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①-19

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 雨の日が長く続かない梅雨が終わり夏休みに入った。夏休みに入ってすぐの金曜日が恒例の山中湖合宿の初日だ。

 例年と同じ合宿のしおりには変わらず朝7時市役所前に集合と書かれていた。

 僕の行動もいつの通り前日の夜遅くまで中学生の相手をし、帰宅後に合宿準備を始めるから、合宿初日はいつも寝不足だった。

 でも僕の中の心構えは去年とまるで違った。僕の担当する学年が合宿に参加するからだ。去年のように担当コーチが不在のチームを指揮したり、子どもたちの6分間走に飛び入り参加したりと気楽には過ごせない。みひろチームの三年生たちをおもいっきり楽しませ、充実した合宿にしてあげなければいけない。

 そんな意気込みで市役所前の広場に到着した。

 大きなバックを降ろすとすぐにみひろチームの子どもたちが笑顔で集まってきた。広場には三年生から六年生までのユニフォーム姿の子どもたち、見送りに来ているママたち、合宿当番のママたちでごった返している。出勤前のスーツ姿のコーチも見送りに来ていた。

 広場のむこうの歩道では朝の緊張感を抱えたサラリーマンたちが足早に駅に向かっている。

 そんな光景とは全く対照的な雰囲気の中でカメラを向けるとたくさんの子どもたちが笑顔でポーズをとる。

 いろいろな学年のこどもたちとの交流を楽しんでいると、合宿係のママたちが子どもたちに荷物を持つよう指示を出した。いよいよ出発だ。例年どおり六年生から順番にバスに乗り込んでいく。

 バスの座席は基本的に自由席なので前方に高学年、後方に低学年となる傾向は変わらず、一番前の補助席に座る僕の隣には六年生が座り、みひろたちははるか後方に座った。

 バスの扉が閉まり、バスが動き出す。ママたちが見送っている歩道から離れていく。そのママたちに向かって元気に手を振る上級生。不安気にママたち視線を送るみひろチームのこどもたち。

 「絶対に笑顔の絶えない楽しい三日間にしてやろう!」

 みひろチームの表情を見てそう決心した。

 隣りにいる6年生たちとサッカーの話やカズの話をしながら二時間ほど経った頃、後方の座席で酔う子が出始めた。その中にはみひろも含まれていたらしかったが、後方なので近くに座っていた合宿当番のママさんが対応してくれた。

 山道の国道138号線がT字路に差し掛かる。正面には山中湖が見える。T字路の信号が青に変わるとバスは右折し、マリモ通りを東へ進む。湖を左手に見ながら木立ちのトンネルをいくつもくぐり抜けていく。

 スワンボート乗り場を通過したのを合図にバスガイド用にマイクを持つ。

 「はい、こんにちは。私、コーチの成島と申します!」

 知ってるよとばかりにバスの中が笑いに包まれる。

 「さて、いよいよ合宿所が近づいてきました。あと6分で到着しそうな予感がします。そろそろ、左手に緑のとてもきれいなフットサル場が見えてきます。なんと、みなさん!今回は、特別、この合宿でその素晴らしいフットサル場を・・・、使いません!」

 どっと漏れるため息と笑い声。

 そんなことをして楽しんでいるうちにバスは合宿所と山中湖の間の細い道路に止まり、荷物を手に子どもたちと合宿所に向かった。 

 去年までの本館ではなく古い別館が割り当てられ、僕にとっても初めての棟だったため、子どもたちともに部屋の探検をした。

 二階は襖や壁により各部屋に分かれていたが、一階は部屋を仕切る襖が見当たらず、三部屋が一つの大部屋と化していた。

 部屋割りは事前にママさんたちが決めており、部屋長の六年生から初参加の三年生までがうまく割り当てられ、兄弟は何故か同室というならわしになっていた。

 一階にも三部屋の予定だったため、三チーム作られていたが、もはや形式上のものに過ぎなかった。

子どもたちは自分の荷物を整理してから、持参したおにぎりを手に、窓の向こうに広がる山中湖のほとりに行って遠足のようにブルーシートに座って昼食をとった。

昼食後、部屋に戻りボールとドリンクの準備をして、合宿所所有のグラウンドへ列をなして向かった。合宿地へ向かうであろう観光バスが時々通るマリモ通りを横断し、人工の小川と思われる一ノ砂川に沿って草道を歩き、その後、車がほとんど通らない道路を進むと、左手に入ったところにグラウンドがある。十分程度の散歩といった情景だ。グラウンドは去年までとは異なり、雑木林部分が整理さら、今までの少年用コート一面のほかに、やや小さいコート一面も作られていた。

