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新生みひろ組となってすぐの土曜日、練習試合の誘いを受けて市内北部の小学校へ‘初の’遠征となった。
僕があらかじめ自費で購入し、マジックテープをみひろの腕サイズに改良した子ども用キャプテンマークをみひろの腕に巻いてあげ、試合に臨む。
この試合のポジションはあの時以来、基本的に子どもたちの希望で決めることにしている。
「悠李、キーパーやってみる?」
「うん!やってみる!」
とても前向きな返事に悠李をキーパーにしたのだが、これが問題を発生させることになる。
一年生悠李チームにとっては、初めての試合でソワソワしていたが、同じく一年生ママたちも落ち着かなくなっていた。とくに、悠李ママは自分の子どもが失点の最終責任者に任命されてしまったものだから気が気ではない。
そんな悠李ママは、試合開始とともにゴール脇に陣取り、試合中ずっと悠李に声をかけ続けていた。試合が進むにつれ険しくなる悠李の表情。その後、悠李の頑張りもむなしく失点してしまう。そしてマシンガントークのママに泣き出す悠李。
試合が終わってからも、悠李親子は言い合いを続けていた。
「ママがあれこれうるさいんでしょ!だから・・・」
悠李のそばにいくと、悠李のこんなセリフが聞こえてきた。
そのあと悠李を個別に呼び、フォローすべく二人で話をした。
「どうした悠李。お母さんになんて言われた?」
「もうキーパーやっちゃダメって言われた」
「悠李、キーパー頑張った?」
涙を流し終えたままの表情で悠李はうなずいた。
「俺にもそう見えたよ。一点取られたけど悠李だけのせいじゃない。チームにためにみんなのために頑張ってゴールを守ったんだから、悠李のキーパーは合格だよ。お母さんがなんていっても、俺は悠李をキーパーにしてよかったと思ってるよ」
悠李は微笑みを取り戻してくれたが、この試合以降、悠李がキーパーを希望することはなく、代わって祐平がキーパー志願しそのままキーパーに定着したことから、悠李がキーパーをすることはなかった。
この試合を経験して僕は一つの教訓を得た。それは、ママが試合に介入すると母子ともに不幸になるということだ。実は、試合結果を記したプリントを作成しファイルしていけば、卒団までの足跡を記した記念品になると考えいたので、その記念すべき第一号プリントに注意事項を記載することにした。
「練習や試合すべてにおいて、子どもたちに口出ししないでください。自分の子どもに対しても同様です。応援は前向きな声援のみでお願いします。子どもたちの成長のために厳守してください」
僕もママたちも、こうして子どもたちのために成長していかなければ、不幸になるのは子どもたちだ。だから、これからもこどもたちのためになるのなら、気づいたことを口に出していこうと決めた。
少年サッカーのレフリーは各チームが持ち回りでやるのが鉄則。そのため、コーチはレフリーライセンスを取る必要がある。県大会に出場するためにはコーチライセンスを取る必要もある。
この日、僕は割り振られた試合のレフリーをしたのだが、二年生でもまだまだ‘お団子サッカー’。キーパーを除く10人VS10人が一つのボールに群がるサッカーだ。こんな試合のレフリーはつらい。
まず、ボールがどこにあるか見えない。さらに、ボールと関係ないところで平気で蹴りあっている。笛を吹いても試合が止まらない。
しかしそんな中、ドリブルで抜け出す一人の少年を発見。僕はレフリーをしながら、ずっとその子を観察し、なぜいとも簡単に抜け出せるのか研究させてもらった。そして、一つのテクニックを発見した。
「よし、明日からこの子のテクニックを練習していこう」
明日からの練習メニューが一つ決まった。それに加えて、今日の試合でできていればよかったことを見つけ出し、次の練習メニューに取り入れていくことにした。
翌日の日曜日も朝から快晴で練習日和。試合の翌日は小学校のグランドを二周、それ以外はグランドを四周走ることに決めた。だから、この日はみんなで二周走った。子どもたちと苦楽を共にできるコーチでありたいとの思いから、僕も子どもたちと一緒に走ることにした。
