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五月の終わりからは前期リーグ戦が始まる。このリーグ戦の枠の割り振りは四月下旬から始まった市選手権のベスト4が別々の枠に入り、強豪がかち合わないようにするのが通常の方法なのだが、今年は雨で試合が延期になり、抽選日にはまだベスト8が出そろったところだった。

 みひろチームは順当に勝ち上がり、ベスト8に名を連ねていたが、結局同じ枠には強豪の鶴沼SCが入ることになった。

 さらに例年と異なること。それがあの十一人ルールだ。

 今、行われている市選手権は優勝特典として他市の招待試合参加権があったため、みひろチームに奏斗と颯を加えた十三人で戦っている。みひろチームを優先して編成をした。

 しかし、リーグ戦は三年生悠李チームも大切にしたい。悠李たちだって勝つために一生懸命頑張っているのに、いくら上級学年を優先するチームルールがあるからといって、悠李たちの努力を犠牲するのは極力避けたい。

 そう考えた結果、みひろチームは聖太と健吾を加えた十一人で戦い、奏斗と颯を悠李チームに戻してリーグ戦を戦うことを決めた。

 「山下コーチ、おはようございます。リーグ戦のメンバーの件なんですが」

 「どうしますか。下から奏斗と颯を借りますか」

 「いや、借りずに十一人でいきます」

 「でも一人休んだら棄権になってしまいますよ。リーグ戦は長いですからね」

 「そうですね。やっぱり怖いですね」

 僕の中の優柔不断な心が顔をのぞかせる。ちょうどこの時、これ以上ない名案を思いついた。

 「あっ!だったらやまとをいれませんか」

 「えっ!やまとですか」

 山下コーチが驚くのも無理はなかった。やまとは三年生聖太の弟。つまり藪口コーチの三男にあたる。驚くポイントはそんなことではない。なんと、やまとは一年生なのだ。つい二ヶ月前まで幼稚園児だった子を、四年生チームに入れようと言えば誰だって驚く。

 「でもいくら一年生だからってベンチに置きっぱなしじゃ、かわいそうじゃないですかね」

 山下コーチの意見はもっともだった。僕は自分の考えを伝えた。

 「確かに、ベンチに座っているだけならかわいそうです。でも僕はまやまとを試合に出場させてあげられると思っています。三人兄弟の末っ子だけに、お兄ちゃんたちには鍛えられているし、何よりも負けず嫌い。自分がチームで一番年下なんて思っちゃいないですよ」

 「そうですよね。藪口家の三男ですもんね」

 「そうです。しかも今年は四月からずっと雨続きで一年生獲得に失敗し、一年生はやまと一人だけだから、他の一年生に気兼ねしないし」

 やまとに出場の意思を確認すると、当然のように「出たい」というので、この旨を父親の藪口コーチに伝え、許可を得ることにした。

 「えっ、逆にいいんですか?四年生チームに迷惑じゃないですか?」

 「聖太もいるし、優しい子ばかりなので大丈夫ですよ」

 「すみません、よろしくお願いします。厳しくやっちゃっていいんで。言うこと聞かない時はビシビシッとお願いします」

 こうして、リーグ戦仕様のみひろチームは四年生九人、三年生二人、一年生一人の十二人で戦うことになった。

 平日練習は団の規約により、一年生の参加は許可されていなかった。これは平日練習にコーチ不在で、学年同士がいがみあっていたあの頃から変更されていない。僕が大東に足を踏み入れた当時、二人のお当番ママたちは泣いてる子の対応に忙しく、そこに一年生不参加の原因があると薄々思っていた。

 しかし、今は必ず僕がいるし、改革の成功により泣いている子は全くいない。学年を超えたふれあいが実現しており、お当番さんものんびり練習を見学している。

 平和になった平日練習、そして一年生がやまと一人という環境が重なり、やまとは特別に平日練習参加を許された。そのため、平日練習も一年生から六年生まで全学年が参加することになった。

 毎週木曜日には村山公園開始時間に合わせて、駅前マンションに住むみひろを車で迎えに行っていたが、火曜日の平日練習前も迎えに行くようになった。

 午後三時二十分に、みひろのマンションの並びにあるコンビニ前の一方通行路に車を止め、そのコンビニで購入したものを車内で食べながら、みひろの帰りを待つ。しばらくすると、目の前の交差点で信号待ちをするランドセル姿のみひろが目に入る。

 みひろが僕の車に気づき、交差点でニヤっとしている。信号が変わると小走りにこちらに向かってきて僕の運転席側で立ち止まる。ウィンドウを開けて、「早くね」と笑顔でひとこと言うと、みひろも「わかった」と再びニヤっとして自分の家に向かって走っていく。

