第1夜
「ねえ、どうして私はみんなにいじめられるの?」
まだ幼かった私は、村の子供たちが自分のことをからかって言う「孤児」の意味を理解していなかった。ただ毎日泣いては同じ質問をし、シスターを困らせていた。
「…それはあなたが素敵だからですよ」
そして毎回、シスターは同じ答えを言うのだ。
「うそだよ。ステキな人はいじめられないんだよ」
「嘘じゃありませんよ。皆、あなたが素敵だから羨ましくていじめてしまうのです」
膝の上に顔を伏せて泣く私の頭を撫でながら、シスターは優しく語りかけてくれた。そして『私の素敵な部分』を指を数えて挙げていくのだ。
「ひとつ、鮮やかな桃色の髪の毛。ふたつ、泣き虫なところ。みっつ、誰の悪口も言わないところ。よっつ、真っ白でキレイなガラスのリング。いつつ……誰よりも強い正義を持っている。ほら!五つも素敵なところがあった!」
「…なきむしって、いいことなの?」
「わかりません。確かに泣くことよりも笑うことの方が楽しいかも知れませんが…でもね、私はこう思うんです」
どこか遠くを見ながら、夢を見るような目でシスターは話す。窓の外に降る雪が、その目の中に映り込んでチラチラと光っていた。
「誰かのために泣ける人って、とっても心が優しい証拠なんだと思うんです。…もちろん笑うことがいけない事だとは言いませんが」
「よくわかんない」
シスターの膝の上によじ登り、ぽすっと腕の中におさまる。クスクスとシスターは笑いながら私を抱きしめた。
「わからなくてもいいんです。今はまだね。だけど、これだけは覚えていてくだい」
音もなく降る雪は、藍色の空からどことなく現れて、風に乗って飛んでいく。雪とともにうっすらと消えゆく記憶の中で、シスターの声だけは響いていた。
「あなたの五個の素敵なところ。それだけは忘れないで。大丈夫よナターシャ。あなたは誰よりも、強く優しい子だから…………」
あれから約十年、少女は育ての親の死去をきっかけに、孤児院を出た。長い波打つ桃色の髪。右手の人差し指にはめた白く光を反射するガラスのリング。背中からは弧を描く細い弓がにょっきりとのびている。
王都から離れた、どこのギルドにも属さないその村ではある噂で持ちきりだった。それは、「あのおてんば娘ナターシャが、黒の魔王討伐に行くらしい」というものだった。