第10夜
キィィィン……と金属同士がぶつかり合う音がする。死ぬと確信していた私は目をつぶり子供を強く抱きしめていたが、その音で恐る恐る目を開ける。そこには私を庇うように立ちふさがり、槍のような赤い杖で斧を受け止めるジルベールの姿があった。
「ジルベールさん…………!」
「その依頼書は俺宛に来たものだ!勝手に持ち出されちゃ………困るんだ!!」
祭服姿のまま、ジルベールは斧を杖で弾き飛ばす。そして、尖った先端で黒の魔物の胸を突き刺した。
黒い液体がビタビタビタと垂れ流れ、悪臭が辺り一面を覆う。魔物はしばらくふらふらとよろめいていたが、やがて崩れ落ちるように倒れた。その死骸と流れた液体はしだいに固くなり、真っ黒なガラスのようになった。
ジルベールはアインのいる魔物の輪の中に飛び込んでいく。
「司教様、戦わないんじゃなかったんですかァ?」
アインが魔物達に奮闘しながらも、意地悪気味に問う。ジルベールが杖を両手で握ると、丸い石のような塊が翡翠色に光り出す。するとみるみるうちにアインの体の傷が癒えていった。
「君たちが出ていった後に、すぐ村に魔物が現れたんですよ。外に出たらこのザマだ。…村の魔物達は少なかったので一掃しました。君の魔法が見えたので向かっていたら、途中で悲鳴が聞こえたから……」
「現れたのは白馬の王子様ならぬ白髪の司教様ってな」
「……上手くないです。それと司教『様』はやめて頂きたい」
「いいじゃんか。だけど今は出来たらランサーとして戦ってほしいね」
「……承知しました」
アインとジルベールが身構えると、魔物達が一斉に襲いかかってくる。アインの風魔法。魔物を吹き飛ばし、戦力を削ぐ。向かってくるものをジルベールは杖で突き刺していく。グチャリ、グチャリと音を立てて倒れていく魔物達。その状況は、すっかり暗くなった空に浮かぶ月明かりに照らされている。凄惨なものだった。
アインは次第にジルベールの息が激しく上がっていくことを気にしていたが、鮮やかなフーシア色の瞳はブレることなく前を見ていた。
なかなか倒れない魔物に、体力はすでに底を付きそうだ。辺りは悪臭で満ちている。
「これが………魔物の血の匂い……………いや、魔物と成り果てた、人の……………!ヴっ…………」
「しっかりしろ!」
口元を抑え、苦しそうに背中を丸めようとするジルベールの襟を掴み、無理やり起き上がらせる。顔色は蒼白、息は浅く早くなっている。
「今はあんただけが頼りなんだよ!もう少しでいい、持ちこたえろ!」
アインの叫びに応えるように、ジルベールは杖を握り直す。口の中の唾を飲み込み、再び攻撃をするが、跳ね返されてしまう。
「ぐゥ…………ッ」
幾本もの黒い矢が飛んでくる。アインはジルベールの前に立ち植物魔法で壁を作るが、防ぎきれず肩に深く矢が刺さった。
「いてて………くっそ…!」
矢を引き抜くと黒い液体と赤い血が溢れ出る。ところが、その傷はまたたく間に塞がっていった。
アインはジルベールを睨みつける。
「もう良い!それ以上回復魔法を使うとマジで死ぬぞ!?オレよりも自分を治せよ!!」
怒鳴りつけられながらも、ジルベールは魔法を止めようとしない。もはや立っているのも限界な程で、杖で体を支えていた。
「オレはなんて事無い!もうやめろ!!」
「そんな訳には……いかない…………」
途切れ途切れにジルベールは答える。ゼエゼエと喉から出る音が次第に遅くなる。
「お前バカか!?回復系が死んだら元も子もないだろうが!!」
「う………うるさい……!俺は………俺は…………ッ」
ジルベールに向かって放たれる黒い槍。残り僅かな力を振り絞り、ジルベールは杖でそれを防いだ。
「もう二度と仲間が傷つく姿を見たくないから、ビショップになったんだ……!!」
次の瞬間アインは目を見開き、ニヤリと笑った。
「…ああそうかい。とりあえず、あんたはもう休んでな」
ジルベールは朦朧とする意識の中、アインの目線の先を辿った。遠くからやってくる軍団…………あれは……………
「遅くなってごめん!応援、呼んできたよ!」
桃色の髪を翻し、集団の先頭をかけてくるナターシャの姿だった。その背後には、大勢の人がナターシャの後を追っていた。
その後ジルベールは気を失い、魔物達は増援部隊によって討伐された。
【人物紹介】
ジルベール
ビショップの青年。二十三歳。
ガラスの破片は薄紅色で、その色のガラス細工の髪飾りを身につけている。
どこか掴めない容姿端麗な青年。
心優しい仲間思いの彼だが、感情を上手く伝えられず誤解を生むことがしばしばある。
元はランサーだったが、傷つく仲間を見るのが耐えられずビショップへの転職を決意。
そのため槍のような形の杖を持っている。
転職から間もないためビショップとしてはまだまだ。
先に杖が出てしまうことも。
その容姿と表情の硬いクールな雰囲気から、隠れファンが多い。
最近では野良猫と戯れていたという噂がファンの間でまことしやかに囁かれている。




