第3夜
うっすらと外が明るくなってくる。カーテン越しの光は柔らかく、少しだけ涼しい風を運んできた。
(朝、かぁ…………暖かい…ねむ……………)
まるで腕の中で眠っているかのような気持ちよさ。一度起きかけた意識は、再び深い眠りの中へと落ちていく。……が、その時──
「──はいナターシャさん!起きて!朝ですよー!起きてー!!カンカンカンカンカン」
けたたましい金属の音と共に、意識を一瞬にして浮上させる声がした。たまらず耳を塞ぎ、目を見開く。そこには、楽しそうにフライパンを鉄のレードルで叩くモドの姿がいた。そして私を見ると、
「あ、起きましたね!朝ご飯できてますよー。」
と言いながらにっこりと笑う。白いエプロンを身につけているその姿は、いわゆる世間の『お母さん』というものなのだろうか。
眠い目を擦りながら階段を降りていくと、そこには既にアインとジルベールの姿があった。二人とも朝食を済ませ、コーヒーを飲んでいるところだった。
「……起こしてくれてもいいのに。」
「起こしたけどあんた寝たじゃん。」
さいですか。全く記憶にございません。
席に座ってボーッとしていると、モドが次々と料理を運んでくる。孤児院でも食べたことがあるような、クロワッサンやミルクのスープ、卵にチキンのサラダというメニューだ。どれもまだホカホカとしていて、とてもいい匂いがする。起きたばかりというのに、お腹から大きな音が鳴った。
「どうぞ召し上がれ。」
「い、いただきます!」
そう言えばきちんとした食事を、ここ数日取っていなかった。風ギルドでは気持ちが落ち着かず、ゆっくりと食事を味わうことが出来なかった。
スプーンやフォークを使って料理を口に運ぶ。………美味しい。孤児院で食べたご飯と同じ味がする。疲れた身体に染み渡ると同時に、少しだけ懐かしい気持ちになった。…まだ旅に出て五日しか経ってないのになぁ。
私が少し鼻をすすりながら食べているのを、モドは微笑みながら眺めていた。そして私が食べ終わるのを待つと、席を立ってコートを羽織った。
「先生?どこか行くの?」
「散歩です。日課なので。よろしければ一緒に行きませんか?」
モドは透明な容器の中に入っていた山吹色のガラスの万年筆をポケットに入れる。そして大事そうにポケットのボタンを留めた。
「散歩ついでに貴方達のことも是非お聞きしたいです。」
モドの斜め後ろをついて歩く。朝日が照らす白と青の街並みは、夕方とはまた違った魅力を秘めていた。ジルベールも壁に反射する光に目を細めながら、その風景に魅入っている。
アインはモドの家に残った。
『折角ですけど、本がすごく気になるのでオレは残って読んでてもいいですか。ナターシャ、街で暴れんなよ。』
とのことだ。まったくあの子ったら、憎たらしいことこの上ない。
「あの…どこをいつも歩くんですか?」
「定番は海沿いですね。朝日が特に綺麗に見えます。あとは住宅街をぐるっと回ってって感じですかね。」
モドは真っ直ぐ海へと向かって歩く。少し下を見ながら歩いており、前髪の隙間からチラリと薄い色の瞳が見え隠れしていた。白い光の中にミルクティー色の髪の毛が溶け込んでいる。
潮風が吹き、目の前には真っ青な地平線が広がっている。さざ波が右から左へと流れていく。
「きれーーーーい!」
口元に手を当て、海の向こうへ叫ぶ。モドが笑う。反響する声が波間に飲まれていく。……キレイだ。芸術とかに興味が無い私でも、自然の美しさには共感ができるようだ。ジルベールは少し強い風に乱れた髪を結い直そうと、三つ編みをほどいた。
目に入り切らないほどの海を波の流れにそって眺めると、人影が目に入ってきた。金髪の長い髪をなびかせる、まるで青い人魚のような妖艶な……………ではなく、よく見ると青い衣服に身を包んだ金髪の女性だった。遠目からでもよくわかる、その整った顔立ち。飴色の瞳がゆっくりとこちらを振り返る。持て余したまつ毛が数回瞬きをし…大きな瞳が見開かれた。
すくりと立ち上がる女性。すらりとした姿を見ると、絶世の美女とはこういった人のことを言うのかと誰もが思うだろう。次の瞬間、女性はこちらへと走りよってきた。そして………
「────おかえり、兄ぃ!」
「…えっ!?」
女性がジルベールの首に抱きついたのだった。




