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第12夜

 私は今、ギルドの外の花壇に座っている。足をぶらぶらさせながら、ひとりで暇を潰している。アインとジルベールは、ギルドマスターと話をしている。私と共に旅に出る許可を貰っているのだ。

 花壇には白い小さな花が咲いており、甘い香りを漂わせている。草の緑色と花の白色のコントラストが、とても爽やかで美しかった。

 わいわいと声がして顔を上げると、増援で来ていた水ギルドの人たちが馬車に荷物を積んでいた。風ギルドのマスターは私が応援要請で転がり込んできた時に、水ギルドにも応援を頼んだようだった。数人であったがすぐに応援が駆けつけ、彼らを率いて私は戦陣へと舞い戻ったのだ。………なんて少し誇大表現してみたり。

 しかしここに居ても暇なだけなので、私は花壇から飛び降りて馬車へ近寄ってみることにした。

 近づくとさっそく男性に気付かれ、声をかけられる。

「……あれ?君、応援に行ったとき先頭を走ってた子だよね?その髪目立つからすごく分かりやすかったよ」

 変わった色だね、と男性は私の髪をまじまじと見ている。

「本当よね!それに足も早くって、ビックリしちゃった」

 馬車の反対側から女性がひょっこりと顔を出し、目を細めて笑いかけてきた。よく見ると男性も女性も整った顔が多い。水の都はこういった人が多いのだろうか。

「ここで何してるんだい?」

「仲間を待っているんです!今から水の都に帰られるんですか?」

「そろそろね〜。仲間ってことは、旅をしてるのかい?」

「はい!黒の魔王討伐の旅をしています!」

 男性と女性はきょとんとした顔で私を見、顔を見合わせ、また私を見る。そしてぷっと吹き出した。

「あっはっはっは!魔王討伐だって?久しぶりに聞いたよ!」

「お嬢さんがこの弓で倒すのかな?勇ましいわね〜」

 二人の声から悪意のこもった声は感じない。しかし腹の底から笑っているということはわかり、私はあからさまに不機嫌になる。頬を膨らませていると、女性が目尻の涙を拭いながら私の頭を撫でる。

「ふふ、ごめんね。でもお嬢さんみたいに若い子がそういう事を言うなんて、珍しくってつい笑っちゃったの」

「最近の若者はまったく、冒険心が無くなったからなぁ。俺も昔は夢見たもんさ。この世界の勇者になるー!ってな」

 ………やっぱりバカにしている。だけどあまりにも爽やかに笑うものだから、毒気が抜けてしまった。

 馬がいななき、馬車がガタゴトと揺れる。男性が慌ててなだめに行ったので私もその後をついて行くと、そこには見たこともない馬がいた。遠くから見たら灰色だと思っていたが、近づくとほんのりと青味を帯びている。半透明で、たてがみはしっとりと濡れ、水がしきりにしたたっていた。

「わあ、すごい……」

「初めて見るかい?ケルピーさ。水の精霊でね、俺達水の民はこうやってケルピーを移動手段にすることが多いんだ」

 触れるとひんやりと冷たくて、ツルツルとしている。ブルルル、と鼻を鳴らして私を振り返るその顔はとても優しく、黒目がちの潤んだ目が私を見つめていた。

「……………決めた」

「ん、どうした?」

「おじさん、私も水の都に連れて行って!」

「お、お、おじさん!?」

 男性の服の裾を引っ張り、連れていけとせがむ。男性はまた暴れだしたケルピーと私を同時になだめながら「参ったな…」と洩らす。女性はというと、コロコロと笑いながらその様子をただ見ていた。

 連れていけと駄々をこねていると、アインとジルベールがギルドの建物から出てきた。そして私の様子を見るなり、アインは「ゴリラが人襲ってる」と呟いた。

「おっ、おかえりー!どうだった?」

「特に何も。行ってらっしゃいって送り出されたよ。というかおじさんから手を離しなさい。めっ」

「おじさん………」

 男性の周りにどんよりとした空気が流れる。ジルベールは困ったように顔をしかめながらため息をついた。

「で…君は何してるの?」

「おう!よく聞いたな!」

 ビシッと親指で馬車を指し、私は高らかと宣言した。


「この馬車に乗っけてもらって、水の都に行くぞ!おーー!!」


 シーンと静まり返るその場の空気の中、女性の軽やかな笑い声だけが響いていた。

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