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十月下旬の土曜日、秋本番の昼下がり。みひろチームは太陽のまぶしい善幸小学校にやってきた。今日から一カ月間続く後期リーグが始まるのだ。
みひろチームは前期リーグでは悠李チームと合体して見事に勝利し、1位通過を果たした。その後、人数の問題から悠李チームが独立し、みひろチーム単独で後期1位リーグに乗り込んできたのだ。
各ブロックで一位となったチームだけがここ善幸小学校に集結し、リーグ戦を行う。そして、このリーグ戦で一位となったチームが、年間優勝、市内一位の称号を手にすることができる。
周囲を見渡すと、強豪チームのFC陸奥小をはじめ、目標としてきた藤川FCも当然のようにやってきている。
しばらくすると、なんの予告もなく他のチームが整列を始める。さすが一位リーグ常連チームは動きが違う。後期リーグの開会式があることを熟知しているのだから。
僕はあわててみひろに指示を出し、他チーム同様、整列させた。
「へえ、一位リーグだけこんなセレモニーをやってるんだ。初めて見たな」
心の中でつぶやく僕の目の前では市のサッカー協会幹部が挨拶をしている。スポンサーとなっている新聞社による記念写真贈呈へと、セレモニーが進んでいく。
五分ほどの開会式が終わり、みひろたちが戻ってきた。いよいよ後期1位リーグのスタートだ。
「みひろ、みんなを集合させて」
「わかった。みんな集合!」
僕が声を出せば手っ取り早いが、できるだけみひろを立てるようにしている。みひろと僕、みひろとメンバーの信頼関係を深めるためだ。
一位リーグの初戦という緊張をしていたのは僕だけだったかもしれない。村山公園でのウォーミングアップ練習が奏功したのか、子どもたちはいつものパフォーマンスで危なげなく勝利した。
翌週のエーユーズ戦は9-0と完勝し、相手チームのベンチに挨拶に行って戻ってきたみひろが僕の前にまでやってきて言った。
「あのね、相手の監督にね、『本当に強いチームだね。弱くてすみません。試合してくれてありがとう』って言われた」
ちょっと驚いた様子で報告してくれたみひろの隣りから、ヒーローズのベンチに感謝を込めて頭を下げた。
リーグ戦も三週目に入り、みひろチームにとって最大の山場を迎えた。
この日は第二試合に大東SC対藤川FC、山下コーチが主審を務める第三試合を経て、第四試合に大東SC対FC陸奥小というスケジュールになっていた。
「打倒藤川FC!」でやってきた僕らの目の前にその藤川FCがいる。惨敗した一月以来の対戦だ。
藤川FC戦を目前に控え、アップを終えて控え場所で給水をしているみんなを見ながらいつも通りみひろに指示する。
「みひろ、集合」
「わかった。みんな集合!」
気のせいか若干、みひろの声が震えているようだった。みんながまぶしくないように太陽を背にさせて座らせる。
「はい、いよいよ藤川FC戦だね。緊張している?まあ緊張するなって言っても無理かもね。どっちにしても今までやってきたことを試すつもりで最後まであきらめなければそれでいい。一月のあの時よりもみんなが強くなってるのは間違いない。自分を信じて、仲間をフォローして、声を出してプレーすること。以上!」
僕は試合前後の話を極力短くするように努めていた。延々と話すコーチをたまに見かけるが、コーチ自身の不安を消すためのものとしか思えず、本当に伝えたいことがかすむなど、百害あって一利なしだと思っている。だから、どんなに長くても三分以内、藤川FC戦前も一分で話を終えた。
試合準備を終えた子どもたちが試合用ベンチに向けて歩いてい く。みひろは僕の前で左腕を差し出している。そんなみひろにキャプテンマークを巻いてあげ、マジックテープを留める時に「頑張ってこい!」と願をかける。
