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大東SC一年生二年生チームであるみひろ組が始動して五か月。この五か月間解決できなかったみひろ組の問題。それはコーチ不足。子どもたちが二十人以上いるのに、僕、山下コーチ、みゆきパパの三人しかコーチがいないのは、やっぱり少ない。そこで二年生のお母さんで女子大生風のカイママに白羽の矢を立てることにした。 カイママは、大口コーチが大東SC内に創設した大人のフットサルチームに所属している、二十九歳B型のよつば。一人息子を一人で育てている気の強い女性だ。五十歳を超えている大口コーチお気に入りのかわいい子ということもあって、気の強さを振りかざしていても誰も何も言わない状態になっている。
ところが、子どもはといえば、思ったことをなんでも口にするのが仕事だ。
「カイママ、サッカーできるの?」
「できるよ。大丈夫だよ」
「じゃあドリブルしながらシュートしてよ」
「いいよ」
「わあーへたくそ!」
日が経っても、子どもたちからはなかなかコーチとして見てもらえなかった。
数週間後、よつばは僕に相談をしてきた。
「ねえ、あの子たち、私のことバカにしてきて全然話を聞いてくれない。だいたいコーチとして誰も見てくれてない。どうにかして」
「まあ、見てるとそんな感じだよね。俺がコーチとして接しなさいって子どもたちに言えば、きっとそういうふうに振る舞うとは思うけど、それはうわべだけのことで、芯は変わらないんじゃないかな。人をバカにしちゃダメっていうのは一般論として言わなくちゃいけないと思うけどさ」
子どもたちは大人の“芯”を見抜く天才なのだ。大口コーチのように、若くて美人でかわいいといううわべだけで大人を見たりはしない。子どもに信頼され大事な存在だと認めてもらうのは大変なのだ。
親だから、先生だから、コーチだからと、偶然の巡り合わせにあぐらをかいて子どもたちのことを心から思ってあげる努力をしなければ子どもはすぐ大人を見限り、気づいたときには心の繋がりはなく、何も話を聞いてくれなくなってしまう。
よつばにはコーチとしての役割を適切に与えた。あとはよつば自身が信頼を築いていくしかない。僕にはよつばと子どもたちを見守っていくことしかできない。
僕の“古巣”であるスポーツクラブのコーチ仲介のもと、隣りの市の少年団チームのコーチと交流ができ、二月中旬の土曜日に練習試合に呼んでもらえることになった。
グランドは市境にあるとても広い公共施設で、コートを二つ作り、両コートで試合を同時進行するらしい。
少年サッカーの試合前には決まった儀式がある。
まず、キャプテンは試合球を持ち、レフリーのところに持っていく。他のメンバーはキャプテンを先頭に一列に並び、グランドに向き整列。レフリーは両チームのキャプテンが持ってきた二つのボールから一つを選ぶ。硬さやはね具合で決めるのが普通だが、僕がレフリーの時は、キャプテンやチームの元気さ、礼儀の正しさなども加味して決めていた。
ボールを決めたら、次はどちらのチームからキックオフするかをコイントスで決める。じゃんけんで代用することも多い。ただし、子どもたちはコイントスが大好き。コインには規定がないので、硬貨を使ってもいいし、ポケモンコインでもいい。珍しいコインで子どもたちの心をつかむのが僕は好きだった。各段に試合コントロールがしやすくなるからだ。見ず知らずの子どもたちだからこそ、好きになってもらい信頼関係を作ることが大切なのだ。
その後、グランドに向かって一礼をして入場。センターまで歩き、ベンチ、観客に礼。レフリー、相手メンバーひとりひとりと握手をしてから、チームごとに円陣を組む。キャプテンの声にみんなの声が重なり、試合が始まる。
このキャプテンのかけ声はもちろんチームそれぞれ異なっており、チームのカラーが出る。相手チームを卑下するようなかけ声を聞くことも多い。でもみひろたちには相手をバカにせず、楽しくサッカーをしてほしかったので、「さいごまでがんばるぞー!オーッ!」にしていた。諦めない姿勢を共有できればそれでいいと思っていたからだ。
今にもひと雨降りそうな空の下、キャプテンみひろが僕のところに来た。
「ボール、ボール」
試合球になりそうなボールを探しに来たのだ。僕もみひろとボールを探した。
「このボールでいいんじゃない?」
僕はみひろ組の子どものボールを手渡した。みひろはそのボールを持ってレフリーのところに行ったがすぐに戻ってきた。
「もっと空気の入ってるボールない?っていわれた」
