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四月に入り、一年生たちが新たに加わり、さらに活気を帯びるみひろ組。人数は二十五人を超え、チーム全体の1/3を占め、さらにコーチが一年生につきっきりになることも多く、よつばも来たり来なかったりで、圧倒的にコーチ不足に陥っていた。
そこで二人の新コーチも招くことにした。ヨッコラとカズオだ。二人は共にウチの卒塾生でこの春入学を果たした高校一年生。ヨッコラは元々大東SCのメンバーで僕がコーチを始めた時、五年生だった子だ。中学入学と同時にウチの塾生となったが徐々に不登校となり塾にも来なくなっていた。結局卒業パーティーにも顔を出さず幽霊塾生のまま高校生となった。
カズオは大東SCではなくお隣のFC深谷の卒団生だった。しかし、塾で日頃僕が大東SCの様子も話していたこともあり、大東SCに親しみを感じてくれており、ヨッコラとともに手伝うことに二つ返事で応じてくれたのだ。
カズオは決して勉強ができる方ではなく、みんなにからかわれたりちょっかいを出されてもそれを笑いに変えて切り抜けるタイプの子で、上から目線で偉そうにかっこつけるタイプとは真逆なので子どもたちとうまくやっていけると直感した。
ヨッコラも我を押し通したり力に頼るような子ではなかったので安心して子どもたちを任せられると判断し、この二人にお願いした。
これで、みひろ組のコーチが増え、子どもたちの置かれた環境が大幅に改善される。
チームの総監督である藤村コーチも喜んで受け入れてくれた。卒団生であるヨッコラが戻ってきたのだから、喜んでくれないわけがない。
さらに藤村コーチはFC深谷出身のカズオも正式に大東SCコーチとして受け入れてヨッコラとともにかわいがってくれた。
今年卒団した竜彦チームのお父さんコーチ石見さん。石見さんは自分の子どもの卒団とともにコーチを辞める予定だったが、僕のしつこいお願いによって、新たにみひろ組のコーチとして残ってくれることになった。これで、一年生から三年生までのみひろ組は、僕を中心として、三年生のお父さんコーチ山下さん、二年生みゆきのお父さんコーチ小山さん、高校生のヨッコラ、カズオ、そして石見さんの六名とたまにママさんコーチよつばというコーチングスタッフでの出発となった。
試合に大切なレフリー。レフリーをするには四級審判員ライセンスが必要で、僕と山下コーチしか持っていなかったので去年は大変だった。二人ともレフリーにとられることはチームが無法地帯に置かれることも意味していた。
そこにレフリーライセンスを持つ石見コーチが入ってくれる意味は大きかった。もちろん今後、ヨッコラとカズオにも取らせることになる。審判服やライセンス取得費用はすべてチーム持ちなので高校生でも問題なく取得できる。
五月中旬の日曜日、みひろ組は、朝から海沿いの山越小学校へと向かっていった。遠征は車で行くのだが、車出しはどの家も敬遠する。みひろの学年はそもそもお父さんが非協力的で、運転できるママさんは四人のみなので負担が大きい。ひとつ下の悠李の学年は車出し環境は良かったが上級学年チームに兄がいる関係上、そちらが優先され、やはり満足いくものではなかった。
このような状況のため、僕の車と山下コーチの車は毎回必ず出勤し、あとはママさんたちのローテーションで一台といった割り振りとなっていた。僕の車はミニバンのため、子ども8~9人乗れたのは好都合だった。
大東小の駐車場でボールの入ったリュックを背負い手に大きめな水筒であるジャグを持つ子どもたちが一列に並び、山下コーチが先頭の子から乗る車を指定していく。毎回、山下コーチと子どもたちの声が響き渡る。
「ほらっ、しゃべってないで早く並べ!1、2、3・・・7、8、はい、ここまで成島コーチの車」
「やった!」
「よかった!ギリギリ成島コーチの車だ!」
「あーあ、早く並べばよかった」
「うるせぇ。文句言ってないで早く車に乗れ!」
子どもたちは山下コーチに一喝されてそれぞれ指定された車に向かう。僕の車にたどり着いた子どもたちは、リモコンであらかじめ開けられたスライドドアに吸い込まれていく。みんな乗り慣れているので、無言でトランク側にリュックを投げ込み、手にジャグを持って着席する。後部座席がいっぱいになると自分たちで二列目シートを設置し、二列目もいっぱいになる。
