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 僕の大学時代は村山公園中心の生活だった。一方で、大学入学と同時に塾講師としてアルバイトをし、教育実習で中学生と交流するなど、いつでも子どもについて考え学べる環境にいた。

 あくまで目標は学校の教員になることだったので、教員採用試験を受けはしたが超狭き門を言い訳にしてろくに勉強せず、当たり前のように不合格となった。

 大学の友人が就職活動をする中、僕は村山公園に通い続け、エントリーシートの書き方も知らぬまま大学生活終盤を迎えた。

「学校の教員になるからには、教壇に立つ癖を失うべきではない」との思いから、冬になってようやく大手学習塾の求人広告を気にするようになった。

 その結果、路頭に迷うことなく大手学習塾の講師になることができた。大学を卒業してからの生活リズムが、午前中受験勉強、午後村山公園、夕方から大手学習塾での仕事となっていく。

 村山公園は大学卒業を機にやめるつもりで子どもたちにも公言していたが、子どもたちから湧き上がる「え~、辞めちゃうの~?」という落胆の声と無邪気な笑顔に影響され、辞めることはできなかった。

 勤める学習塾の理念が‘生徒たちに考える力をつけさせること’だったこともあり、子どもたちに考えさせる発問の仕方を今まで以上に意識するようになっていった。それは、村山公園の子どもたちの考える力を伸ばすことにも繋がっていった。

 大手学習塾の仕事も二年が経った頃、村山公園への依存度を軽減しようと、大手スポーツクラブのサッカーインストラクター、いわゆるコーチを週一回やるようにした。コーチ人生の幕開けだ。

 しかし、このコーチ一年目は大きく期待に反したものとなった。サッカーを習いに来る子どもたちは、低学年クラス、高学年クラスともにたくさんいた。みんな元気よくグランドに登場する。でも、指導者の側にこのたくさんの笑顔に応えるだけの方法論がなかった。一応、月間指導目標みたいなものはあったが、漠然としたもので社員コーチからは「飽きさせなければ何をやってもいい」と暗に言われていた。

 だから、やること、指導方法、なにをとってもその日の担当コーチによってバラバラ。さらに、試合となると試合当日まで誰が来るのか、何人集まるのかもまったく分からない。試合に参加している子同士が初対面なんて毎度のことだった。ポジションを決めるのもコーチのフィーリングでしかない。

 こんなチームだから、市内三十五チーム中三十五位の最弱っぷりは当然のことだった。市内リーグ戦では、市内最強の藤川FC戦と対戦したが21-0で負けた。僕はコーチとしてベンチにいたが、『早く終わってほしい』としか思えなかった。

 コーチとしての成長を感じることもなくコーチ一年目が過ぎていった。

 サッカーコーチ二年目のこと。九月に入り、前日の雨のせいか、ようやく息苦しい暑さから解放され、抜けるような青空の昼下がり、いつものように公園で遊びの準備を始めていた。

 車からコーンや折り畳みベンチ、いすなどを運び出し、じょうろに水を入れて野球用のラインを引こうと思ったとき、見知らぬ一台の自転車が公園に入ってきた。自転車を降りて僕に歩み寄ってきたのは全く面識のない女性だった。

 僕は警戒した。この遊びのグループは、村山小学校の教師に煙たがられ、親からは賛否両論あり、多くのアンチがいる状態だったからだ。小学校信者の保護者がクレームを入れに来たとしても不思議ではない。

「あの~、すみません」

 女性の言い方は本当に申し訳ないといった様子で、クレームではないとすぐに分かった。

「突然すみません。私、金田と申します。私は、すぐそばの大東小学校でサッカー少年団の役員をしていまして、私の息子が五年生チームに所属しているんですが、チームにコーチが全然いないんです。なので、コーチをお願いできないかと思いまして。私の娘をこの先の幼稚園に迎えに行くとき、いつもこの公園でサッカーをされているのを拝見しておりまして、お声をかけさせていただきました」

「活動日は何曜日ですか」

 脳裏には僕の一週間のスケジュールが浮かんでいた。日曜日は公園組でのお出かけ、月曜日が村山公園、火曜日がスポーツクラブ、木曜日が村山公園、金曜日が大里小でのかずくんサッカー。ちなみにこのサッカーは、いとこのひろくんが五年生になった年から、ひろくんの母校で大里小の子どもたちとサッカーをするようになった。こちらは村山小とは異なり、校長先生のお気遣いによりグランドを使えるようにしてくださっていた。僕は、親戚からかずくんと呼ばれており、いとこのひろくんも僕のことをかずくんと呼んでいたため、このサッカーは子どもたちの間でかずくんサッカーと呼ばれるようになっていた。

