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 前期リーグ戦に向けて日々向上を目指してきた子どもたち。

 特にがんばっていたのは、小さなゴールキーパー弘樹と一年生やまとだった。

 弘樹は、高校生コーチにZずっとついてもらい、いつもアドバイスをもらっていた。体が小さいがゆえに機敏な動きにさらに磨きがかかっていた。

 やまとは身長や顔つきこそ、一年生そのものだったが、自身が一年生であることをすっかり忘れ、お兄ちゃんたちと同等だと言わんばかりの堂々さで練習に加わっていた。

 練習中、接触プレイで倒されようが蹴られようが、泣くそぶりすら見せず、親譲りの負けん気を如何なく発揮していた。同じみひろチームにいる三年生の兄、聖太に助けてもったり頼ったりすることも一度もなかった。

 今日の午後から始まるリーグ戦に備え、午前九時に集合し、村山公園に向かった。試合前練習をするためだ。午前十一時に練習を終え、昼食時間にしようとしたその時、村山小学校の学童保育集団が公園にやってきた。僕は公園組主催者として学童保育組とはいい関係を保つ必要もあり、「先生、僕たちはもう使いませんのでどうぞ」とその場をあけ渡し大東小学校へ戻って昼食をとることにした。

 みんなで体育館の前に座り、昼食タイムとなる。

 僕と高校生コーチはお父さんコーチではないので昼食としてコンビニおにぎりが一人三個支給される。しかし、僕はおにぎりが好きではないので「いらないですよ」と言っても「決まりですから」とお当番ママさんから手渡される。

 そこで、僕の分のおにぎりも全部高校生コーチに食べさせ、僕はコンビニ弁当を買いに行く。ある日、野菜スティックを買って戻ると、悠李が「あー、野菜だ。いいなあ」と言うので、「食べてもいいよ」言った途端、悠李以外の子も食べ、あっという間になくなったということがあった。その日以来、弁当を買い行く時には必ず二、三個野菜スティックを買ってきて悠李たちに食べさせるようになった。

 買ってきたお弁当を食べるためにみんなの輪とは離れたところに座ると、悠李をはじめ、みひろ、真知、あきとが自分のおにぎりを持って必ず僕のところにやってくる。だから一人で静かに食べたくても結局みんなと話しながら食べることになる。

 目の前では、おにぎりを口いっぱいに入れて「みひろ食い」をしているみひろ、その先のグラウンドでは、高校生コーチヨッコラにちょっかいを出して逃げまわっているなつきや竜太。その隙になおきのドリンクを買ってに飲んでいる高校生コーチカズオ。それぞれが思い思いの昼食時間を過ごした。

 「コーチ、がんばってくるからね」と悠李チームが笑顔で手を振る。

 「おう、がんばってこいよ!」僕が手を振る。悠李チームの全員が僕に手を振って駐車場へと向かった。

 それから五分ほどして、いよいよみひろチームも出発する時間を迎えた。山下コーチが声を張り上げる。

 「トイレ行きたい奴、行っとけよ。準備できたら駐車場行け」

 僕の車に乗りたいみひろ、真知、あきとが駐車場に走り出し、他の子もそのあとに続いた。 

 開場の川石小学校に到着し、昇降口前のスペースに荷物を下す。この小学校はとても新しい雰囲気のするオシャレな校舎で、今僕たちがいるスペースの足元にはタイルが敷き詰められ、段を二段降りたところにグラウンドが広がっている。

 グラウンドはお世辞にも広いとはいえず、遊具ギリギリにコートが作られており、目の前のゴール裏のみに若干スペースがある程度だった。向こうのゴール裏でアップをするとなったら、ほとんど何もできないだろう。

 とにかくコートを最大限大きくとっているため、試合に関係のない人間が入り込む余地はなく、応援するママさんたちも、この荷物置き場側からしか応援できない。

 本部へのあいさつを終えてウォーミングアップの準備を始めるみひろチームプラスやまと。第一試合チームの特典としてグラウンドの半面を使っての練習ができるので、ボールを持ったみんなをグラウンドに集めてシュート練習などを行うことにした。

 試合時間が近づき、試合の準備をしている中、みひろにキャプテンマークを巻いてあげ、試合球を手渡す。この試合球はみひろチームの試合球として新たに僕が購入したものだ。気分の問題でしかないが、チームから出したボールが試合用ボールに選ばれるだけでチームに勢いがつく。そのため、ボールの空気圧をチェックし、ボールを磨き、新品同様にしてレフリーに提出する。すると、9割方チームのボールが選ばれる。

