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 十月連休の日曜日、試合で好成績を残したご褒美として清川村のデイキャンプが企画された。

 朝早く大東小学校に集まってくるみひろ組はワクワク感を隠さない。

 車酔いの酷い二年生の太陽、トモはママとともに電車で、それ以外の人はヨッコラ、カズオも含め車で清川村まで向かった。

 今、三年生以下の子どもたち、コーチ、保護者たちが何台もの車に分乗して一斉に向かっている清川村リバーランドは、今から十年前に村山公園組と行って以来、毎年訪れる地となっている。

 今年の夏休みも大東SC合宿の翌週に、村山公園組リーダー雅大を中心に、大東SC兼公園組の昇平、哲也竜太兄弟、みひろ、真知、悠李、健吾らと来たばかりだ。

 このキャンプ場は大東から車で一時間の清川村山中にある。敷地内には下を流れる本流の川からポンプで汲み上げられた水が流れる小川がある。この小川は、石垣で区分けされた水深30cmほどの水遊び場で、幼児でも安心して遊べる。ニジマスを放流してつかみどり体験もできる誰もが楽しめる小川だ。

 この小川の両サイドには屋根付きバーベキュー場がたくさんあり、緑の木々の間には合宿用コテージやバンガローもある。

 大木の根でできた段を下ると、自然の川、谷太郎川に入ることができる。自然の川といっても上流なので水量は膝下程度で、大きな岩があちこちにあり、木立ちに囲まれ緑りに包まれた光が差し込む川である。人が流される心配は全くないが、ビーチサンダルは何度か流され、売店で数人に買ってやったことがある。川にはおたまじゃくしや蟹などもおり、水遊びだけでなく、水中生物探しもできる。

 清川村のキャンプ場はどんよりした曇り空でひんやりとして空気に包まれており、二ヶ月前のように賑やかさはなく、空模様どおりの雰囲気だった。

 僕の車で1番乗りを果たしたみひろや真知は、ついこの間、このキャンプ場で過ごしただけであって、勝手を熟知しているという様子で振る舞っている。

 受付で「大東SC五十名で予約した成島です」と告げると顔見知りのおじさんがやってきた。

 「どこでもいいよ。好きなとこ入って」

 いつもの気さくさで対応してくれた。

 このおじさんはつかみどりをした魚を調理してくれるのだか、その際、周囲で、見学している子どもたちに「これ、なんだか分かるか?」とまだ動いている心臓を見せながらいろいろなレクチャーしてくれるのだ。子どもたちに学習の場を作ってくれるこのおじさんに感謝を込めて缶ビール6缶パックを毎年差し入れしている。それほど僕はこのキャンプ場を気に入っていた。

 広い1画に決めると、子どもたちはすすんで車から荷物を運び始めた。 

 僕専用の肘つき折り畳みイスを運んできたみひろは、ぼくが理想とする場所を見極めて、「ここでいい?」と聞いてきたので「うん、そこがいい。ありがとう」と笑顔で答えた。

 みひろは本当に気の利く子だ。

 ミニゲームのチーム分けをすると感じればすぐにビブスを持ってきてくれる。室内から外へ出るときは、僕の履き物を履きやすい向きに置き変えてくれる。僕が荷物を持っていると「持つ」といって運んでくれる。そのたびごとに「みひろは気が利くなあ。えらい!」と褒めているから、みひろの心情としはまた褒められたいと思ってやってくれているのかもしれない。

 みひろのお母さんにこのことを話すと、「うちでは、そんなこと一度もしてくれたことありませんよ」と笑っていたが、このお母さんが素晴らしいからみひろみたいな子が育つのだ。

 今年の七月、大東SCみひろ組としてコーチ陣と子どもたちで平塚七夕まつりに行った時のこと。

 七夕飾りが咲き乱れ、屋台や人でごった返す中、1画にあった小さな公園に辿り着いた。

 「じゃあ、この公園を集合場所にするから、みんな好きなところで買い物してきていいよ。あまり遠くに行かないように」 

 僕はそう言って自由時間を作った。大人数で行動していると、せっかくのおこづかいを使えないからだ。

 たこ焼き、かき氷、ハッカパイプなど、グループを組んでいった子は、同じものを買ってきて公園の石段に座って食べている。しばらくして、まだ食べている子、食べ終わって池の金魚を見ている子を数えていく。

