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村山公園はほぼ大東SCの子どもたちに独占されるようになっていた。
週二回ある活動日のうち、月曜日は次男3人組が僕の車で、そして悠李と健吾、山下兄弟、真知は徒歩でやってきたいた。木曜日はさらにみひろやあきひろもやってきて、ときには山下コーチが愛犬を連れて現れることもあった。リーダーを務める雅大のおばあちゃんが差し入れを持ってきてくれることもあり、いろいろな人の温かさに囲まれてみんな伸び伸びと遊ぶことができた。
遊びの内容は、たとえ大東SCの子どもたちはが多かろうとも、今までとなんら変わらなかった。公園組の目的はあくまで学年の壁を越えて遊ぶことであって、サッカーが上達することではないからだ。
公園組発足当初と変わらず、ゴムボール野球から始まり、サッカー、ドッジボール、ろくむし、鬼ごっこと、その都度、リーダーが多数決も採って決めていた。
公園組の日曜日は、公園外でも活動していて、数年前までは幕張メッセのイベントに参加したり、ボーリングやカラオケに行ったり、ショッピングモールに遊びに行ったりしていた。
しかし、日曜日も完全に大東SCの子どもたちに支配されていたので、公園組の枠から離れて、日曜日組と呼ぶことにした。
日曜日組はみひろ、真知などの三年生、オリジナルファイブと健吾の二年生、次男3人組の兄である五年生が参加していた。
日曜日組は常時10人近くが参加していたが、サッカー好きの集まりとなっていたため、行くところはもっぱらサッカーができる広場となった。日曜日組でよく行ったのは、親水公園の芝生広場。朝の大東SCの練習が終わるとすぐに僕の車で出発し、10分すると広場に到着する。ヨッコラは自転車なので遅れてやってくる。そして、学年関係なく、僕もヨッコラも入ってサッカーを楽しむ。
「じゃあ、負けたチームは罰ゲームをしよう」
僕が提案する。飽きないようにさせるための作戦だ。しかし、罰ゲームといってもただ走らせたり、筋トレみたいなことをさせたら楽しさが失われてしまう。
「すぐそこに階段あるのわかる?鳥居もあるよね。その階段を上りきると神社があるんだよ。その鐘を鳴らしてくるのを罰ゲームにしよう。
この広場についてから、何度も鳴らされている鐘を聞き、誰でも自由に鳴らせる鐘だと分かった。
「わあ、すごい階段だね。絶対疲れるよ」
「負けなれないな」
「コーチと同じチームにならないとつらいな」
子どもたちは罰ゲームに対する思いを口々に述べ、笑顔を見せながらも真剣にサッカーをし、試合が終わるたびに負けた子どもたちは喜んで神社へとダッシュした。
お昼になり、広場にあるテーブル付きベンチでお昼ご飯を食べることにした。はじめのうちは、お弁当を持ってくる子が多かったが、そのうちコンビニ派だけになった。
村山公園発足時はちょうどJリーグができた頃でプラチナチケットであったことと、まだまだ野球ファンの子が多かったことから、野球観戦が多く、神宮球場にみんなを連れていくことが多かった。しかし、Jリーグのチケットをとるコツを知ってからは、神宮球場のお隣りの国立競技場や、等々力競技場に連れていくことが多くなった。
僕はヴェルディ川崎を応援していた。TVに出ていたラモスと都並が面白かったから、ただそれだけの理由で。しかし、その後、日本のエース三浦知良、カズを応援するようになった。日本のエースだからとかサッカーがうまいからといった理由ではなくてカズの人柄が素晴らしかったからだ。
当時、大学生になった僕は出身中学校の側にあった出身塾で講師のアルバイトをしていた。そこの生徒にサッカー部に所属する中学三年生のヤンチャボーイがいた。
「先生先生、大ニュース!」
「どうした?」