 今日の試合でも順当に選ばれ、危なげなく勝利した。ベンチから特に指示することもなく子どもたちが頭を使ってやりたいようにやっていた。やまとを出場させるのは見合わせた。相手のラフプレイにやられることを懸念したためだ。

 翌週第二試合、会場校の川石戦。川石と大東には圧倒的な力の差があり、みひろたちは前半開始早々から点を決めていた。キーパーの弘樹は一度ボールに触れていない。

 一年生のやまとを出場させるにはもってこいの相手だったが前半は温存した。

 ハーフタイムに入り、緩む子どもたち。4-0だから和やかな雰囲気になるのも無理はない。

 「みんなよくやっている。弘樹も後ろから大声で指示してくれるし。後半は、やまとも出すからそのつもりでいてね」

 「オー、やまと出るのか」

 「やまと、がんばれよ!」

 やまとの兄聖太以外はみんな好意的だった。

 「やまとをセンターフォワードにするから、やまとが入ったらシュートしやすいボールをたくさん出してやまとをみんなで支えてね。点を取ることじゃなくてすばらしいパス出すことに集中すること。もちろん、やまとがマークされてたりしたら打っていいからね」

 後半の開始早々に二点を追加し6-0になった時点でやまとを投入した。

 その瞬間、みひろチームのママたちがどよめき、数秒遅れて川石小のママたちもざわついた。

 すべて計算どおりだった。

 後半は、ママたちが応援している側のゴールが攻撃する側のゴールとなる。その状況でフォワードとしてやまとを出せば、両チームのママたちの目の前に小さなフォワードが現れることになる。そうなった時、みひろチームが注目の的になり、やまとママにしてみたら、三年生と我が子が同時にプレイするのを間近で見られると計算したのだ。

 思ったとおり、やまとにパスが入るとワー。やまとがゴール前に走りこむとワー。やまとがボールをトラップミスしてもワー。両チームのママさんたちから同時にもれる歓声とため息。やまとはこのグラウンドでは日本代表以上の人気プレイヤーと化していた。

 僕はベンチに腰かけ、ママたちの歓声を聞きながら満足感に浸っていた。暇をもて余しているキーパー弘樹にたまに手を振ってあげながら。

 試合は相手陣地内でのみ行われている。ディフェンスラインの拓真|たくま|たちも相手陣地に入っている。

 トップ下のみひろが右サイドのなおにパスを通す。なほがドリブルして相手を抜き去って一瞬ゴール前を見る。中央にやまとが入ったことを確認し、やまとにパスを出す。しかし、パスが強すぎてやまとがはじく。相手のボールをカットした健吾がすぐそばのやまとにボールを渡す。やまとがシュートしようとした時、相手にクリアされ、またもチャンスを潰される。

 徐々にやまとがマークされ始めた。それでもやまとにボールを出そうとするみひろたちに指示を出した。

 「やまと以外でもシュート打てたら打ってもいいんだよ」

 この指示でみひろたちもシュートを打つようになり、やまとからマークが外れた。

 試合終了まであとわずかとなった時、やまとに今日一番のボールが入り、トラップもうまくいき、そのままシュートを放った。やまとが、ゴール左側にいるキーパーとは逆の右ポストに放ったボールは無人のゴールに強いグラウンダーのボールとなって地面をすべっていく。

 しかし、ボールはポストの外側を抜けていった。やまとにとって一番の見せ場は惜しい結果で終わった。

 でも、ベンチに戻ってきたやまとはとても満足気で四年生たちからたくさんの労いの言葉をかけてもらいずっとニコニコ笑顔だった。

 翌週のリーグ戦は強豪鶴沼SC戦。実質上の決勝戦だ。

 そうはいっても去年のリーグ戦では市内二位となり、その後も上位にいるみひろチームのメンバーに不安な顔をのぞかせる子はいなかった。それどころかやってやろうという表情が満ち溢れていた。相手の鶴沼SCは、スカイの香取コーチに賛同し、大東SCも加わった三チーム同盟のような状態で、頻繁に試合をする中となっていた。