グラウンドを囲むように存在している沢山のテニスコートは顕在で、周囲に広がる山々の景色、湧き立つ雲、顔を見せない富士山も去年と同じだった。

他の学年が練習を続ける中、みひろチームは一足早く引き上げ、さっき来た道を戻る。低学年から入浴を済ませる合宿ルールのためだ。風呂はママさんたちの担当なのでその間、僕は部屋でこれからの予定を考える。決して一緒に風呂に入るような殺人行為はしない。あとで本館の大浴場に行って1人で入ったほうがのんびりできる。

風呂を終えたみひろたちとしりとりをしたり、お話大会をしているとあっという間に夕食時間となった。

 子どもたちと本館の食堂へ向かう。

 食堂に入ると、いつも通り低いロングテーブルと座布団が並ぶ子どもゾーンと、部屋の隅にテーブルと椅子がセットされていている大人ゾーンとなっていた。

 僕だけはいつも子ども席で食べているので、今年も子ども用テーブルには一人分多く食事が準備されていた。

 子どもゾーンは部屋割りの班ごとに座席が指定されている。今回は公園組でもある恭平の班を選び、その班の三年生の隣に座った。

 食事が終わると、そのまま食堂で、今度はチームごとにわかれて明日以降の練習についてミーティングをする時間となる。

 みひろたちが僕の周りに集まってくる。

 「よし、この辺が空いているから、みんなこのテーブルを囲んで座ろうか。この時間は、明日の練習メニューを決めようっていう時間なんだ。どんなことが出来るようになればもっと強くなれるか。そういうことを考えながらメニューを決めてほしい。他のチームはコーチがいろいろ話に参加してるけど、俺は話し合いには参加しないようにするから、自分たちだけで話し合って決めてね。じゃああとはみひろ、よろしく!」

 説明を終えた僕は他のコーチのようにくっついていることはせず、ちょっと離れたテーブルでみひろたちを見守る。みひろたちはふざけたりすることなく、みんなで意見を出し合い、みひろがまとめていた。三年生なのに六年生よりもしっかりしているように感じられ、誇らしく思った。

 ミーティング時間を終え、ビーチサンダルを履いた子どもたちが別館に戻る頃、仕事を終えたコーチたちがマイカーで到着し始める。大人たちのミーティングが始まるのもそろそろということだ。

 しかし、去年までとは異なり、子どもたちの寝室は、どんちゃん騒ぎの食堂の上ではないので、うるさくて眠れないということではない。去年までと変わらないのは暑さとの闘いがあることぐらいだ。そして僕にはなかなか寝付けないという子どもとの闘いが控えているのも去年と変わらない。

 僕が初めて合宿に参加した二年前に伝統行事みたいだった枕投げは去年すでにやめさせていたため、今年も枕投げをする子は一人もいなかった。そして落ち着く雰囲気もないまま夜9時の消灯時間となった。

 消灯後、各部屋を見回る。消灯後すぐに寝る子はなく、あちらこちらで話し声や笑い声が聞こえる。二階では、隣に部屋に続く襖のすき間から懐中電灯を照らして遊んでいる子もいる。

 とにかく一日目の子どもたちは元気に溢れているためなかなか寝ない。一階と二階を何度も行き来して静かに休むように促すうちに鬼が来たら寝たふりゲームの鬼役になっていることに気づく。

 だんだん眠る子が多くなると、その流れに乗れなかった子がザワザワし始める。中には鳴き声を出す子もいる。泣いている子は去年も泣いていて、二人で外を散歩したことを思い出す。今年はすぐにママ部屋に引き渡すことにした。

 午後10時半を過ぎ、ようやく静かになった。日付が変わる頃になると急に潮風が入ってきて冷え始めるのが山中湖合宿の特徴なので、午前零時になったら、すべての部屋の窓を閉めに回らなければならない。翌朝、体調不良の子を出さないために大人としての使命を果たして僕の一日もようやく終わる。

