第三十話
西の対屋の裏に面した庭に、一人の男が片膝をついていた。
男というのは誤りかもしれない。
年齢的にはまだ少年の域なのだ。
しかし、その腕は、脚は、肩は、まぎれもなく「男」のそれであった。
颯爽とした足音。
「顔を上げたらどうだ。義賢よ」
冷ややかな声。
少年は顔を上げた。
黒く陽に焼けた、精悍な顔立ち。
凛々しい眉。
野性的な眼。
通った鼻梁。
「よくその面をさげて帰ってこられたものだな」
少年の齢相応の幼さがかすかに残る口元が、小生意気なほどにつり上がる。
頼長の頬がぴくりと引きつった。
が、なんとか平常を保つことに成功した。
「馬鹿な奴だ。預所としての荘務をみごとこなせば、おぬしの望む国の守に就かせてやったものを」
「俺はそんなものを望んではいない」
少年は初めて口を開いた。
頼長は眉宇を寄せた。
望んではいない?
それではこの者は、わざとやったというのか。
わざと能登庄からの年貢を納めず、罷免されるよう仕組んだということか。
「馬鹿な・・・」
「そんなことのために、あなたに近づいたわけではない」
高位高官を求めていないだと?
そのために私に近づいたわけではないだとっ?!
馬鹿な。馬鹿な!馬鹿な!!
ならば私とこの者の繋がりなど、まったく無意味ではないか。
「俺はあなたほど貪欲じゃない」
少年はゆっくりと立ち上がった。
「無礼な!」
少年の伸ばしてきた手を、頼長は払いのけた。
怖かったのだ。
怖かった。
「なぜ、ご自分の心をお認めにならない。あなただって待っていたはずだ」
考える暇もなく、頼長は抱き寄せられた。
「誰か・・・」
「誰も来ませぬ。あなた様が、人払いをなさったのです」