 いつも鶴沼戦をやる時は不思議な気分になってしまう。というのも、鶴沼SCは僕の母校のチームなのだ。

 もっとも、僕が小学生の頃は、サッカーチームなど存在せず、野球チームが地区別に五、六年生もある時代だった。あの頃の子どもは、プロ野球に熱中し、必ずどこかの少年野球チームに所属していた。

 今でこそサッカーコーチの僕も同級生だった中居も別々に野球チームに入っていた。

 鶴沼SCの子どもたちは僕の後輩たちで、コーチたちはおそらく僕の先輩だ。本来なら僕もその輪の中にいるのが自然の流れだ。

 それなのに、昔から縁のある鶴沼の子どもたちを敵として僕は大東SCのコーチをしている。鶴沼よりも上に行くことを目指して後輩の子どもたちを負かそうとしている。

 こんなマイナスの気持ちを打ち消してくれるのが、みひろチームの笑顔だった。

 「目の前にいるみひろたちは俺のことを絶対のコーチとして信頼してくれている。この子たちを、成長させることが僕の使命なんだ」

 そう思うことで、いつもの自分に戻ることができた。

 薄明るい陽差しの中、鶴沼SC戦キックオフのホイッスルが鳴った。

 鶴沼のベンチには五人の控え選手がいるのとは対照的なみひろチームは、人数ギリギリということもあり、いつもどおりのメンバーで、いつもどおりのポジションで、いつもどおりの試合展開を狙った。

一進一退、膠着状態。試合内容を四字熟語で表すとこんな感じだった。

 先週は一度もボールに触れてなかったゴールキーパー弘樹のところにもボールが飛んでくる。一方、フォワードあきとがシュートを放つ。みひろがボールをうまくサイドに散らす。鶴沼SC10番なみとがドリブルで突破を仕掛ける。

 前半が終わり、0-0。気を緩めないためにはいいスコアだ。ハーフタイム中、汗だく姿でドリンクを飲む子どもたちはいつもどおり無言だった。気が引き締まってる証拠だ。無駄なことを言う必要はない。

 そこで、前半気づいたことをひとつふたつ話し、再びピッチに送り出した。

 後半になるとみひろチームのボールの動きがスムーズになった。相手の寄せが甘くなってきたこともあってみひろたちの動きに連動性が出てきたのだ。

 みひろにボールが入ると予想すると、右サイドのなほが動き始める。みひろはタメを作る必要なくダイレクトでボールを出せるようになる。なほが得意のドリブルで相手を抜いている間にみひろたちはペナルティエリアに入り、なほからのセンタリングを待つ。左サイドの健吾は、チーム一の俊足を生かし、みひろがボールを持つと前に走り出す。みひろのスルーパスをダッシュした足で受けると、そのまま左足で強烈なシュートを打つ。鶴沼SC10番なみとをボランチ聖太が自由にさせず、ボールを出させないように体を張ると、サイドバックんの真知も10番封じ込めに参戦する。万が一のためにセンターバック拓真が相手フォワードの位置を常に確認している。ゴールキーパー弘樹が大声で誰をマークすべきか指示を出し続けている。

 鶴沼SCのように10番なみとと11番森井くんだけで試合を作っているのとは違い、みひろチームはみんなで力を合わせてみんなで勝っているチームなので、どこかをマークされていても、その他のところで攻撃できる。

 後半十分にあきひろが一点決めると相手の猛攻が始まり一点返された。しかし、残り五分で追加点を奪い、2-1で勝利を収めた。

 最終的にみひろチームは五戦全勝で今年も一位リーグの出場権を得ることができた。

 この全勝の立て役者はセンタバックの拓真とゴールキーパー弘樹だ。特に弘樹は小さいからだにもかかわらず、五試合でわずか二失点に抑えた。二失点のうち一つは鶴沼SC戦で豪快に叩き込まれたものだ。もう一つは、尻もちをつきながら胸でボールをキャッチした弘樹が、鶴沼SCのコーチを務める線審を背にして右手を地面につきながら立ち上がろうとした時に、ボールがゴール内に入ったとみなされてしまったというものだった。ベンチにいる僕らからは、入っているようには見えなかったので、大量に点を取られている相手チームへの温情判断だったのだろうと直感した。キーパー弘樹の心に小さな傷がついてしまったかもしれないが仕方ない。これもサッカーだ。

 それにしても、五試合で二失点は立派なものだ。一番後ろから大声でチームを鼓舞し続ける姿は監督のようにさえ見えた。弘樹の成長がとても嬉しく感じられた前期リーグ戦だった。

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