「今日ね、学校にカズが来た!」
「カズって三浦カズ?」
「そう!」
「うそだろ?」
「本当!サッカー部に来てみんなにサインくれた!」
「本当に?なんで来たんだ?」
「カズ、今度結婚するからって学校にあいさつに来たんだって」
「どういうこと?」
このあと知ったことだが、カズの結婚相手りさ子夫人は僕らの先輩にあたるのだ。だから出身中学校にカズと共に結婚報告に訪れたのだった。
その後しばらくして、カズにサインをもらうためにヴェルディ川崎の練習場を一人で訪れた際も、日本のエースであるにもかかわらず、カズは待っているファンの列に歩み寄り、一人一人にサインをし、写真撮影にも応じていた。
当時のJリーグはバブル全盛期で選手の態度は横柄なものだった。例えばロン毛選手などはファンなどに見向きもせずに駐車場に向かい、ファンがたくさんいる中を「ひかれたら、そんなところにいるお前らがわるいんだぞ」と言わんばかりに暴走し立ち去る。
「あの選手の車の前には絶対に飛び出さないでね」と子どもたちに注意している警備員が印象的だった。
そんな時代の中にあってカズのファン対応はとても素晴らしく思えた。カズの謙虚な姿勢を目の当たりにし、一瞬でカズ信者となった。
「国民的ヒーローなのに一人一人にサインをする謙虚な姿勢は立派だ。天狗になって手すら振らない奴もいるのに。子どもたちに手を振ったりサインをしたりして夢や希望を与えてくれるカズの態度を公園組にも勉強させたい。将来、その子どもたちが人生の勝者となってもカズのように謙虚に、そしてみんな夢や希望を与えられる人間になってほしい」
そう思った僕は子どもたちを引き連れて何度もヴェルディ練習場に足を運んだ。カズの謙虚な姿勢を直接子どもたちに見せることが必ず子どもたちの成長にプラスになると信じた結果の行動だった。
そんな子どもたちがカズのファンになるのは必然で、好きな選手名を説明されると海外プレイヤーや海外組の日本代表選手を答える子が多い中、僕の周囲の子どもたちはみんな力強く「カズ!」と答えていた。
みひろや健吾と出会った時にはカズは横浜FCに移籍していたため、練習場に行く回数が頻繁になった。みひろたちのサイン帳やカードホルダーにはカズのサインがたくさん入っており、カズと子どもたちの集合写真はその都度引き伸ばし、額に入れて写るみんなにプレゼントした。
さらに、みひろたちと三ツ沢まで横浜FCを応援に行くことも多くなった。
開場と同時に僕らの定位置バックスタンド中央の最前列に猛ダッシュ。最前列の前の通路に、持参した折り畳み式ロングベンチを置いて奏斗や祐平など小さい子を座らせるようにしていた。小さな子が最前列に座ると、飛び降り禁止用ロープに視線を遮られ見辛くなってしまうからだ。
三ツ沢球技場は小さな球技場のため、迷子のなりようもない。だからトイレも買い物も子どもたちは自由に行動していた。子どもたちが何を買ってこようが気に留めることはなかった。子どもたちが自ら考えて行動することを尊重していたからだ。
試合開始前のウォーミングアップ時に先発と控えの選手が二個ずつサイン入りゴムボールを投げ入れてくれる。公園組リーダー雅大は横浜国際総合競技場で行われた試合では、観客がガラガラだったせいもあり、わざわざゴール裏まで出向き、5個のボールを取ってきたこともあったが、なかなか小さな子には難しいミッションである。それを分かってか、カズは最前列の子に手渡ししてくれることも多く、カズの記念Tシャツを身に付けた祐平が手渡しでもらったこともあった。
その他、選手とともに入場するエスコートキッズ、グランドでのアカデミーコーチによる練習会など、みひろたちは横浜FCにいろいろな体験をさせてもらえていた。それもこれもカズのおかげだと改めて思う。