 外が明るくなり始めると早速騒ぎ出そうとする子が現れる。午前6時の起床時間前に僕の仕事は始まる。

 「まだ5時半だから寝てるフリをしていろ」

 「いいか、寝ている奴をまだ起こすなよ」

 「目が覚めているいるとを誰にもバレないようにしろ」

 いろいろな表現で静けさを保たせる。午前6時が近づくにつれ、目を覚ます子が増えていく。その時、僕はあることを思いついた。

 「6時になってただ起こすんじゃ面白くないな。よし・・・」

 午前6時、起きている子が注目する中、僕は携帯電話を片手に、朝のコンサートを始めた。

 携帯の着うたを最大音量で流しながら大声で光ゲンジやミッキーマウスマーチを歌う。笑い出す子どもたち、眠そうに目を開ける子どもたち、それでも寝ている子がいる中、無事にコンサートを終える。

 コンサートを見届けた子どもたちは布団を畳み、着替えて急いで山中湖のほとりの広場に向かう。 

 午前6時半から始まるラジオ体操に間に合わせるためだ。

 どこかのグループが持ってきたラジカセの音を頼りにラジオ体操をする。この時点ではコーチは僕一人か、多くても2、3人しかいないが、ラジオ体操を終える頃にはどんちゃん騒ぎコーチ陣も加わり、辻村監督が湖をバックに集合写真を撮って朝食に戻る。

 朝食後は練習着やユニフォームに着替え、六年生から順に大名行列のように列をつくってグラウンドに向かう。僕らみひろチームはその列には加わらず、別チームが使用しているグラウンドに向かった。練習試合が組まれていたからだ。

 その道すがら、全く別チームのコーチと思わしき人から声をかけられた。

 「突然申し訳ありません。私、少年サッカーのコーチをしているんですが」

 名刺を差し出され、素直に受け取る。

 「私どものチームもこの近くで合宿中なんですが、出来れば練習試合をしていただけないかと思いまして」

 合宿中には、こういうことがよくある。少年サッカーの合宿はどのチームも同時期に同じような所で行うものなので、合宿時に仲良しチームを作っていくことがたくさんの試合に繋がっていく。

 今、僕らが向かっているチームとも事前に試合の調整をしていて実現したものだ。藤村監督や大口コーチの長年の地道な努力の賜物なのである。

 今回出会ったチームとみひろチームとの予定は合わなかったが、すぐに本部の藤村監督たちに連絡をして他学年同士の交流を模索してもらうことにした。

 みひろ組の練習試合が終わる頃、大東SCのコーチ陣が集結してきた。このグランドでコーチ同士のエキシビションマッチが予定されていたからだ。

 相手チームの子どもたちとみひろチームの子どもたちが僕らの試合を観戦する予定になっていたが、みひろたちの試合が長引いたため、昼食時間となったみひろ組は、お当番ママに率いられ合宿所に戻ることになってしまった。

 「じゃあ試合がんばってねー」と名残惜しそうに手を振りながら去って行く子どもたち。

 相手コーチに促されるままに五号球で行われた試合は、子ども用四号球しか蹴り慣れてない大東コーチ陣には不利で、活躍したのは力にモノを言わせる藪口コーチだけだった。

 午後は、合宿所のグランドでの練習予定になっていたので、昨日の夜のミーティングで子どもたちが考えた練習メニューを行うことにした。

 練習メニューを始める際、どうしてこの練習をするのか、その目的を尋ねると、明確に答えが返ってくるのでとても頼もしく思えた。

 練習合間の休憩時間には、ママたちからの差し入れの冷えた桃などをみんなで食べ、楽しい気分のまま練習を終えた。

 他の学年がまだ汗だくで練習をしている中、一番下の学年のみひろチームは一足早く合宿所に戻る。その途中、人工の一ノ砂川の草道にさしかかると、僕らの楽しいおしゃべりを遮る大音量の歌声が響いてきた。山中湖交流プラザきららの野外ステージからの渡辺美里の歌声だった。その歌声に合わせ、「マイレボリューション」「サマータイムブルース」を一緒に歌いながら合宿所へ戻った。

 夕陽が傾き子どもたちの風呂が終わると合宿二日目恒例のバーベキュー大会の幕開けだ。

 このバーベキューは合宿所の広い庭でオーナーが焼いてくれるのだが、ピラニアと化した六十人の子どもたちが紙皿を持って列を作り、我先にと食らいつく。ママさんたちは監督や小口コーチに貢ぎ物のように食べ物を運ぶ。僕はというと子どもたちとともに列に並ばないと何も食べられない。

