①-15
15
三月になり、六年生の竜彦チームの卒団式の日が訪れた。大口コーチにサポートされながら僕が初めてヘッドコーチをしたやっちゃんチームと合体していた五年生が竜彦チームだった。
一緒に闘った一年間のこと、そして最上級生として優しく下級生たちの面倒をみてくれたことなど、いろいろな思い出が甦り、藤村監督同様泣きそうになったが、彼らを見送る下級生たちに視線を移し、例年どおり泣かずに済んだ。
竜彦たちのあと、大東SCを率いていく新六年生は、僕が初めて大東に来た時一年生だった昇平たちだ。この学年の昇平やケンは小さい頃から村山公園に参加しているため、気心知れていた。
昇平チームも人数がギリギリのため、藪口コーチ率いる新五年生の長男チームと合体するか、ヘッドコーチと子どもたちが話し合いをしていたが、子どもたちが合体を望まなかったため、新六年生単独チームとして一年間やっていくこととなった。
よって新年度の編成は、六年生昇平チーム、五年生長男チーム、四年生石投げチーム、三年生みひろチームと二年生悠李チームは合体したからみひろ組という四チーム編成となり、春休み以降入団してくるであろう新一年生もみひろ組とともに練習していくことに決まった。
ところで四年生チームはなぜ石投げチームよいう名なのか。四年生チームが一年生だった頃のことだ二年上に兄を持つ子が同じ学年の子と校庭の道具で遊ぶ姿があり、その子のママたちがすぐ側で立ち話をしていた。
すると、滑り台の上にのぼった子が下にいる友達に石を投げ始めたのだ。その状況に驚いたが、さらに驚いたのはその子のママが注意一つしないことだった。だから非難の意味を込めてそう名付けたのだ。
でもそれだけではない。自転車の通る道路で突然鬼ごっこを始め、立ち話をするママさんたちを壁にして鬼から避ける子どもたち。自転車にぶつかりそうになっても注意しない。
ママだけではない。大東小学校の駐車場での出来事。片面はコンクリート製の斜面の崖になっていてそこをのぼる子どもたち。頭から落ちたら大怪我間違いなしだが、注意しないお父さんコーチ。
挙げたらキリがない。教育できないママとお父さんコーチしかいない学年というイメージが僕の中に根強く、自然と敬遠していた。同時にそんな学年と合体していたらみひろチームを引き取り、救い出せてよかったという思いすら持っていた。
悠李や健吾たちも二年生となり、平日練習に参加できるようになった。
午後四時になると、今までのように六年生キャプテンのかけ声によりウォーミングアップが始まる。
「ボールタッチの次は、センターサークルドリブル。よーいスタート!」
「二年生、そうじゃなくてこうやるんだよ」
六年生たちが優しく指導してくれる。僕は遠くから見ているだけ。
今年の六年生昇平は三年生の始めの頃にはすでに村山公園組に加わっており、当時、村山公園リーダーだった真吾を慕い、昇平の兄が在籍する大東SCと真吾が在籍する村上キックスの試合に応援に来た昇平は憚ることなく村上キックスを応援したという逸話がのこる。
村山公園現リーダーの雅大は大東小の子で、二年生の頃から公園組に加わっており、雅大が昇平たちを誘ったことがきっかけで昇平をはじめ五人の大東SC六年生チームの子が何年も前から村山公園で遊んできた。
だから、今年の六年生の半分近くの子は、村山公園で真吾たち上級生から本当の村山公園魂を伝承されており、キャプテンもその一人だったので、下級生たちを心から任せることができた。僕は例年以上に遠くから見ているだけで十分だった。
「悠李、ちゃんとやれ!」
きちんと六年生から注意される悠李。悠李も公園組なのだが、悠李のやんちゃぶりには上級生たちも手を焼いていた。村山公園では特に注意を受けることはないのに、なぜ大東SCに来るとこうなってしまうのか。理由を考えてると、聞き慣れた大声がグランドを駆け抜けた。