 現実問題として、少年団サッカーを引き受ける時間はない。でも、困っている人に手を差し伸べたくなってしまう断れない性格が思考回路をフル回転させる。

「練習は、火、木、日曜日にやっています」

 村山公園組は、子どもたちのタテの繋がりがしっかり構築されており、見ているだけの僕が途中で抜けても、子どもたちだけで遊び続けられる自信と信頼があったので、問題は火曜日だけだ。スポーツクラブと重なってしまう。優柔不断も僕の性格を大きく支配している要素の一つだ。

「ぜひ今度の日曜日に見学にいらしてください。監督には話をしておきますから」

金田さんが公園にやってきてから十分もしないうちに話はまとまっていた。

 朝は、いつもとは全く違う目覚めだった。初めてのサッカーチームに足を踏み入れなければならない日曜日だったからだ。昨日の夜から変な緊張感に覆われたまま大東小学校の駐車場に車を止めた。車を降りグランドに歩を進めようとすると金田さんが出迎えてくれた。

「おはようございます!一緒にグランドに来てください。監督やコーチに紹介しますから」

 促されるままグランドに足を踏み入れると、たくさんの人影が目に入った。逆光に目が慣れると、たくさんの子どもたちがすでに練習を始めていることが分かった。しかも、朝から熱い陽ざしをものともせず、どの子も元気満々といった様子で。

 僕は何とも言えない違和感を覚えながら、校舎側にある朝礼台の前でママさんたちと談笑している二人の男性の元に連れていかれた。二人の視線が金田さんに向く。

「今日、見学に来て頂くことになっていた成島さんです。こちらは監督の藤村さんと、監督補佐と二年生のコーチをしている大口さんです」

「初めまして、成島と申します。よろしくお願いします」

「どーもー!」

 藤村監督は昔からの知り合いのような温かみのある表情で応じてくれた。堺正章似で五十歳を過ぎた高校サッカー経験者だ。

 大口コーチは背の高い色黒な細身の紳士。藤村監督と同世代ながら、現役のサーファーだから色黒なのらしい。大口コーチはサッカー経験こそなかったが、息子の入団以来コーチを続け、人一倍勉強したらしく、コーチングの知識はものすごかった。

「あれっ?どっかで会ったことあるよね?」

 大口コーチの第一声は僕が大口コーチを見た時と同じ思いだった。つい三か月前に湘北台小で行われていたリーグ戦の会場で出会っていたのだ。大口コーチの長身で色黒な特徴と僕のトレードマークのヘアバンドがお互いを印象付けていた。

監督、監督補佐というチームのナンバー1、ナンバー2との顔合わせを済ませると、大口コーチが周囲を見回しながら言った。

「じゃあ、成島さんには一年生でも指導してもらおうか」

 僕と金田さんが、なぜ?と首をかしげる間もなく、僕は大口コーチに導かれるままに一年生の輪に向かった。一年生たちとパス練習を楽しんでいた一年生担当のヘッドコーチがニコニコしながら出迎えてくれた。

「よろしくお願いします。今年は日韓ワールドカップがあったから、たくさん入団してきて大変なんです。好きなようにやっていただいていいです」

 どうしようかと思考を巡らせていると、金田さんが監督たちと掛け合ってきたようで、「五年生チームは向こうなので、よろしくお願いします」と僕を五年生チームの輪へと導いた。

 金田さんは僕を五年生チームのコーチに紹介した。コーチは二人おり、一人はヘッドコーチと呼ばれる学年監督だった。そのヘッドコーチと顔を合わせるとすかさず提案を受けた。

「今、ちょうど休憩時間にしたので、コーチだけでボール回しをしよう」

 そういって、ボールを地面に落とさないように回すリフティングパスゲームを始めた。すぐに「俺のサッカー技術を見極めようとしているんだな」と直感した。

 ヘッドコーチのテストを難なくクリアしたあと、五年生十一名を対面し、練習に参加し、大東SC初日が終わった。

 このグランドに足を踏み入れてから二時間ずっと持っていた違和感。それはあまりに多いコーチの人数だった・・・。

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