 「あれっ?一人足りないぞ。だれだ?」

 「みひろは?」

 「本当だ。みひろがいない。山下コーチ、ちょっと捜してきます」

 そういって公園を出た瞬間、みひろが戻ってきた。

 「みひろ、どこに行ってたの?」

 みひろはケロッとした表情で手に持ったビニール袋を差し出しながら言った。

 「亀すくいしてきた!」

 確かに袋の中では小さな一匹のミドリガメが頬を赤らめて動いている。みひろの声を聞いた子どもたちが集まってくる。

 「えーっ、どれどれ?みせて!」

 「おーっ、すげー」

 ケロッとした表情のちひろとは対照的に僕は焦っていた。

 「みひろ、お母さんはカメのこと知ってるの?」

 「知らない」

 「じゃあ、一応連絡しておくよ」

 そういってすぐ携帯をポケットから取り出した。

 「今、自由行動時間にしていて、みんな思い思いの食べ物を買ってきたんですが、みひろは亀すくいをしてきたんですが」

 「分かりました。亀用の水槽を準備しておきます」

 「えっ、あ、はい。ていうか、亀持ち帰って大丈夫ですか」

 「はい、しょうがないですよね。ウチの玄関は、みひろが捕まえてきた虫とかが入ってるケースでいっぱいなんですよ」

 僕はびっくりした。今の時代、「ダメ!」とか「早くしなさい」とか、子どもの行動を否定するのが当たり前だと思っている親が大半の中、みひろママの教育方針は新鮮に感じられた。

 「ダメ」と言う前に子どもを信じ、そして任せる。そうやって今まで育てられたきたみひろには、責任感が養われ、任されている分、自ら考えて行動する力が身に付いているから、自主的に動くことができるのだ。

 七夕まつりの三週間後、公園組企画として夏休み中のみんなを集め、市営野球場で野球をした時のこと。

 この野球場は高校野球の予選でも使われる本格的な野球場で、天然芝保護のためシューズ裏の除菌をさせられるほど厳格な野球場であった。

 そのグラウンドに足を踏み入れるや否や、みひろが僕の所にやってきた。

 「ねえ、ちょっと行ってくる」

 そう言うと、僕の返答を待つことなく、ニヤニヤしながら小走りで外野に向かって去って行った。

 みひろの背中を目で追いながら「外野の芝生をチェックしに行くんだな」と思っていると、みひろは外野の芝生を踏みしめさらに前進を続けた。

 そうしてみひろはとうとう外野の青い壁にまで到達した。「何しに行ったんだ?」と首をかしげて見ていると、みひろは小さな両手を壁にくっつけて壁を押し、その感触を確かめ始めたのだ。

 他の子どもたちがキャッチボールをしたり備え付けヘルメットをかぶったりして遊んでいる中、戻ってきたみひろは、「けっこう柔らかかった」と満足した表情で感想を述べ、自分のグローブを取りに行った。

 このみひろ特有の感受性を大切にしてあげなければと思ったできごとの数々を思い出していると、続々と見慣れた車たちがキャンプ場の駐車場に整列を始めていた。時期が時期なだけに、貸し切りの様相となっている。

 僕の車ですでに1番乗りを果たしている子どもたちが仲間たちを指導する。

 電車組の数人を除いて全員集合したキャンプ場は夏休みの賑やかさに引けをとらない活気が満ち始めていた。

 木々の緑を空の白という色彩の中で、茶色の風貌の山下コーチが“開会”の挨拶をする。

 「朝早くから大変だったけど、みんなが楽しみにしていたキャンプ場に着きました。これはみんながサッカーを頑張ったご褒美です。今日はちょっと寒いけど、風邪をひかないように一日楽しみましょう!」

 大人たちは早速バーベキューの準備へ、子どもたちは目の前を流れる小川へと動き出す。このキャンプ場経験者の子どもたちが、初めての子どもたちにトイレの場所やら魚の居場所やらを説明し終わった頃を見計らって、公園組に毎年している注意事項を説明する。

