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三月に入った土曜日、オーシャンSC新四年生チームから練習試合に誘われ、大道SC新四年生みひろチームは市内の新幹線の見えるグランドに来ていた。
朝から綺麗な青空で、先日積もった雪はようやく姿を消したものの、グランドは水が浮いた状態だった。
朝日が白い息を照らし、みひろたちの真っ赤な鼻や頬をライトアップしていた。
「晴れてはいるけど、こんなグランドで本当にやるんですかね?」
「ものすごくグチャグチャですね」
山下コーチとそんな話をしていると、みひろチームにはなじみのない顔が現れた。大東SC新六年生コーチの小田さんだ。大きなおなかとは裏腹にサッカー経験者で体育系で生きてきた人だ。今では、大口コーチの手下として、他のチームとの飲み会に参加しては練習試合をとってくる大東SCの営業部長と化している。
「おはようございます、成島さん」
「あれ小田コーチじゃないですか。今日はどうしたんですか」
「今日の練習試合、よろしくお願いします」
いつも優しく謙虚な笑顔で話してくれる。小田コーチが話を続ける。
「それで、今日の練習試合なんですが」
やっぱり中止にするのかととっさに思ったが、そうではなかった。
「このグラウドをとってくれた今日の主催チームはオーシャンなんですが、そのオーシャンのコーチを紹介したいと思いまして」
いつの間にか小田コーチの背後に、さらに大きな太鼓腹をしたふっくら顔の男が立っていた。芸能人でいうと古田新太のような感じだ。服装が横浜マリノスのピステだったのでサッカー関係者だとすぐに分かった。
「初めまして、オーシャン新四年生担当の香取と申します。今日は試合練習をお受けいただきまして、ありがとうございます」
とても丁寧な言葉遣いで謙虚さがにじみ出ている。
「小田さんは高校時代からのチームメイトで今もよくしてもらっていて、今回は小田さんを通して試合の申し込みをさせていただきました」
僕の隣りで一緒に話を聞いている山下コーチが全く表情を変えないところをみると、山下コーチは事前にこのことを把握していたらしい。
「こういっては語弊があるかもしれませんが、藤川FCやFC陸奥小のような強いチームは我々のような弱小チームとは練習試合をしてくれません。でも大東SCさんなら我々と試合をしていただけるんじゃないかと思いまして、今回お声をかけさせていただきました」
ようやく僕のしゃべる番がやってきた。
「そうですね。ウチは藤川FCのようにクラブチーム化したお高いチームではないですし、大東小学校のグランド事情が悪いので、練習試合は大歓迎ですよ」
「そういっていただけるとお声をかけさせていただいた甲斐があります。これからも末永くお付き合いさせていただければと思っています」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
小田コーチの指示で山積みされている砂を台車で運んで水たまりを埋め、試合は予定どおり行われた。
数試合行われたが、どの試合も5-0や6-0でみひろチームの完封勝ちだった。
みひろチームは順調に成長していた。日々の練習は今までどおり試合でできなかったこと、試合でできていればより良かったなと思えることをメニューにしていたが、強くなっていたのはそれだけの理由ではない。
ある日の練習試合でのこと。前半を半分過ぎた頃、相手陣地の右サイド寄りでトップ下のみひろがボールを受け、前にドリブルをした。その時、左サイドをかけ上がるフリーの健吾がいたので僕はベンチから「左に出せ!」と指示を送った。
しかし、みひろはその二秒後に自分の前にいたフォワードのあきとに縦パスを出したのだ。よく見ると二秒前の状況は一変し、健吾に気づいた相手がパスコースに入ったのだ。
だからもし、みひろが指示どおりにパスを左に出していたら簡単に相手ボールになってしまうところだったわけだ。
ハーフタイムになり、ベンチでドリンクを飲むメンバーを集合させ、みひろの前に立って話し始めた。
「みんなちょっと聞いてくれる?今、試合中に俺はみひろに左に出せって指示をしたんだけど、みひろはあきとに縦パスを出した。結果はみひろの判断が正解だった。みひろ偉いぞ!」
僕はみひろの頭をなでながら話を続けた。
「ベンチからいろいろ指示することがあるけど、それが正しいとは限らない。サッカーはすぐに状況が変わる。だから最終的には一人一人が判断してプレーすればいい。前半のみひろみたいにね」
以前から子どもたちの思考力や判断力を伸ばすことを意識して指導してきたことで、身体的な技術だけでなく判断する能力がついてきたことが強くなってきた最大の要因だった。
通常練習ではいつも子どもたちに質問をし考えさせている。
