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合宿が終わると大道SCはすべて日常に戻る。夕方の平日練習、そして早朝の日曜日練習。
僕の仕事は子どもたちが休みの日に忙しくなる職種のため、夏休みも多忙を極めた。
そんな中、お盆休みが近づく三日間、横浜FCサマースクールにみひろと健吾をこっそり参加させた。もちろん、こっそりといってもみひろと健吾の親には了承済みである。
みひろと健吾を車に乗せ、横浜東部のグラウンドに向け一時間弱走る。すると、真夏の陽ざしですっかり元気をなくした芝生のグランドが姿を見せた。
みひろと健吾は学年が違うので練習は別々になる。でも、無口ながら芯が強く何よりサッカーに自信を持っている子なので、知らない子たちの中でも難なくやっていける二人だった。だから何の心配もしなかった。
練習が始まる頃にはだいぶ太陽も低くなり、西側が山並みのためグランドの大部分が日影になる。見学する保護者たちにもプレイヤーである子どもたちにも優しいグランドになった。
練習中、みひろを見ていると健吾を見失い、健吾を見つけるとみひろを見失う。そんなことを繰り返しながら記念用に何枚もシャッターを切った。
練習終了後、三人で駐車場に戻る。
「どうだった?楽しかった?」
「楽しかった!」
「参加してよかった?」
「よかった」
「じゃあ、シャツ着替えちゃって。で、そのTシャツは明日の練習でも着るから帰ったらすぐに洗ってもらってね」
「うん、わかった」
横浜FCサマースクール三日目はトップチームの選手1人が特別参加することになっていたが健吾は不参加だった。健吾家族の帰省日と重なってしまっていて、申し込む時すでに三日目は欠席することが決まっていたのだ。
みひろだけを車に乗せてグランドに到着し、グランドに入ると元気のよいコーチたちがみひろに笑顔をふりまく。
「みひろ、こんにちは!」
「こんにちは」
「あれ、今日は健吾いないの?」
「今日はお休み」
「そうか。今日も暑いけどがんばろうな」
「うん」
みひろとコーチのふれあいに温かさを感じた僕はあることを思いついた。
「コーチ、すいません。みひろと写真に入ってもらっていいですか?」
「はい、いいですよ。みひろ、ここにきな」
コーチはみひろの肩に手をまわし、笑顔で対応してくれた。
練習開始と同時に、背番号10のウッチー選手が現れ、子どもたちのみならず保護者たちからも歓声が挙がった。
昨日までのような練習でばなくトップ選手と遊ぼうというコンセプトのようで、チームを分けて運動会競技タイフーンなどが行われた。
ウッチーはみひろと同チームとなり、みひろとウッチーのふれあいをたくさん写真に収めることができた。
最後はミニゲームを終えた子どもたちがウッチーを前にグラウンド中央に集まった。
「では、最後に内田選手にみんなでお礼をいいましょう」
続けてコーチは思いもかけない言葉を発した。
「じゃあみひろ、子どもたち代表として号令かけて」
「今日は1日ありがとうございました。気をつけ、礼!」
「ありがとうございました!」
子どもたち代表を難なくこなしたみひろに胸が熱くなった。大きな声で挨拶することができ、大東SCキャプテンとしての経験が確実にみひろを成長させていることが実感できたからだ。
夏休みの終わりから始まる大会が、市民総体トーナメント戦。この大会は二学年ごとにグループ分けされて開催されるため、みひろたち三年生は四年生と対戦する可能性があり、勝ち進むのは難しいが、悠李たち二年生が勝ち進むめる可能性は一年生チームよりは高い。
「今回は、山本コーチが練習試合をFC深谷に申し込んでくれたおかげで大人数をさばくことができました。ありがとうございました」
「いえいえ、うまくいって良かったですね。でも成島さん、これからは大変だと思うんです。だからこの機会にチームを上と下に分けてはどうかと。三年生は引っ越しで10人になってしまったので、二年生チームから数人上げて、それ以外を二年生チームとして」
「そうすると下のチームは誰が見るんですか」