 「ルール。面の前に小さな子がいる時は気をつける。知らない人に水鉄砲の水をかけない。下の川には子どもたちだけではいかないこと。分かった?」

 「はーい!」

 全員の声が響き渡る。

 その後、子どもたちは大人の目の届く範囲で思い思いに楽しんでいた。小川の流れをせき止めようとする組、ビーチボール組、水鉄砲組。

 僕は、公園組のキャンプ同様にのんびりとイスに座り、その様子を眺めていた。ヨッコラとカズオは子どもたちの輪の中にいる。面倒くさそうにしていた二人がその輪に入っている大きな理由はただ一つ。子どもたちの挑発に乗ったからである。

 子どもたちのからしてみたら、ヨッコラとカズオはコーチでも高校生でもなく遊んでくれるお兄ちゃん的な存在なのだ。通常練習の時も試合の合間にの休憩時間も二人にちょっかいを出そうと隙を伺う子どもたちがいる。

 人工の小川で遊んでいた子どもたちが下の本物の川に行きたいと言い出した。

 「よし、じゃあ行ってみるか」

僕が先導役となり木の根でできた自然の階段を降りていく。子どもたちも滑らないように一歩一歩慎重に降りてくる。 

 「オーッ、冷てぇ!」

 異口同音に響き渡る声。真夏でもこの川の水温は低い。秋で陽差ししない曇天下ならなおさらだ。それでも、子どもたちは夏と同じ元気さで騒いでいる。異なるのはシャツを着ていることぐらいだった。

 夏休みに公園組を連れてくる時同様、僕は子どもたちが遊んでいる場所より下流側の岩に腰かける。水深は30cm程度しかなく、川の至る所に岩があり、人が流れることは物理的に不可能だがビーチサンダルなとが流される可能性はあったため念のための対策だ。

 岩に腰かけながら、のんびり子どもたちを見ていると、いろいろなグループができていた。

 蟹を見つけようとするグループ、水鉄砲を使っているグループ、岩で水の流れをせき止めようとするするグループ・・・。みひろチームの三年生、悠李チームの二年生、みゆき、マリの女の子組も分け隔てなく楽しんでいる。

 そこへ電車組の子どもたちが合流したが、すでにハイテンションで遊びまくっている車組の子どもたちとのテンションの違いがしばらくの間続いた。路線バスで酔ったらしく、その影響もあったのかもしれない。

 ハイテンションの子どもたちはただ水遊びをしているだけでは物足りなくなってきた。こういうときの子どもたちはすぐに楽しめそうなことを思いつく。

 風邪気味だという颯が持っていたコンビニのレジ袋が遊びの主役となるとは誰も思っていなかった。

 水鉄砲組は最初こそ岩や木の幹、水面を標的に遊んでいたが、その標的をヨッコラとカズオに変えて水鉄砲を向けていた。

「お前ら、ふざけんなよー!ぶっとばすぞー!」

 ヨッコラが大声を出せば出すほど、喜んで逃げ回ったり逆に追いかけたりする子どもたち。

 だんだんと湿っていく二人の服。反撃を受けた子どもたちも濡れていく。

 シャツを脱ぎ、水着姿の子も出始め、二人の“敵”に突進していく。“敵”の二人は大きな手で子どもたちに水を大量に浴びせるが、突進する子たちは怯まない。

 ここで颯はバケツの水を投げ捨てるように、レジ袋に水を入れ、そっとヨッコラに近づいていく。そして、颯はバケツの水を投げ捨てるように、レジ袋をヨッコラに投げつけた。

 ヨッコラの服が一瞬で色変わりした。川で転んだかと思うほどに水がしたたり落ちている。

 「颯、ふざけんなよ!颯、許さねえ!」

 ヨッコラは大声で叫び、颯に水を浴びせようとしたが、颯が余裕の表情で言った。

 「僕、風邪引いているから濡れちゃダメって言われているんだよね」

 子どもたちの笑いの中、颯の勝利が確定した瞬間だった。

 キャンプ場に戻ると、大人たちの間ではすでにバーベキュー大会が始まっており、缶ビールをてにしているママさんも見受けられた。

 「今日は何もしなくていいから楽だなあ」

 僕はみひろが用意してくれたイスでのんびりみんなを観察していた。

 いつもなら、僕一人と子どもたちだけなのでこうはいかない。鉄板を洗ったり、炭の準備を高学年にやってもらい、僕がガスバーナーで炭に火をつける。十分ほどで火がつくと、子どもたちのために肉を焼き、各自の皿に入れていく。焼きあがる肉と子どもたちの口に消える肉には時間差があるので、子どもたちの皿は空の時間が長く、待っている子どもたちはまるで巣で親鳥のエサを待つヒナのようだった。