「なんでこうやってボールを止めた方がいいのかな」
「そのとき、どこにいたら有利だと思う?」
「この場面で相手は何を考えているだろう?」
「どこにボールを出したらチャンスになるかな?」
予想外な返答でも決して否定はせず、それを求める解答へと導いていく。ここが塾講師としての腕の見せどころだ。せっかく発言したのに否定されると、誤答を恐れるようになり、積極的に発言する姿勢を失わせてしまう可能性がある。受け身な人間はこれからの先行き不透明な時代には生き残れない。そんな人間にしないように育て導くことが僕の使命だと思い日々子どもたちと接している。
一つ一つのプレーについて頭を働かせ、理由を考えながらプレーしている子の伸びはすさまじかった。
オーシャンとの練習試合の一か月後、FC陸奥小に練習試合に呼ばれ、迎えたFC陸奥小戦。
みひろが、ハーフラインよりやや敵陣に入った地点から、ゴールに向けて大きくボールを蹴ったのだ。そのボールは高く上がり、キーパーの前でワンバウンドし、キーパーの頭を越えてゴールに吸い込まれた。
この三十メートルシュートを見事に決めたときのみひろの「やったぁ!」という小さなガッツポーズはきちんと狙って蹴ったことを物語っていた。キーパーがかなり前に出ていることを見て、頭を越せたら入ると判断した上でのチャレンジだった。点が入ったこと以上に自ら判断して自信を持ってプレーしているのが嬉しかった。
新みひろチームになって、奏斗と颯が三年生チームに戻ったのを機に、新みひろチームの十一人を集めて話をした。
「新しいチームになって、奏斗と颯がいなくなったので改めてやりたいポジションを聞いてみたいと思う。一番はゴールキーパーかな。今まで祐平がスーパーセーブ連発で正ゴールキーパーだったけど、夏以降悠李チームが分かれてからは、なつきとかサブとか、体が大きいってだけでやってもらってたからな。だからみんなの希望を教えてほしい」
「えーっ、どうしようかなー?」
どよめく子どもたち。
「はい、じゃあ一つ一つ聞いてから手を挙げてね。ゴールキーパーやりたい人!」
「はい!」
僕にとっては予想外の小さな手が挙がった。手を挙げたのは弘樹だった。
弘樹はチームで一番体の小さな男の子だったが僕にとってそんなことはどうでもよかった。弘樹が自分のやりたいポジションを勇気をだして伝えてくれたことがとても予想外で嬉しかったのだ。
弘樹は人見知りの照れ屋で、僕が話の最中に弘樹と視線を合わせると前の子の背中にスーッと隠れてしまう気弱な性格だった。
弘樹ママは「ウチの子は四月一日生まれだから」を枕詞にしてしまうほど早生まれを大きな十字架のように感じており、それが弘樹に伝染していた。
そんな弘樹がここにいる誰よりも早く、そして一人で手を挙げたのだ。
「よしっ!ゴールキーパーは弘樹!」
即決で弘樹に決めた。弘樹ならできるという根拠のない自信もあった。
こうして子どもたちの希望を聞きポジションを決定した。
ゴールキーパーは、小さな照れ屋、弘樹。ディフェンダーはとても繊細な真知、溺愛一人っ子和海|たかずみ|、山下コーチの次男竜太、体が大きいサブ。ボランチは藪口コーチの次男三年生の聖太、話が通じない天然のなつき。左サイドハーフは向上心とボディバランスが子ども離れしている三年生健吾、右サイドハーフは小柄なドリブルマニアなほ。トップ下はチームキャプテンのみひろ、フォワードはエースストライカーあきと。
この十一人で創るみひろチームのもう一人のフォワードはディフェンスの一人を適宜もってくることにした。
サブは体が大きいだけにキック力が魅力だ。ディフェンスにおいても大きくクリアできる利点がある。しかし、「サブる」のだ。
みひろチームだけに通用する「サブる」というこの言葉はラフのディフェンス失態を現す言葉だ。具体的には相手がドリブルで挑んできた時に、そのボールを蹴ろうとして足を大きく出したものの、ボールに触れずに空振りをしている間に相手に抜き去られるという状況を表している。
これをやられてしまうと、相手はゴールキーパー弘樹と1対1になってしまう可能性があるので、サブの使い方は相手チームを見ながらということになる。
弘樹はゴールキーパーのポジションが決まってからというもの、藤村監督によるキーパー練習会に参加したり、高校生コーチのカズオやヨッコラと1対1、あるいは1対2でキーパー練習を繰り返していた。
「弘樹が自分から積極的に練習する姿を初めて見たよ。もうそれだけで弘樹をゴールキーパーにした甲斐があったな」
目を細めながらそう言うとカズオが口を開いた。
「弘樹は小さいけど、その分、動きが素早くていいと思うよ。教えていてもおもしろいよ」
高校生コーチとこんなやりとりをしながら汗だくの小さなゴールキーパーを見つめていた。