そういって僕にボールを返してきた。慌てて空気の入ってるボールを探したが一つもなかった。
「みんな、こんなにベコベコなボールで練習してたのか・・・」
この点も、藤川FCとの差を生み出している原因の一つだと気づいた。
柔らかいボールは、それほど跳ねないため、トラップしやすい。ところが空気の入ったボールはそうはいかない。足首を柔らかくしてボールの勢いを吸収しないと足元に止まらない。試合では必ず硬いボールが使われるのだから、ベコベコボールで練習していても試合での技術向上には至らない。
「次の試合からは子どもたちのボールの空気力を必ずチェックしよう」
この試合でも大切なことに気づくことができた。
翌日の日曜日は朝からいい天気になった。みんなの吐く息は真っ白で鼻の頭は真っ赤だったが、相変わらず元気満々のみひろ組。
どの子もボールに空気を入れてもらえることに大喜びで一列に並んでいる待っている。一人一人のボールに空気を入れてあげ、パンパンになったボールを弾ませる子どもたち。
「わあ、ぜんぜんちがう。ほら、見て見て!」
「おれのほうがすごいよ!」
「コーチ、こんなにくうき入れていいの?」
「ボールにすわってもへこまないよ!」
子どもたちが争うように報告してくる。
「よし、じゃあそのボールでパス練してみようか」
「うん、やるやる!」
「じゃあ、いつものコンビでやって。いつもの相手がいない人はこっちに集合!」
全員のコンビを作り終え、パス練スタート!
「わぁ、おもいどおりのところにボールがいかない!」
「今までとちがってやりづらい!」
予想通りの子どもたちの反応だった。
「そうだろ?はいっ、じゃあ一回足止めて、こっちに注目!今まで、みんなのボールは柔らかかったよね?だから止めやすかった。でも今日のみんなのボールは硬くなってる。試合ではどんなボールを使う?」
「かたいボール!」と悠李。
「悠李正解!そう、ボールは硬いんだ。ということはこの硬いボールに慣れないと?」
「しあいにかてない!」
「悠李、今日さえてるね、頭いいぞ!」
えへへっと照れ笑いする悠李。
このように、できるだけ子どもたちに考えさせる。そしてみんなで答えを探していく。時間はかかってしまうがこのやりとりをいつも大切にしていた。サッカーを通じて考える力を身に付けさせたいとと思っていたからだ。子どもたちとのこのようなやりとりは慣れないと容易ではないが、塾での方法と同じなため、僕にはたやすかった。塾と同様、褒められるポイントでは見逃さずきちんと褒めることでやる気をさらに上昇させ同時に信頼関係を深めていくのも自然と行っていた。
この日から、練習の中心は相手と競りながら体を入れる練習と空気の入ったボールでパス練習をすることとなった。
しかし、一方で日々試行錯誤するメニューもあった。ディフェンス練習だ。僕は子どもの頃からフォワードとして生きてきてきたため、相手のマークをかわす動きなど、攻撃の指導は得意だったが、ディフェンスについてはいまいちだった。
みひろ組のコーチでディフェンス指導できる人がいない。困った挙句、ディフェンス経験者の田藤コーチにお願いしてみることにした。
田藤コーチは、みひろ組のひとつ上に三年担当コーチとなっていたが、三年生チームのヘッドコーチである大林コーチは一人ですべてをやりたがるお父さんコーチだったため、田藤コーチはいつもコーンを運んだりしながら遠まきに子どもたちを眺めているだけなのを僕は知っていた。
田藤コーチの子どもはかなり前に卒団したにもかかわらず、わざわざ休日に来てくれているのはなぜなのか。それは子どもたちとサッカーがしたいからだ。だったら、毎週見学だけさせて終わりではなく、子どもたちとサッカーをする場を作る使命がヘッドコーチにはあると思っていた。そんな田藤コーチはにお願いできれば一石二鳥になる。
「田藤コーチ、すみません。お願いがあります。一、二年生たちにはディフェンス能力がありません。田藤コーチはディフェンダーだったということで、この子たちにディフェンスの動きを教えてもらえないかと思いまして」
田藤コーチはいつものやさしい笑顔で快諾してくれた。二年生たちは半年前までは三年生チームに帯同していたため田藤コーチとは面識があり、すんなり受け入れられたようだった。一年生は田藤コーチと面識がなかったが、好奇心旺盛なので二年生同様楽しそうにディフェンス練習をしてくれた。
一か月もすると、体の動かし方や飛び込むタイミングが上手になり、田藤コーチも目を細めて喜んでいた。