 食い意地が張っているような振る舞いが大嫌いな僕は、バーベキューには参加せずこの時間に本館の大浴場に行くのだ。みんなバーベキューをしているし、本館に滞在する人たちも帰還していないので、一人でゆったりと入ることができる。

 湯舟に仰向けに大の字でボーとしながらライオンが吐く湯の音を聴く。すると、音と音の狭間に子どもたちがおしゃべりしている声が聞こえる気がしてくる。バーベキューの広場は正反対の場所なのでここからは聞こえるはずはない。子どもたちの声が耳から離れない不思議な出来事だった。

 バーベキューが終わると本館の食堂に場所を移してのゲーム大会が始まる。子どもたちは景品がもらえることもあり一様に楽しそうだったが、監督と大口コーチ主催なだけあって二人さえいれば事足りた。

 合宿に初参加した年だけ僕もこのゲーム大会に加わったことがある。コーチ五人中何人が同じ解答となるかを競うゲームだった。僕ら五人の解答者が横一列にテーブルに着き大口コーチが問題を出す。

 「では問題です。落ちていたら必ず拾うゴから始まるものといえば?」

 コーチたちが一斉に紙に答えを書く。

 「これしかないよな」

 そう思い僕も答えを書いた。

 「では答えを出して下さい!」

 四人のコーチはみんな「ゴミ」と答えていたが僕は「そんな訳ねーだろ?」と笑みを浮かべた。

 僕の答えは「五千円札」だった。

 翌年は同じ食堂内にはいたものの、ゲームには参加せず、次の年には食堂にも行かなくなった。食堂に行く代わりに、歩いて5分のセブンイレブンに向かうのだ。バーベキューを全く食べていないので夕食をとる必要があったからだ。

 夕食を終え、みひろたちが楽しんでいる食堂の明かりを避けるように暗い別館に向かい、すでに布団が敷かれている二階の子ども部屋でTVを見ながらしばしの休憩、うたた寝をするのだった。

 それから一時間ほど経った午後8時間半。階下に賑やかな声が広がり、部屋に子どもたちが入ってくる。

 「わっ!コーチがいる。びっくりしたー!」

 「ねえねえ、コーチこれ見て!これ当たったんだよ」

 代わるがわる景品を見せにくる子どもたち。監督愛用のプーマグッズの数々。

 みひろが小さな声でいう。

 「プーマじゃなくてヒュンメルがよかった」

 「しょうがないよ。藤村コーチはプーマだから」

 ちなみに僕が着用しているものはほとんどヒュンメルだ。

 二日目の夜の子どもたちは、流石に一日目の元気は影を潜め、消灯時間後すぐに静寂が訪れた。僕は深夜の潮風が吹き込み始める頃に起きるだけでよかった。

 三日目の朝になっても静けさが続き、突入部隊の子どもたちは皆無だった。昨日の朝と同じなのは、午前6時の起床時間に僕のコンサートが行われることだけだった。

 三日目は、昼食後に帰路に着くため、チームの活動は午前中だけとなる。

 みひろチームはまたもアウェーでの練習試合の予定が入っており、昨日一人で行ったセブンイレブンを横目に相手のグラウンドを目指した。

 霧に包まれた車道の片隅を行けども行けども目的のグラウンドが見えない。山下コーチが相手チームと連絡を取り合いやっとの思いで辿り着いた。

 早目に試合を終えたみひろチームは合宿所に1番に戻った。そして、三日目の昼食恒例のカレーライスを準備してもらいみひろチームだけで食べた。

 山下コーチの携帯には、カズオとヨッコラからメールが届いていた。大東小学校では合宿に参加できなかった悠喜や真吾など二年生以下の練習がカズオ、ヨッコラ、小山コーチの下で行われており、無事に終了したとの知らせだった。

 帰りのバスは途中で何度かトイレ休憩をしながら三日前と同じ市役所のそばの歩道脇に到着し、大東小学校まで大きな荷物を抱えて歩いた。

 駐車場は一足先に到着しているマイカーコーチ陣や子どもを迎えに来た親たちで大賑わいだった。全員を集め監督が挨拶をし、各チームに分かれてさよならの挨拶をして解散となった。

 仲良しママと談笑する監督たち、家族の輪に溶け込むお父さんコーチたち、我が子との再会に喜ぶママたち。

 僕はその誰にも声をかけられることなく大きな荷物を手に、デパ地下へと向かった。


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