 サッカースタイルで戻ってきたみひろは当然のように助手席に乗り込んで一緒に小学校のグラウンドへ向かう。

 駐車場に到着すると、気が利くみひろは必ず「何か持っていくものある?」と聞き、ビブスなどの小物を率先して運んでくる。

 僕はみひろが向かったピロティには行かず、駐車場から直接グランドに入り、すでに来ている子たちからの「こんにちはー!」の大輪唱に応え、ピロティ前の朝礼台とはグラウンドを挟んで反対側の低学年練習スペースに向かう。

 みひろは、ピロティに自分のエナメルバックを置き、ドリンク、ボール、そして持っていってくれたビブスを持って小走りに僕のところへやってくる。そして、二人でボールを蹴って遊んでいると、続々と子どもたちがグランドに終結し、練習開始の午後四時を迎える。

 そして六年生のキャプテンが中心となり体操、ウォーミングアップがスタートするのだ。

 日曜日練習の時は朝七時にいつものコンビニでチームに配布するプリントをコピーしている間にみひろと合流し、みひろを乗せて小学校に向かう。練習開始の七時半より二十分も早いグラウンドはさすがに閑散としていたが、山下コーチがラインを引いてくれている。そしていつもどおり、みひろとボールを蹴っていると、四年生以下の子どもたちが眠そうな目をしながら集まってくる。

 七時半が近づくと、みひろが「体操するから丸くなれー!」と号令をかけ、メンバーか円陣に並ぶ。そして全員静まり返り、ちひろがジーッと僕を見つめる。七時半ジャストになり、みひろに合図を送ると体操が始まる。

 たいていこの時点で高校生コーチのヨッコラとカズオは来ていないので携帯をポケットから取り出す。

 「もしもし・・・」今起きたと分かる独特のトーンでヨッコラが電話に出る。

 「おい、お前ら、今何時だと思ってんだよ!今から五分以内に来いよ!」

 一方的にしゃべって電話を切る。すると五分後にバイクに二人乗りしてヨッコラとカズオが現れる。

 「寝過ごさないようにって、カズオがヨッコラの家に前泊してる意味ないじゃんか!」

 「いやあ、それはね・・・」

 「言い訳はどうでもいいから、早くキーパーに入れ!」

 僕は何ごともなかったかのように、容赦なくフリーキックを打ち込む。すぐそばで座り込んでストレッチをしている子どもたちが「僕のボールでゴールを決めて!」という想いを込めて僕の足元にボールを転がしてくる。

 子どもたちのボールをすべて蹴り終わる頃、体操が完了する。このあとみんなでグラウンドを走る。前日に試合があった日は二周、なかった日は四周。必ずコーチも一緒に走る。苦楽をともにしたいとの思いからだ。

 僕はペースメーカーとして必ず先頭を走る。ラスト一周までは僕を追い越してはいけないことになっている。

 しかし、ラスト一周は抜いても構わないというルールにしてある。この走りに物足りなさを感じている子を飽きさせないためだ。

 この走りににいつも挑んでくるのは真知だ。真知は去年の一件が嘘のように元気に日々を過ごしていた。真知兄は去年駅伝大会に出場し、区間賞を取っている。真知は兄同様、強い心肺機能を有しているようで、三周目までピッタリと僕の背後に貼りつき、四周目には笑顔でスパートをかけてくる。僕としてもまだ四年生の真知に負けるわけにはいかないので本気でラスト一周を走る。今のところまだ負けることはないが、真知が五年生、六年生になる頃には負けるという確信があった。

 去年十一月の件からも分かるように、真知はとても繊細で賢い。サッカーの試合では危険察知能力が抜きん出ていて、賢さを存分に発揮していた。振り切られても相手を追いかけることをかかさない。

 コートでは藪口コーチが大きな声を出して六年生の指導をしている。サッカーの上手な子たちは笑顔で楽しそうに練習していたが、あまり上手でない子の表情は曇っている。それに気づいていない熱血藪口コーチ。

 もう半面の五年生石投げチームはデパート部長井下コーチが目的不明の練習を指導している。声が全く通らないコーチなので何を言っているのか聞こえないが、子どもたちのだるそうな表情から察しがつく。コーナー外のスペースで練習している大口フットサルのママさんたちのようがよっぽど楽しそうだ。

 一方、四年生以下のみひろ組プラスやまとの総勢三十名はものすごくにぎやかに笑顔が咲き乱れた舞台の中で羽ばたきまくっていた。それは、休日にしか参加できないお父さんコーチ陣も同じだった。むしろ、そうなるように仕込んだ結果である。

