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話が前後するが、後期一位リーグの最中、事件が発生していた。
十一月中旬の火曜日のこと。この日は朝からずっと低い雲が垂れ込んでおり、いつ雨が降ってもおかしくない空模様だった。
お昼を過ぎ、昼食を取り終えた午後一時すぎ、僕の携帯電話が鳴った。みひろチームのママさんリーダー副団長の真知ママからだった。
「こんにちは、成島コーチですか?お忙しいところすみませんが、今、お時間ありますか?」
「はい、大丈夫です。どうかしましたか?」
「さっき、学校から連絡があって仕事を切り上げて今学校にいるんです」
真知ママの話の展開を頭の中でいろいろ想像したが、全く予想もしなかった展開が待っていた。
「先生からの連絡で、授業中に真知が自殺を謀ったと言われて・・・」
「先生が止めて、今は五時間目の授業を受けていますが・・・、私が動揺してしまって・・・」
真知ママが狼狽している姿が手に取るように伝わってきた。
「それで大変申し訳ないんですが、できたら真知とお話ししていただけないでしょうか?」
「わかりました。今日、真知と話してみます。ゆっくり時間をかけたいので、一晩お預かりしていいですか?」
「はい。すみませんが、よろしくお願いします」
真知の周囲の大人で、一番絆の強いのが僕との判断から連絡をしてくれたのだろう。
真知を一晩預かるという案は真知ママとの電話中に、「真知も家族も感情が高ぶった状態では、今夜真知にとって修羅場になる可能性かある」と咄嗟に思い、冷却期間を取らせる意味で提案した。
いつもより多めの荷物を手にサッカー練習にやってきた真知の表情からは深刻さは全く感じられなかった。むしろ急遽、コーチの家に泊まりに行けることになった嬉しさが滲み出ているようだった。
練習後、真知と二人で食事に行き、僕が塾で仕事をする間、真知は宿題をやった。その後僕の家に到着し、真知を風呂に入らせた。真知は二年生の時から他の友だちとともに宿泊経験があったため、風呂も歯磨きも、まるで自宅のように一人で滞りなく済ませることができた。
あとは寝るだけという状況の中、布団の上で向かいあい、静かに真知と話し始めた
「今日のことはお母さんから聞いたよ。何があったのか話してごらん」
「今日ね、三時間目に社会で新聞作りをやることになったのね」
真知は戸惑うことなく、むしろ聞いてほしいといった様子で話を続ける。
「班ごとに分かれて大きな紙に字を書いていくんだけど、同じ班の友だちが遊んでばっかりいて全然書かないのね。だから俺一人で字を書いてたんだけど、そこに先生が来て『遊んでないで早くやりなさい』って俺に言ってきたの」
ちょっと照れた感じて話し始めた真知の表情が徐々に険しくなってきた。
「なるほどね。遊んでいる友だちに言うなら分かるけど、頑張ってやってる真知に言うのはおかしいな。それで頭に来たんだな?」
「そう」
「で、真知はそのあとどうしようとしたの?」
「窓から飛び降りて死んでやろうと思った」
「教室は何階にあるの?」
「三階」
「じゃあ真知は三階から飛び降りようとしたんだ」
「そう。だけど先生につかまれて・・・」
僕は真知ママにこの話をされた時からずっと思っていた疑問を口にした。
「でもさあ、本当に死のうと思ったんじゃないだろ?」
「死のうと思った」
ためらうことなく真知が言ったこの言葉に僕は大きなショックを受けた。先生を驚かせようと思っただけと言ってくれると信じていたからだ。小学三年生、八歳になったばかりの子が、本気で飛び降りようと思ったのか。
「よしっ、真知の気持ちはよく分かった。まず先生の話だけど、それは先生が間違っている。真知がちゃんとやっているところを全く見ないで、一方的に注意してくるのはおかしい。だから、真知が先生に対して頭にくるのは当然だし、先生に文句を言ってもいいと思う。」
布団の上に座る真知は、僕の目をじっと見つめ真剣に話を聞いている。
「でもね、死のうと思ったところは間違ってる。死んじゃったら真知のすべてが終わっちゃうんだよ。これから真知にはものすごいたくさん楽しいこととか嬉しいこととかが待っているんだよ。それなのに、それも全部なくなっちゃうんだよ」
二人だけの空間と今まで築いてきた絆のおかげで、僕の言葉が真知の心に響いているのが、真知の表情から伝わってくる。
「例えば、もっとカズに会いたいでしょ?」
「うん」
「もっとたくさんサインもらいたいでしょ?」
「うん」
「そういう楽しいことが、これから先、真知のことを待っているんだよ。なのにそんな頭にくる先生のせいで、その楽しいことを捨てちゃったらすごくもったいないと思わない?」
素直にうなずく真知。
「でしょ?あともう一つ真知に知ってほしいことがある。もし真知が死んじゃったら、残されたお父さん、お母さんがどういう気持ちになるか。俺だって同じ。ずっと真知とサッカーしていきたいし、遊んだりしたい。真知はみんなにとって大切な存在なんだっていうことを絶対に忘れないでほしい」
いつもは三分以内に話を終えるところだが、今回は三十分近く真知と向き合っていた。
その間、真知は真剣に僕の話を聞いてくれた。それは、今までコツコツと積み上げてきた信頼関係があったからに他ならない。
真知が眠ってから、真知ママにとりあえずメールで状況を連絡し、詳細は明日伝えることにした。
翌朝から真知は元気に登校し、今までと変わらず振る舞っている。でも真知は心がとても繊細なのでしばらくの間できる限り目を離さず、注視していく必要がある。




