第四十三話
璋子は深く溜息をもらした。
行ってしまう。
追えるものなら―――・・・
あの若者が、なぜこんなにも気になるのだろう。
「女院、お寒うございましょう。火鉢のそばへお寄りください」
「堀河」
璋子は女房を呼んだ。
だが、すぐに後悔した。
が、彼女は脇息にもたれかかり、何気なくふるまいながら尋ねた。
「あの若者、はじめて見る顔ね」
「義清さんのことでございますか?佐藤義清。歌がたいへんお上手な方でございますよ」
―――歌・・・
璋子は、まるで水の中で手を遊ばせているかのように、冷えた空気中で白い手をひらひらさせた。
あの若者はどんな歌を詠むのだろう。
情熱的で、思いの丈をぶつけてくるような、そんな歌なのだろうか。
璋子は熱い息をもらした。
おのれが女であることに、あらためて気づいた。
「騒がしゅうございますね。何事でしょう」
堀河は立ち上がり、外へ出ていった。
そういえば、先程から人々の口論の声がする。
また、わたしのところの雑仕と皇后様のところの雑仕がもめているのだろうか。
「女院!たいへんでございますっ」
堀河があわてて戻ってきた。
「局の下から、皇后様を呪詛するために使われた人形が出てきて・・・」
堀河はそこまで言うと、顔をおおって泣きだした。
璋子は表情を変えなかった。
来るときが来たまでのこと。
わが子顕仁が御位をおろされ、そして次はわたしだ。
「院の所へ参りましょう」
「女院!」
堀河は涙にぬれた顔をあげた。
「あなた様ではありませぬ。けして、けして・・・!」
璋子はほほえんだ。
その陽のもとの牡丹のような美しさに、堀河はみとれた。
「もちろん、わたしでないことは、わたしが一番よく知っています。でも、避けては通れないことなのですよ」