「練習は今までどおり、成島さんに見てもらって試合は優先度の高い方へ成島さんを、低い方へは奏斗のお父さん、今井コーチにお願いしようかと」
「わかりました。でばその方向で調整をお願いします」
こうして、 三年生中心のみひろチームに帯同することになった。
メンバー分けはすべて僕の独断で行った。三年生チームに昇格する二年生は次男三人組の奏斗、颯、聖太と、飽くなき向上心とボディバランスに優れた健吾に決めた。
市民総体は五、六年生の部からスタートし、三、四年生の部、そして数週遅れて一、二年生の部がスタートする。僕は三、四年生の部に出場するみひろチームの監督として二週に渡り帯同した。大東SC四年生石投げチームが初戦で姿を消す中、みひろチームは相手が四年生チームであっても怯むことなく快勝を続けた。
「三年生と二年生のチームなのにすごいなあ」
みひろたちは、他のチームのコーチからこんな言葉をかけてもらっていた。
特にすごかったのはレギュラーとしてフル稼働していた二年生の四人だった。山下コーチの息子竜太やよつばの息子カイをベンチ送りにし、キャプテンみひろやエースフォワードあきとと同様、チームの中心で活躍する四人のおかげで準々決勝へと駒を進めた。
この時点で勝ち残っているのは、みひろチームを除いてすべて四年生チームだった。ジュニア年代での一学年はとても大きな差なのだ。そんな中で活躍するみひろチームの二年生たちはかなりの力の持ち主といえる。
準々決勝はPK戦までにもつれ込んだ。コイントスの結果、大東は後攻となった。
最後のキッカーに指名したのは次男三人組の二年生の颯だ。颯はとても賢い。パワーで一か八か打ち込むタイプではなく、相手を見てそして考えてプレーする子だ。観察眼が優れているのだ。
練習や遊びでPKを蹴る颯を見るたびにその思いを強くしていた。だから三年生を押しのけてキッカーに入れた。これを入れれば勝ちという一番プレッシャーのかかる場面となったが颯ならきっと。
ベンチにいる僕らコーチたち、ベンチの子たちが全員立ち上がり、試合メンバーはセンターサークル内に座って颯の背中を見つめていた。
僕らとは反対側にいる応援ママさんたちも静かに息をのみ、颯を見守っている。
颯はいつもどおりのスピードで歩き、ペナルティエリアに入っていく。そしてボールの前で立ち止まった。
市営グラウンドは静寂に包まれている。グランドにいる視線がレフリー、キーパー、そして颯に注がれている。
時間も鳥も風もすべて止まる緊張感の中、レフリーのホイッスルが響き渡る。
颯がボールに向かってゆっくり動き始める。
ゆっくりのまま蹴る姿勢に入った瞬間、上半身をゴールの左側に向けたあと、右足のインサイドで右サイドネットへ向けてホールを転がしだ。
キーパーは颯の上半身の動きにつられて颯から見て左側へ動いたため、キーパーは自分の動きとは逆方向にゆっくりと転がってゆくボールをただ見つめることしかできなかった。
颯が転がしたボールはきれいにサイドネットに吸い込まれ、颯はいつものニコニコ顔で、しかし当然といった表情で、喜ぶ仲間の輪に入っていった。
山下コーチが僕の隣りで狂喜乱舞する中、「やっぱり颯はよく見てるんだな。子どもってこうやって大人のマネをしながら成長していくんだな」と僕は思っていた。
颯のフェイントPKは、子どもたちの体操中にカズオやヨッコラを相手にPK戦をして遊ぶ僕のフェイントそのままだったからだ。
試合後、颯が近づいてきて「コーチのフェイントPKが決まってよかった!」と、満面の笑み喜びを伝えてくれたので、頭をなでて褒めてあげた。
このように、三年生だけでなく二年生も戦力となり、みんなの力でちひろチームは準決勝に駒を進め、次の対戦相手は藤沢FC四年生チームに決まった。
来週の土曜日からはいよいよ悠李チームの試合が始まる。両方の監督をするのは不可能なので、どちらかを選ばなければならない。
「山下コーチ、いよいよダブルブッキングの日が来てしまいました。このままみひろチームでいいですか」
「いやあ、きっとみひろチームは藤川FC四年生チームには歯が立たないですよ。藤川FCの三年生チームにすら勝てないんですから。しかもずっと成島コーチをみひろチームが独占してきてしまったんですから今度は悠李チームの面倒をみてやってください」
