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夏休みになり、恒例の山中湖合宿の日を迎えた。
僕の担当である悠李チームは、二年生たちとともに合宿には参加できない。合宿に参加する三年生から六年生は正確には僕の担当ではないので、わざわざ一万円近くも自腹をはたいて参加することもないのだが、平日練習を僕一人で担当していたことで暗黙の義務を感じ、参加することにした。
合宿初日は金曜日のため、会社勤めのコーチたちは初日からの参加はできない。だから仕事の融通が利き、全学年に精通している僕に自然と白羽の矢が立つことになる。
例年通り、駅前に止まる大型観光バスに乗り込む。去年との違いは、担当学年がいないので気を張る必要がないことと、同乗するコーチが僕一人ということだった。
そこで、去年の合宿の時に変えたいと思ったいくつかの習慣のうち、早速一つを変えることにした。
走行中のバス内で当然のように行われていた、コーチ推薦のサッカービデオ上映会の中止。去年、バス酔いの子が大量発生し、お当番ママさんたちが大変だったからだ。
子どもたちは本来遊びの天才。友達がたくさんいる中で暇になんてしていられない。もし暇になったら「何をしようかな」と考える。それだけでも考える力が養われる。
結果、バス酔いの子が激減し、にぎやかさが倍増した。こうして大東合宿からバスの中のビデオ上映会という習慣はなくなった。
バスが山中湖に到着すると、全員の思いが一つとなった。
「うわっ!寒~い!」
霧雨降る肌寒い天候に、みんな身をすくめながら宿に向かった。
昼食後、四年生の藪口組と僕はアウェーで練習試合があったため、相手が待つグランドへ向かった。今日一日限定で藪口組のコーチとして試合を遂行するように、事前に監督補助の大口コーチから要請されていたのだ。
本来、四年生チームは一年生悠李チームにいる次男三人組の一人、聖太の父、藪口コーチが率いている。僕と歳の差のない藪口コーチは三兄弟を養うお父さんコーチで、サッカー経験はないもののバスケットボール経験者だけあって体力には自信があり、なんでも力ずくでプレーするタイプの人。大口コーチ主催のフットサルチームでは、とにかくシュートを打ちまくる。枠に飛ぶのは一割で、ゴール周辺の破壊王と化す。
そんな熱い藪口コーチは、スポ根アニメ世代のママたちからはスポーツマンの象徴と捉えられており、藪口コーチのことを悪く思うママは皆無だった。
僕からしてみたら、根性だけでどうにかなると思っている時点で、僕の指導法とは全くの正反対であったが、藪口コーチとの仲は良かった。
四年生チームには、一年生の次男三人組の兄たち、長男三人組が在籍していることもあり四年生たちとの仲も良かった。だから、一日限定とはいえ、四年生チームのコーチとして行動できるのは嬉しいことだった。
霧雨が降り続く中、試合会場に到着すると、雨で地面はぬかるんでいて、あっという間にシューズが泥だらけになる。そして、何よりも困るのが寒さ。体中を濡らす霧雨が子どもたちから体温を奪っていく。
明らかにテンションが落ちまくっている四年生たち。そこでエンターティナー、盛り上げ役である僕の本領発揮だ。
まず、試合は子どもたちの希望通りのポジションにした。事前に藪口コーチからなんの指示もなかったので、晴れていてもそうするしかなかったのだが。
試合後の子どもたちは、全身びっしょりで前髪からはしずくがしたたり落ちている。タオルで拭いても焼け石に水の状態。
雨を避けるために屋根の下に子どもたちを入れるも、座れる場所がなくむんなしずくや鼻水でぐちゃぐちゃな表情のまま佇んでる。おまけに寒さで小刻みに震えてる。
そこで、村山公園で養われた思い付きを発動した。その結果、反射神経を駆使して体を素早く動かすゲームを考案しみんなで楽しむことにした。楽しみながら体を動かし、だんだんと体が温まっていく一石二鳥を狙ったこのゲームはとても好評で、みんなの表情から笑顔が消えることはなかった。
試合も休憩時間も藪口コーチのように引き締めるようなことはしなっかたが、四年生チームのみんなが異口同音に「楽しかった!」と言ってくれ、大成功のうちに合宿一日目が終わった。
合宿二日目は各コーチ陣そろい踏みですることがなかった。昨日の宴会で、いつものように「うちの鬼ババァが~」と奥さんの悪口で周囲の笑いを取っていた藪口コーチが四年生チームに合流したものの、昨日のよしみでお手伝いしようとしばらく四年生チームに帯同していたが、根っからの独裁主義者である藪口コーチには僕の姿は見えていないようだったので、何をしようかと他チームを見渡してみた。
すると五年生昇平チームが、グランドの外周を六分間走するというので飛び込み参加することにした。村山公園の雅大と友達で、以前公園組リーダーをしていた真吾を本当の兄よりも慕っていた昇平とスタートラインに並んで立ち、「一緒に走ろうね」と昇平と約束した。したにもかかわらず、スタートして一周すると僕の負けず嫌いに火がついてしまった。
昇平は、おっとりした性格そのままにマイペースで、上位に食い込んでやろうという気概は全くない様子。そこで、「昇平、先に行くね」と言い残し、僕は先頭を追いかけた。
残り二分となり、前方に二人となったところで、ずっとこのゲームを見ていたサーファー大口コーチが、笑いながら僕にチャチャを入れてきた。「なんか面白いことやって!」と言われたため、変な動きをして笑わせたところ、急に息苦しくなってしまった。
最後まで走ったものの、そのまま三位で終わった六分間走だった。その後はベンチに座り、六年生大口組の練習をのんびり見学させてもらい、気楽な合宿も幕を閉じた。




