第四十五話
いつもなら青の糸毛車に乗るのだが、今は少しでも目立たぬように小さく地味な牛車に乗り、院御所を後にした。
見送りなどいるはずもなく・・・
―――三条の兄上を頼ろう
兄実行は異母兄だ。同母の兄では実能がいる。
だが、実能は今、娘婿とともに暮らしている。実能の娘(璋子から見れば姪)の幸子より、八歳も年下の男だ。
内大臣頼長―――。
この男が同母兄の邸にいるのだ。
璋子がはじめて頼長と会ったのは、彼がまだ幼名を名乗っていた頃だ。
その時は、彼は兄である忠通の養子ということになっていた。
幼い頼長は快活さのなかに聡明さを秘めている少年であった。
元服後、彼は皇后宮大夫や鳥羽院別当などを兼任し、璋子と顔を合わす機会も多かった。
今のおのれの有様を、できれば見られたくない。
何よりも、成長とともに不気味な鋭利さを増していく者と、一つ屋根の下で暮らしたくなかった。
「堀河、おまえには苦労をかけてばかり。どうか、これをわたしの最後のわがままだと思って聞いてちょうだい」
堀河は、はいと小さくうなずいた。
「新院御所へついてきて。ひと目、顕仁を見ておきたいのよ」