確かに、みひろチームのことだけを考えてきた二週間だった。それは明らかに平等性を欠いている。だから山下コーチの提案をすんなりと了承した。
「わかりました。次は悠李チームに帯同します。みひろチームのポジションは木曜日の平日練習後に決めて土曜日の朝、試合前に連絡します」
この話を火曜日の平日練習の時に三年生以下の全員に伝えた。残念そうな、不安そうな表情に包まれたみひろチームとは対照的に悠李チームは大喜びだった。
「今度の試合、成島コーチが来てくれるの?」
「うん、そうだよ」
「やったー!」
「そう、悠李とずっと一緒。だから悠李、悪さできないぞ」
そう言われた悠李は照れ笑いしながら大満足といった表情で飛び跳ねていた。
試合当日の朝、とてもいい天気ながら夏の暑さからは解放されていた。
みひろチームのポジションはディフェンシングにさぜるを得ず、エースフォワードのあきとをワントップにしてディフェンスを一人増やした。みひろチームがワントップで試合をするのは始めてで、平日練習で動きの練習はしたものの不安は拭えなかった。とにかく守って守ってPK戦に持ち込めばいいと思っていた。
僕が率いる悠李チームは車で三十分の川石小学校で、山下コーチ率いるちひろチームは車で五分の市営グラウンドで同時刻にキックオフとなった。
練習試合の時、新幹線の見えるグランドで、新幹線が通るたびにボールを追う足を止めて新幹線に目を奪われていた新幹線好きの悠李が、目の前で躍動していた。
そんな悠李を見つめ、悠李の成長を喜びながらも、心はみひろチームに向いていた。
悠李チームは、主力をみひろチームに取られながらもキーパー祐平の活躍もあり、当然のように勝利した。
僕のいるベンチ前に整理し、「気をつけ!礼!ありがとうございました!」という悠李チームのみんなからは勝利の喜びが溢れていた。
「よくやったな」と一人一人の頭をなでたり、握手してあげているときも、みひろチームが気になって気になって仕方がなかった。
悠李たちに帰りの仕度を指示する中、レフリー中であろう山あ下コーチではなく、お当番ママとして会場にいるはずの山下コーチのパワフル奥さん、竜太ママに電話した。
「もしもし、成島です。どうでしたか」
「あっ、成島コーチ?お疲れ様ー。竜太たち負けちゃったよ。でもすごく惜しかったんだよ。0-1だったしね。試合が終わったときはみんな泣いていたけど、今はもうケロッとしてて砂山であそんでるよ。思ったんだけどさぁ、この子たちは成島コーチがいないとダメなんだよ。今だって、騒いで遊んでいるからママたちが注意したんだけど、誰も聞かないし。成島コーチがいるときは子どもたちこんなに暴れないもんね」
一方的に報告してきた竜太ママはスッキリしたのか、気分が良さそうな声で電話を切った。
僕の頭の中は試合の敗戦よりも子どもたちのしつけで覆い尽くされた。
三ヶ月前にも、車出しをしてくれた二年生ママから苦情とお願いをされたのを思い出す。
「車の中で、何度注意しても子どもたちが暴れて危なくて仕方ないんです。コーチの方から注意していただきたいのですが」
翌練習日に早速子どもたちに注意した。その後は、おとなしくするようになったのだが、そもそも、僕の車の中では暴れる子どもどころか騒ぐ子もいない。もっといってしまえば、僕と子どもたちで話すぐらいで子ども同士で話す姿もあまり見かけない。
大東SCの三年生以下の、みひろチームのしつけは僕の責任だと思って指導している。しかし、それは保護者のいない活動だからというのが前提だ。
三ヶ月前の車の場合は、運転手のママしかいない状況だから百歩譲って仕方ないと思う。
ところが、今回のみひろ組には山下コーチもいれば複数のお当番ママだって、きっと応援に行ったママ軍団もいることだろう。それなのに、子どもたちを抑えられない教育力のない保護者、そして、僕がいないところでは好き勝手なことをしているみひろチームの子どもたちのどちらに対しても許せなかった。
自分の子どもを丸投げする親ってどうなの?