「悠李!ボール蹴るなよ!とってこいよ!」
祐平が怒鳴っている。悠李がわざと祐平のボールを蹴ったのだ。僕は腰を上げ、悠李のところへ向かった。
「悠李!ちょっとこっち来い!」
こういうことはすぐに消火しなければならない。
「悠李、六年生に注意されて、祐平のボール蹴って、お前は何しにここに来てるんだ?」
悠李はとても賢い。自分から悪いことをした時は絶対に涙を見せない。叱られることを、求めていたような表情を見せることすらある。
「悠李、もう練習しなくていいから、俺の隣りにいろ!」
そういって悠李と手を繋いで移動するとニコニコ顔になる。
それ以来、悠李が友達とバトルをして暴れた時は、手を繋いであげることでいつもの悠李に戻していた。
悠李は本当は他人の気持ちの分かる優しい子。それなのに暴れっ子になってしまうのは、悠李の周囲にいる大人が温かく包んであげていないからなのだ。僕だけでも気長に温かさを伝えていくしかないと感じていた。
数日後、大東SC団長より一斉メールを受信した。
「昨日、田藤コーチがお亡くなりになりました。葬儀について・・・」
この画面をしばらく見つめながら、「田藤コーチって誰のことだろう」と、理解するまでに時間がかかった。
「えっ!だってこの前の日曜日にもみひろたちにディフェンス指導してくれたじゃない。元気だったじゃない。なのにどうして・・・?」
まったく納得できていなかった。頭の中がぐちゃぐちゃのままだった。
仕事の都合上、お通夜には参加できない旨を大口コーチに連絡し、告別式に参列させていただくことにした。
葬儀会場前の駐車スペースには田藤コーチ愛用のセダンが止まっていて、今にも田藤コーチがいつもの笑顔で現れそうだった。
二階の会場に着くと、大口コーチをはじめ、見慣れた顔ぶれにホっとするもの束の間、田藤コーチの遺影が目に入り、現実に戻された。
一番隅っこの椅子に腰かけ、はるか遠くの田藤コーチの笑顔を見ながら、今までのことを思い出していた。
もの静かでパっと見、怖い印象もあったけど、いつもニコニコしていた田藤コーチ。
いつも子どもたちのことを考え、子どもたちの成長を喜んでいた田藤コーチ。
山中湖合宿に初参加で困っていた僕に、手書きの指導書をくれた田藤コーチ。
合宿で飲み会終了後に寝ている子どもたち一人一人に布団をかけてあげていた田藤コーチ。
自分の担当学年じゃないのに、みひろ組に優しく丁寧に指導してくれた田藤コーチ・・・・。
いつにまにか、お経が終わり、担当司会者がマイクでしゃべっていた。
「田藤様は、生前ドナー登録をしておりまして、告別式に先立ちまして、角膜などをすでに摘出させていただいでおります。」
オーッとどよめく人たち。「献身的な人だとは常々思っていたけれど、そこまでとは・・・」と僕だけではなくみんなが思ったのだ。偉大な人を失ってしまったと素直に感じながら会場をあとにした。
日曜日、いつものように開始時間の七時半より早くグランドに集まるみひろ組。その一人一人とボールで遊びながら、どう話をきり出そうか考えていた。毎回、チームの第一声はヘッドコーチである僕の役目だからだ。
七時半になる。体操の準備をさせるために声を出そうとしたみひろに声をかけた。
「みひろ、みんなを集めて」
「わかった。みんな集合!」
「田藤コーチが亡くなったことはみんな知ってるよね。みんなはこの前の日曜日まで田藤コーチにディフェンスの仕方を教わってたんだよね。田藤コーチは四年生のコーチなのに、最後に教えてもらったのはみんななんだよ。だから田藤コーチのサッカー魂みたいなものはみんなに受け継がれたんだと思う。田藤コーチに喜んでもらえるように、教わったことを忘れずに試合でできるようにしていこう。いいかな。」
「はーい!」
「よし、じゃあみひろ、体操!」
いつものように練習が始まった。さわやかな青空がグランドを包み込んでいた。