助手席はみひろの指定席だ。体が大きく、さらに酔いやすいという理由からだが、みんなにとっても当然のことだと受けとめられていた。みんな成島カーに乗れるだけで満足といった様子だった。
他の車と何が違うのかは分からない。新車なこととTVがフルセグではっきり見られることぐらいしか思いつかないが、そもそも走行中はTVは付けていない。光ゲンジやマッキーのメロディー以外車内は静かだった。そのせいか、ちひろ組の大半の子は光ゲンジの歌を歌えるまでになっていた。世紀末生まれの子で光ゲンジが歌える子はかなり希少と思われる。
江の島近くの山越小学校に近づき、ナビが左に入るように誘導する。しかし、朝の登校時間にあわせて進入禁止の標識があって入れない。
「普通、土日を除くとかにするだろ!これじゃあたどり着けないよ」
江ノ電が併走する道路で右往左往する大東の車たち。いろいろな手を尽くしてようやく山越小に到着したときは予定時刻を30分近く経過し、試合開始まで時間がなくなってしまっていた。ウォーミングアップをする時間もなく試合開始となった。
試合は圧倒的なレベルの差があり、後半は先発しなかった控えの子たちが楽しそうにプレーした。
みひろたちの試合後は一年生の試合が予定されており、主審は大東と割り振られていた。そこで、まだレフリーライセンスを持っていない高校生コーチのカズオにやらせることにした。
「えーっ、無理。先生やってよ」
カズオは僕との出会いが塾だったので、僕のことを先生と呼ぶ。ちなみに村山公園で出会った子はかずくん。僕は親戚からそう呼ばれており、従兄弟のひろくんも僕のことをそう呼んでいたからだ。
だから必然的に付き合いが長く親しい人がかずくんと呼んでいることになる。サッカーで出会った子はもちろんコーチと呼ぶ。ヨッコラはコーチ、ポッポも健吾も悠李もみんなコーチと呼ぶ。
しかし、みひろだけは大東SCの人間の中で唯一かずくんと呼ぶようになっていた。
一年生の試合の主審を渋るカズオに山下コーチが優しい笑顔で言った。
「カズオ、一年生相手だから大丈夫だよ。練習になるからやってきな」
カズオはホイッスル片手にしぶしぶグランドに出ていった。
センターサークルに並ぶ前に、ベンチに平行に並ぶ一年生22人。二か月前はまだ幼稚園児だった22人はとても、とても小さいのに我は人一倍強そうだった。試合球を誰が主審カズオに渡すかですでにもめている。どちらからキックオフするかを決めるジャンケンもなかなか始まらない。
両チームのキャプテンに挟まれて立っているカズオはすでにコントロール不能に陥っていた。
「これは面白くなりそうだ」と誰もが思う幕開けだった。
カズオがホイッスルを吹き、一斉にフィールドの20人がボールに突進していく。
しかし、レフリー初心者特有の欠点をカズオも持っていた。笛の音が小さいのだ。僕らのところへはほとんど笛の音が聞こえないので、ファールを取ったのか、取らずに流したのかよくわからない。
しかし、それはカズオの笛のせいだけではなかった。試合開始から20人によるお団子サッカーが展開され蹴り合う一年生。なんでも蹴ってやれといわんばかりにボールのないところでも蹴り合っている。まるでプロ野球の乱闘シーンのようだ。
だからといっていちいちファールを取ると試合にならないので、小さな子の試合では黙認するのが慣例だ。そんな中、カズオの笛が響いた。ファールを取ったのだ。
ところが・・・、ところがである。なんと試合は止まらなかった。転がり続けるボール。追いかけ続ける20人。その群れの最後尾にくっついていくカズオ。
「えっ?ファールじゃないの?今のホイッスルは何?」と観客のみんなの頭が“?マーク”でいっぱいの中、キャプテンマークを巻いた一人の一年生がボールを拾い上げ19人に力強く説明した。
「今、レフリーが笛吹いただろ?ファールだからやめろ!」
「助けてくれてありがとうございました」とカズオは心で感謝し、試合を再開させるのだった。
カズオのレフリーデビュー戦は一人の一年生の活躍により無事に終了したのであった・・・。