 僕は二年前、公園組の雅大が五年生のとき、雅大の少年野球チームのコーチを大東SCと並行してやっていたことがある。

 この野球チームは監督一人の独壇場で、すべての練習を一人で指導するため、下っ端コーチの僕は暇で暇で楽しいことは一つもなかった。「僕はわざわざ休みの日に、ここに何をしに来ているのだろう」と疑問が膨らんでいき、この野球チームに参加することはやめた。

 この苦い経験から「コーチに来てくれている人には必ず役割を与えて何かをやってもらおう。日曜日朝早くからわざわざ来てくれているのは、子どもたちとサッカーをしたいからに違いない。トップコーチとして配慮しなくてはいけない」と思うようになり積極的に役割を作った。

 藪口コーチも井下コーチも少年野球チームと同じく一人ですべて仕切っていたが、四年生以下のコーチたちは、全員汗だくになるほどだった。

 汗だくの最大の理由は九時から一時間行われるミニゲームにあった。今までは子どもvs子どもで行っていたのだが、それを子どもvsコーチでやるようにしたのだ。もちろん狙いはコーチたちに楽しんでもらうことだったが、子どもの立場からしても、毎週親子サッカーみたいな楽しさで、さらに頑張れば大人を負かすことができるという達成感を味わえるので、好評企画となった。

 出場している子どもたちは、点を入れられなければ交代する必要がないのでずっとプレーできる。

 すると、待ち続けている子どもたちから不満が出てくる。そのうちに、子どもたちから「ねえー、成島コーチ出て早く子どもたちを交代させてよ!」と言われ、コーチチームに入り、一点取るとまたいつもの場所に腰を降ろし、おしゃべりに興じる。僕の役割はそれだけだった。

 このミニゲームでひと際輝くのが体が小さい四年生なほだ。

 なほを見始めたのはなほが二年生の時だったが、その時からドリブルが大好きな子だった。

 いつもドリブルをしていてあまりパスを出さない。一人でシュートまで行きたい様子だった。体が小さいことを武器にしてドリブルをしていたが、相手の逆をつくことが意識できるようになってからはドリブルにさらなる磨きがかかった。

 最近ヨッコラが「なほに簡単に抜かれるとスゲーむかつく!」と頻繁に口にするほど、高校生をも抜けるようになっていた。

 なほ自身も「相手の逆をつくのがおもしろい」と言うようになり、サッカー脳とサッカー技術の両方が成長していた。

 ただ一つ、なほには気になる部分があった。話をする時、絶対に視線を合わせないのだ。

 この癖をなおさないとなほが将来、受験や入試試験で苦労してしまうかもしれないと思った僕は、なほと一対一で話をする時は、なほの顔をこっちに向けさせて、視線を外させないようにした。時には、なほとにらめっこをするかのように顔を向き合わせて、「よし、このまま三十秒、目を外すなよ」と視線合わせの練習をしたりもした。

 最初は三十秒どころか三秒も苦しかったが、だんだんと視線を合わせていられる時間が延びていった。

 なほの両親も真知と同じく共働きだったが、真知と異なり、公園組には参加していなかった。なほが通っている塾と公園組の時間が重なっていたからだ。

 なほママは大東SCのママにしては珍しく他のたちとつるんだり流されるようなママではなかった。それぐらい芯が強く、信念を持って行動するママに育てられているなほではあったが、やはり心には隙間風が吹いており、友たちにわがままを押し通すことも多かった。視線と同様、この点もなおしていきたいと思った。

 九時五十分になると、ミニゲームを終わらせ、中庭に移動して体操を始める。

 みひろの号令で三十人が体操をするのだが、ものすごく声が小さい。そこで僕が子どもたちをあおる。

 「それしか声出ないの?」

 突然、三十人の大声が校舎の間を響き渡る。僕がそれを越える声でさらにあおる。

 「これが限界かー?」

 すると、もう一体何に張り合っているのかわからないほどの大音量となる。さらに、すぐそばで体操をしている六年生も触発されて大声で体操をする。こうなると子どもたちの間では大声出しゲームとなり、もう大変な騒ぎだ。

 監督や小口コーチも「すごいな」と苦笑いしながら微笑んでいる。僕はこの様子を見て「六年生だってまだまだ子ども。何でも楽しみたいんだよな」と思った。六年生長男チームのみんなから、「僕たちの担当、成島コーチがよかったな」と言われたのも一度や二度ではなかったこともうなずける。

 体操が終わり、グラウンドに礼をしたあと、日曜日組の子どもたちは僕の車へと走り出すのだった。

 

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