いつもとは違った雰囲気の中、キックオフのホイッスルが響き、一斉にフィールドの子どもたちが動き始めた。コート周辺には応援しているママさんたちも多数かけつけている。いつもはキャーキャー応援しているママさんたちも静かにグラウンドを見つめている。
太陽の光で輝いているフィールド内ではボールが行き来し続ける。一月の試合をイメージし、相手の11番充希|みつき|を抑えないと勝ち目がないと直感したため、チーム一小さい弘樹|ひろき|にマークを頼んだ。それが奏功し、充希にボールが入ることがほとんどないまま前半が終了した。
引き揚げてくるみひろたちに不安な表情はなかった。前半を終わってスコアレスドロー。試合内容も危ないシーンはほとんどなく、逆に押しているのはみひろチームの方だったから当然の表情ともいえる。
ドリンクを飲む子どもたちに声をかけていく。
「あきと、やっぱりマークされてるな。遠いとこからでもいいら、狙えると思ったらどんどんシュート打っちゃえ。あきとのキック力があれば入るかもしれない。それから弘樹。相手の11番のマンマーク、すごくいいぞ!」
試合開始からずっと、まるで昔からの友達のように寄り添う二人の姿を思い出し、笑いが止まらないまま話を続けた。
「ずーっとくっついているもんな。相手も嫌がるでもなく二十分間ずっと一緒だったもんな。その調子で後半も頼むね」
そして後半が始まった。
後半十分を過ぎても前半と同じく両チームともこれといったチャンスがなくただ時間だけが過ぎていく。
「ベンチに残る子を交替で出さなくちゃな。誰と交替させようかな」
そう考え始めた矢先、試合が動いた。
センターラインとゴールキーパーのちょうど真ん中で、ボールを受けたあきとが、マークする相手の脇から強引にシュートを放った。ボールはキーパーの正面に向かって飛んでいったが、キーパーがトンネルした形でギリギリゴールに入った。
右腕を上げて喜ぶあきと。飛びつく仲間たち。自陣に戻るあきとがこちらを向く。いつものように僕は左手の親指を立てて「よくやった!」の合図を送った。あきとはニコッとしながらうなづき自分の定位置に向かった。
残り時間がわずかとなり、藤川FCが総攻撃を仕掛けてきた。弘樹のマンマークがさえ渡り、それを見習うように守りの子たちの集中もとぎれることなく、試合はこのまま1-0で終わった。
今年一月、強くなったと勘違いした僕らの目を覚ましてくれた藤川FC。その時から藤川FCに勝利することを最大の目標として努力してきたみひろチーム。
今夏の市民総体三、四年生の部で三年生と二年生の連合チームながら3位という好成績を収めたみひろチームに、またも勘違いという烙印を押してやろうと狙ってきた藤川FC。その藤川FCをとうとう倒したみひろチーム。
喜ぶ子どもたち、盛り上がるママさん応援団を前に、僕自身もそういったいろいろな想い出がよみがえり、感無量な気分だった。
みひろチームには抜きん出た子がいない分、みんなで力を合わせるという形で勝利を手にした。この価値ある勝利に子どもたちもママさんたちもコーチたちもみんな笑顔に包まれている。
僕は基本的にチームが勝利しようがあきとが点を決めようが他チームのコーチのようにガッツポーズをしたりベンチで喜びの舞いをすることはない。
点を決めた子、いいパスを出した子が「コーチ、喜んでくれるかな?」とこちらを見た時に「よくやった!」と左手の親指を立てて合図するぐらいだ。
なぜ、他チームのコーチのように大人げなく喜ばないのか。それは点を決められた側、負けた側のメンバーも子どもたちだからだ。みひろチームの子どもたちも相手チームの子どもたちも同じ子どもたち。相手のチームの子どもたちだってサッカーが好きで、サッカーが楽しくて、試合に勝ちたいと思って無邪気に頑張っているのだ。そんな子どもたちを踏み台にしてまで喜びを表すことがどうしても僕にはできなかった。