僕の前だけでいい子を装っているみひろたちってなんなの?
僕は助手席に座る悠李の、勝利の余韻に浸っている表情に癒やされ、大東小へと車を走らせた。
翌日の日曜日、太陽があたる朝礼台で雑談をしている藤村監督と大口コーチに呼び止められ、大口コーチが話し始めた。
「試合会場が近かったから、昨日、藤村さんとみひろチームの試合を見に行ったんだよ。藤川FCの四年生チーム相手によく頑張ってたよ。正直、力の差はすごくあって、ウチは大きくクリアしてるだけって感じだった。とにかくコートの外の遠いところまでボールを蹴って時間稼ぎしてるってのが分かった。でも、攻撃もしてて、チャンスになりそうなシーンもあった。ワントップじゃなくてツートップだったら面白かったかもしれないね」
大口コーチの総評を聞き、みひろチームに申し訳ない気持ちが溢れてきた。僕が直接指揮をとっていたら、ツートップにしていただろう。そうしたらみひろチームの可能性や能力をもっと広げられたかもしれない。
悠李チームが圧勝だっただけに後悔の念が大きくなった。僕が一日中悠李チームに帯同したことを悠李たちみんなが喜んでくれたことだけが救いだった。
練習開始時間がくるまでみひろたちとボールを蹴り、七時半に、目でみひろに合図をすると、みひろのかけ声ですべてが動き出す。
「体操するからまるくなれ!」
そしてストレッチを終えるとみんなが僕の周りに集まってくる。
「はい、まずみひろチームのみんな。昨日は負けちゃったけど四年生と同じ枠ながら三位っているのは、よく頑張ったと思う」
みひろチームに笑みがこぼれる。
「でも、せっかく三位という素晴らしい結果だったのに残念なこともある」
あれっ?褒めてくれて終わりじゃないの?っていう顔、顔、顔。
「昨日の試合後、みんな何してた?」
何のことか分からないという表情もあれば「やばっ!」という表情もあった。
「砂山で暴れてたんじゃない?お当番さんに注意されても聞かなかったんじゃない?」
子どもたちから笑みは完全に消えていた。悠李チームの子どもたちもおとなしく聞いている。
「せっかく三位になったって、注意されるようなことをしてたら、三位の価値なんか全然ないよ。大東は強いけどいつも暴れてて駄目チームだなって言われるより、大東は強いしきちんとしたいいチームだなって言われた方がよくない?それに、俺がいるときだけちゃんとやって、いなければ暴れるってどういうこと?俺はみんなを信じていたけど、がっかりしたよ。これ以上がっかりしさせないように、これからはきちんと考えて行動してよ」
サッカーが強くなることと子どもたちがきちんとできること。少年サッカーのコーチの大半は前者の理念の下で指導している。藪口コーチなんかその典型だ。でも僕の理念は後者だ。もちろん指導するからには勝たせたい。でもあくまでも土台は子どもたちそのもの。今回の一件でまた子どもたちが1つ成長してくれることを願わずにはいられなかった。