 こんなことを一時間近く繰り返し、最後の焼きそばの頃になると、肉だけでおなかいっぱいになった子どもたちにとってたは罰ゲームのような雰囲気になる。

 公園組でのキャンプは僕一人しか大人がいないので本当に忙しいのだ。でも今日は座っているだけでいい。

 こんなのんびりできるキャンプは初めてだった。

 一時間ほどして、子どもたちがバーベキューに飽きてきたことに気づいた。

 「よし、じゃあみんなここに集合!」

 「集合だって。行こう行こう!」 

 「なにやんの、コーチー」

 人工の小川のほとりに全員集合した。ママさんやコーチたちは缶ビールやトウモロコシ片手にこっちを見ている人、談笑をする人まちまちだった。

 「はいっ!では今から魚のつかみどり大会を始めます。ただし、捕まえた魚を食べられる人だけね。おなかいっぱいの人は応援係で」

 「やるやる!まだ食べられる」

 「どうしよっかなあ」

 「悠李、お前やる?」

 「俺、やるにきまってんじゃん」

 「俺、もう入んないからやめとく」

 子どもたちはガヤガヤと相談を続けている。

 「よし、そろそろいいかな。つかみどりやる人?」

 ハーイ!と手を挙げたのは半分ちょっとの子どもたちだった。

 実は、この企画は誰にも相談していない、まさに独断だった。だから当然みんなにとってサプライズだったわけで、それは同時に僕が人数分の魚を全額負担することを意味していた。全員がやったら軽く一万円を超えてしまうので、それを避ける意味でも公園組と同じ条件をつけさせてもらった。

 人工の小川で魚と闘う子どもたち。その様子を小川のほとりで騒ぎながら見守るママたち。その様子をイスに座って眺めているこの瞬間が僕にとって至福の時だった。

 ニジマスに触れることもできない子もいれば、一分もしないでつかみ上げる子もいた。取った子は陸に上がり応援係になる。そうはいっても応援係の主役はホロ酔いのママさんたちであったが。

 最初のうちはニジマスのスピードについていけなかった子どもたちも、次第に触れるようになってくる。ニジマスは人に触れると急速に弱っていくからだ。最初につかみ取った魚は、バケツの中で腹を上にしてどうにかエラだけが動いている状態になる。

 始めから三十分が過ぎ、ようやく全てつかみ上げたところで、バケツをおじさんのところへ持っていく。調理してもらうためだ。いつもなら、六年生に任せるのだが、今日ここにいるのは二年生と三年生だけなので僕がおじさんのところへバケツを持っていく。

 「おじさんのところへ行くよ。魚をさばくところを見たい人はついてきて。見たくない人は待っててね」

 このキャンプ場では、焼くだけの状態にまでおじさんが調理してくれる。そして、その経過を子どもたちにレクチャーしてくれるのだ。

 「やっと終わりました。今日もすみませんが、この子たちが魚をさばくところを見たがっていますのでよろしくお願いします。」

 「おう。危ないから近づき過ぎないようにね」

 そう言うとおじさんは手慣れた様子でさばいていく。

 「これ、何だか分かるか?」

 「心臓?」

 「そうだ。よくわかったな。まだ動いてるだろ?」

 好奇心に満ち溢れた瞳を満たしてくれるおじさんのレクチャーはこのキャンプ場の裏メニューだ。大げさにいえば、人は生きていくために命をいただいていることを実感できる、まさに子どもたちにとって貴重な体験だ。

 子どもたちにはいろいろな直接的な体験を通じて人間性溢れる輝く人になってほしい。

 こんな僕の想いをも満足させてくれるこのキャンプ場が僕は大好きだった。

 魚を食べ終わった子どもたちは再び活動を始めた。

 帰り支度を始める夕方まで空はずっと白い雲に覆われていたけど、子どもたちの心の中は快晴だったに違いない。笑顔いっぱいのキャンプは大成功で幕を閉じた。

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