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ゴールデンウイークが終わる頃には、一年生悠李チームのメンバーもオリジナルファイブに加え一人また一人と増えていった。悠李や祐平のように初めてサッカーをする子もいれば、奏斗や聖太、颯のように幼稚園からやっている子もいた。
でも、練習内容はみんな一緒。パス練習では技術の差が表れるものの、一年生がやっている練習メニューは一見、サッカーとは関係なさそうな鬼ごっこやジャングルジムを使ったゲームなどが多かったため、サッカー技術の個人差はコーチである僕も子どもたちも全く気にしなかった。
「相変わらず一年生チームには場所がないけれど、他学年がうらやましがるくらい楽しくやってやろう」
この信念の下、マンネリ化で楽しさが失われないように、日々新鮮な練習メニューを考えた。その場での一瞬のひらめきが多かったが、それもこれも村山公園で培った考える力のおかげで、どんな状況でも臨機応変に対応できた。
一年生チームが始動してから毎週日曜日に一年生の練習を手伝って、というよりむしろ一緒になって遊んでくれていた中学一年生のヤッちゃんたちは、中学校のサッカー部が本格的に始まったため、あまり来てくれなくなったが一年生たちはヤッちゃんたちから毎週教わっていた大東SC代々の体操を自分たちだけでできるようになっていた。文化の伝承は見ていてほほえましい。こうして大東SCの血が受け継がれていくのだ。
それでも、たまに塾内でヤッちゃんと一年生チームの話になることがある。
「コーチ!今度の日曜日、部活ないから大東SC行ってもいい?」
「うん。相変わらずコーチ、一人しかいないから手伝って。一年生と遊んでやって」
こうして、たまにでもヤッちゃんが仲間を誘って大東SCに戻ってくることにより、敷居が低くなり卒団生が戻ってきやすい環境ができていった。
僕の塾には、ヤッちゃん以外の卒団生も在籍していたが、中学三年生になったヨッコラは不登校となり引きこもり、中学二年生になったポッポは中学入学と同時になぜか野球部員となっていたので、大東SCに顔を出せとは言えなかった。
一年生チームは日曜日練習のみのため、一年生担当コーチとしての僕は日曜日だけ練習に参加すればよかったのだが、六年生の竜彦が所属する大口組、五年生の昇平がいる塚本組、四年生の長男たちがいる藪口組の要望もあり、平日練習にも引き続き参加した。
ただし、木曜日は村山公園と重なるため、リーダーの五年生雅大たちと話し合い、参加人数が少なく盛り上がらない可能性のある日は公園組を優先した。
僕が大東SCの平日改革を始めた当時三年生だった現六年生にとって、平日練習に上級生が下級生の面倒を見るのは当然のことと認識されていたので、僕が欠席しても昔の大東SCに戻ることはなかった。
一年生オリジナルファイブのうちの奏斗、颯、聖太の次男三人組は本当によくできた子どもたちだった。幼稚園からプレーしていて、さらに四年生の兄に鍛えられた突出したサッカー技術はもとより、友だち、仲間に対して悪口、文句を言わない点が素晴らしかった。そういう意味では子どもらしくないなとも感じられた。
一方で、とても子どもらしい子ども、それが悠李と祐平だった。悠李と祐平は次男組同様、幼稚園から一緒でママ同士もとても仲がいい。それなのに、いつも言い合いになる。
その様子を見ていると、決まって自由気ままにふるまう悠李を許せず、祐平が注意する。その結果、悠李が力に頼り、祐平とバトルになる。
だからといって、悠李も祐平も喧嘩好きでわざわざ喧嘩しているわけではない。二人とも素直で正直で笑顔がかわいい普通の子どもだ。それなのになぜ喧嘩ばかりするのか。
村山公園でも塾でも問題のある子を放っておくことができず、信頼関係を作った上で適切な対応を図っている。
「悠李のうちは何人家族?」
「四人家族」
「お父さん、お母さん、悠李と?」
「弟!」
「ふ~ん、そうかぁ。何歳?」
「六歳!」
「違うよ。弟だよ」
「弟は三歳」
「どこに住んでるの?」
「そこのマンション」
「悠李はお父さんとかお母さんによく怒られる?」
「いっつも怒られる。すぐぶってきたり、ソファーに投げつけられたりする」
いつも悠李を見ていて感じることは、とても優しい気持ちを持った子ということ。それなのに、いつもトラブルの中心にいる。そして、トラブル解決の手段として力に訴えてしまう。なぜなのかといつも考えて悠李と接していた。
そんな中、会話を通して見えてきたこと。それは、親の背中をきちんと見て育ってきたということだった。
一方、悠李といつもバトルを展開している祐平。
祐平は一人っ子のためか、白黒はっきりさせないと気が済まず、自分が望むように相手を変えようとする。自由に形を変える悠李とぶつかるのも当然だった。
悠李がちょっとふざけた時に、僕が注意しようとすると僕より早く「悠李、ちゃんとやれよ!」と悠李の姿勢を正そうとしてけんかに発展する。
しかし、この二人はまだ小学一年生。僕のことを信頼してくれていることもあり、今後の指導によって確実にいい方向に持っていけると確信している。
オリジナルファイブではないが、途中から大東SCにやってきた健吾。健吾も次男三人組と同じ幼稚園でサッカーをやっていた経験者だけあって、サッカーは上手だった。祐平なんかは脚がとても細く、折れちゃうんじゃないかと心配するほどだったが、健吾の脚はしっかりしていて強いボールを蹴ることができた。次男三人組も強いボールは蹴れたが、健吾が他のどの一年生よりも抜きんでていたのは走力だった。速いというのは言うまでもなく、大口コーチお気に入りで六年生になったチームキャプテン竜彦と競走させても引けを取らなかった。
それよりも驚いたのは、全く身体がぶれないきれいなフォームだった。陸上競技の選手のように、無駄な上下左右運動がなく、その力すべてが前への動きを生み出しているのだ。
これが健吾のボディバランス、強い体幹からきていると気づいたのは一年生同士でミニゲームをさせているときだった。
ボールを蹴ろうとした健吾が相手に押されバランスを崩した。「あっ、倒される!」と思ったのも束の間、健吾はよろめきながらも何気ない顔でパスを出したのだ。「三本目の脚が出たのか?」という感覚に包まれ、「すげぇ!」と思わずにはいられなかった。おそらく健吾の生まれ持った体幹が半端ないのだろう。これが健吾の強みになるのは間違いないと確信した。
ところが、何回か健吾を見ていて健吾には弱点があることに気づいた。それは、利き足でない左足を全く使えていないことだった。ボールを止めるのも蹴るのもすべて右足のみで処理をしている。
早速、休憩時間に健吾と話をすることにした。無口で黙々とサッカーを楽しむ健吾を隣に座らせる。
「健吾、将来何になりたいの?」
「Jリーグの選手」
「Jリーガーになりたいんだよね。じゃあ、左足でボールを蹴れるようにしないとね。左足使えないと、Jリーガーになれないよ」
そんな会話をした一週間後の日曜日。いつものように練習を始めて程なくして、驚きの光景を目にし、思わず僕は言葉を発した。
「健吾、なんでそんなに左足うまくなってんの?」
僕の問いかけに健吾はすかさず答えた。
「この前、コーチに言われたから公園で練習した」
僕は健吾の言葉にさらに驚いた。一年生、まだ七歳になったばかりなのに、うまくなりたいという強い意欲で努力する向上心を持ち、一人で練習し克服してきたのだ。
いろいろな個性が集まった一年生悠李チーム。今後の成長がとても楽しみだった。