日曜日練習は、他の学年と同じく朝七時半から二時間半行っている。パターンとしては体操、ストレッチ、グランド走で十五分。パス練習で十五分。のぼり棒ジグザグ競走やジャングルジム鬼ごっこといった遊び要素の入ったものから、シュート練習などサッカー要素の強い練習などで一時間。ミニゲームで一時間。次にグランドを使用する少年野球チームが来るため、中庭に移動して体操ストレッチをして終了。
この日は、昨日の試合で見つけたドリブル技術‘逆をつく’練習を早速始めた。
夏以降、新たに入団した女の子1年生みゆきのパパをしつこく勧誘した結果、みゆきパパがコーチになってくれていたので、みゆきパパ、土建の山下コーチ、そして僕の三人が汗だくになりながらも、ドリブルしてくる子どもたちにただひたすら突っ込むディフェンス役に徹し、しつこく何度もこの練習を繰り返した。
毎週、毎週ひたすら繰り返した結果、成島組の半分ぐらいの子に逆をつくという癖が身についた。
こうしてレベルが一つ上がったみひろ組は、十月下旬からの市内後期リーグ戦に臨むことになる。みひろ組は、今から一か月前の九月に結成されたばかりなので、六月に実施された前期リーグ戦には参加していない。そのため、後期リーグ戦ではルール通り一番弱いチームが集まる最下位リーグにエントリーされた。しかし、みひろ組以外にも中途参加のチームが多く、かえってレベルの高いグループになっていた。
そんな中、みひろ組は順当に勝ち進んでいった。ポジションをきちんと取る有利さを子どもたちが理解していたため、みひろ組はお団子サッカーに付き合うことなく、ボールが出たら圧倒的に有利だった。
キーパーはあの一件以来、悠李ではなく祐平のポジションになっていた。祐平はとても細身だったこともあり動きが素早く、ボールをことごとく胸でキャッチした。ただし、ゴールキックはペナルティエリア外に蹴るのがやっとで、ペナルティエリアの線上で並ぶ相手の子どもたちの餌食になることもあったので、ゴールキックはキック力のある二年生が蹴っていた。
そして、このリーグで一番の強敵との試合の日がやってきた。相手のFC陸奥小は、藤川FCとともに地域に根ざしたチームではなくクラブチーム化している少年団だ。
FC陸奥小は完全一年生チームだったが、みひろ組は二年生を中心に一年生健吾と次男三人組、そしてキーパー祐平を加えたベストメンバーで試合に臨んだ。
FC陸奥小はお団子サッカーだったのにそれでも強く、1-0で勝つのが精いっぱいだった。みひろたちを出していなければ確実に負けていた。恐るべしFC陸奥小。
このあとは、危なげなく勝ち進み、後期リーグ戦優勝で幕を閉じた。
翌日の日曜日は、練習終了後に地元の集会所で祝勝会が行われることとなり、僕も会場に赴いた。チョコでできた金メダルをかけてもらい、終始満面の笑みの子どもたち。その金メダルを見せにやってくる子どもたちに笑顔のおすそ分けをもらい、頭を撫でてあげていると、一人だけ泣いている子がいた。真知だ。
真知は姉と兄をもつ末っ子で、体はみひろよりずっと小さいが、とても賢い子でありちょっかいを出してくる子にはきちんと怒りを表す。友達とはいつも楽しそうに触れ合っており、いつも笑顔の輪の中にいるような子だ。
真知ママはいつも元気はつらつで、二年生チームの保護者リーダーである副団長さんを務めているママだ。真知ママはフルタイムで仕事をしており、まだまだお母さんが必要な年齢である真知の心には冷たい風がいつも吹いているように感じられた。
真知はとても機嫌が悪く、他のママたちの慰めにも応じないで泣き続けている。
「みんな、そこに並んで!記念写真撮るよ!コーチたちも後ろに並んでくださ~い!」
真知ママの弾んだ元気な声に促され、みんな笑顔で列を作っていく。しかし、真知は他のママたちから声をかけられても依然として拒み続けている。
「嫌!並ばない!写真も写らない!」
そこで、僕が真知に歩み寄った。
「真知、じゃあ俺の隣りにおいでよ。それならいいだろ?」
さすがの真知も、大好きなコーチからの申し出に首を振ることはできず、僕に肩を抱えられ子どもたちの列に分け入り、僕の隣りに入った。
僕の片膝に座る真知は、真っ赤な涙顔で写真に納まった。




