い、とても楽しそうだ。片手でジルベールを掴み、身振り手振りで話をしている。声が私達のところまで響いていた。ジルベールはへっぴり腰で、ロザリーに引きずられるようにして歩いている。

「彼女はね、可哀想な娘なんですよ。」

 モドが窓の外のロザリーを見ながら、ぼそりと呟く。その顔は笑っておらず、私が幼い頃、孤児院の窓から私達が遊ぶ様子を見守っていたシスターの顔を連想させた。

 ロザリーの声はとても響く。帽子をかぶった男の子が二人の側を走り抜ける。ロザリーはすかさずその男の子に、

「ユーの帽子、最高にイケてる!最高!Foo!」

と呼びかけた。

「………彼女はね、可哀想な娘なんですよ。」

「あ、可哀想ってそっち?」

 アインは気の抜けた返答をする。モドは首を横に振り、違いますと言った。

「彼女のお兄さんは亡くなったんです。ある物を探しに海へ出たあと、行方がわからなくなりました。その後、隣国の海岸で、お兄さんの遺体が発見されました。」

「えっ………」

「彼女はそのことを受け止めきれず、いつも明るく振る舞うようになりました。……いつか彼女が、お兄さんが居なくても平気だと思えるようにできる限りのことをしてあげるつもりでした。水ギルドの者は皆そう思っています。ですが、僕にはもう術がない。だからせめて知りたいんです。」

 窓枠を掴む指に力が入る。不甲斐ない自分を攻めるように、モドはひどくうなだれる。私とアインは何も言わず、次の言葉を待った。窓の外では、ロザリーがジルベールに必死に話しかけ、笑わそうとしている。

「────手伝ってくれませんか。彼女の…ロザリーのお兄さんが、何を求めに海へ出たのか。そして出来ることならば、それを彼女に見せてやりたいのです。」

 ロザリーのお兄さんが探しにいった物。それが何なのか、もしかしたらロザリーにはまったく関係がないかもしれない。それでも良いとモドは言った。

 私はアインを見やる。アインは私の顔を見ると、澄ました顔で頷く。

「オレたちとしても、一応あの白髪男はパーティーなもんでね。返してもらわなくちゃ困るんですよ。」

 その返答に、モドが顔を上げる。そしてふっと笑った。

「………ありがとうございます。」

 窓の外のロザリーは、ジルベールにニコニコと笑いかけていた。彼女は自分の胸元に下がる無骨なペンダントを、滑らかな白い指で握りしめていた。

【水の都の住宅】


 白い土壁。全体的に上に細長い形が特徴的で、芸術的センスがあると、ある専門家は言う。太陽の光を強く反射するため、非常に眩しい。

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