よく、相手チームで点を決めた際に、チームの子全員でかけ声をかけるチームがある。
「誰々のゴールに大きな拍手、パンパンパパパンパパパパン、もう1点!」
このかけ声を思いついたコーチは自分のチームの団結のためにやらせてようと思ったのだろう。
しかし、頑張って頑張ったけれど守れなかった相手チームにとっては馬鹿にされたと受け取られる可能性もある。
このようなかけ声は絶対にみひろチーム、悠李チームにはやらせないようにしていた。まだ低学年だから相手をリスペクトするなんて考えられないだろう。でも相手を馬鹿にしてはいけないという意味は分かるはずだ。
だから、キックオフ前のかけ声は「最後までがんばるぞ!オーッ!」にしていたし、相手チームと力の差があり、4-0や5-0になってしまったら、今まで点を取ったことのない子をフォワードにしたり、いつも活躍している子には、前線の子が得点できるような素晴らしいパスを出すような目標を示し、楽しさを失わせず相手のことも考えた采配を心がけた。
そのためか、チーム内には自然と助け合い精神が生まれていったし、相手チームに大差をつけていばり散らしていると誤解されるようなこともなかった。
藤川FC戦を勝利で終えた僕らは控え場所に戻ってからも高揚感が止まらなかった。
みんな一様に笑顔でおしゃべりしている中、僕は、次のFC陸奥小戦に向けての話を始めた。
「はいっ、いいかな?目標としていた藤川FCに勝てたね!みんな一人一人が手を抜かず頑張ったから勝てたんだよ。よくやった!」
いつものように左手の親指を立てて「よくやった!」ポーズをしてから、話を続けた。
「次はFC陸奥小戦だね。次のFC陸奥小戦に勝てば市内No.1になれる。この勢いで陸奥小戦も頑張ろう。よくやった!」
いつものようにゴールキーパーから実際に子どもたちも並べ、フォワードのあきとを配置し終わったところで、ママさんから差し入れられたシュークリームがみんなに配られた。
クリームで口のまわりから手からベタベタになる子どもたち。でもどの顔も笑顔でいっぱいだった。
第四試合は午後三時三十分キックオフだったが、十一月なだけあって太陽はだいぶ傾きつつあった。
その中での試合だったが、結果は0-2で完敗だった。
子どもたちが手を抜いたとは感じなかったが、気が抜けていたのは間違いなかった。
試合後に子どもたちを前に「いいところなく負けちゃったな」と言った僕の発言からも分かるとおり、僕の中でも藤川FC戦の達成感があまりにも大きく、シュークリームを食べた時点でチームは終戦したに等しかったのだ。あの時の雰囲気は試合後のお茶会だった。そんなチームがFC陸奥小に勝てるわけないし、本気で市内No.1を狙っているチームに申し訳ない。
でもみひろチームに曇った顔は見当たらない。僕を含めて満足感に覆われていた。
この翌週のリーグ戦を勝利で終え、後期一位リーグは全日程を終了した。
市内一位は全勝優勝のFC陸奥小、ライバルの藤川FCは三位で、わが大東SCは二位となった。
一月に藤川FCに0-4で惨敗したみひろチームは十月にリベンジを果たし、市内二位にまで成長した。
この十ヶ月間を振り返って、自分の指導方法を思い出してみると、相手チームの上手な子とみひろたちとの違いを試合の中で見つけ出し、次の練習に取り入れるように努めただけだ。その繰り返しだけでここまで来た気がする。あとは子どもたちが楽しめ、僕自身も楽しめる練習だけをメニューに取り入れた。
スポ根ものが素晴らしい、尊いと思っている大人たちのイメージとは真逆のメニューだったはずだが、みんなで賑やかに練習し、他学年チームに普通に存在するいじめや仲間はずれという言葉とは無縁のみひろチームだった。
僕の計画通りのチームになっている。みひろたちの笑顔の中で強くそう思った。




