第十六話
ぼんやりと明かりが漏れている御簾の前で座った。
「遅くなりました。清盛です」
「どうぞ」と中から声が返ってきた。
御簾をめくると、燈台の灯りの明るさが、清盛の目をうった。
「申しわけないことをしましたわ。迎えの者を行かせたのだけれど、すれ違いになってしまったのね」
そう言った女は、若かった。
この人が父上の―――
清盛は思わず、観察するような目で見た。
たしかに、先程の家貞の話しを思いかえしてみると、由緒ある家の女性といった感じだ。
が。
女御様ほど美人ではない、と清盛は思った。
気品はある。しかし、美しさが一種の威厳となっていた祇園女御と比べると、その足下にも及ばない気がする。
「気を揉んでいたのですよ。もしかしたら、道に迷ってしまったのではないかと思って。ほ、ほ。そんなにかしこまらなくても、よいのですよ」
「はい。・・・御方様」
女は宗子といった。
宗子も清盛を見つめ、言った。
「一つだけ、言っておきますわ。あなたは忠盛殿の長子です。この邸内で気兼ねなんて不要というものですわ」
「はあ・・・」
宗子は、こんどはにこりと笑った。
「ここまで歩いてこられて、さぞお疲れでしょう。今夜はもう休んで、もてなしは明日にしたほうがよろしいわね。この部屋の向かいの対に、あなたの部屋を用意しましたわ」
彼女はちらりと、清盛の持っている小ぶりな荷物を見た。
「調度の品を持ってくると思って、あの部屋に置いてあったものはあらかた片付けてしまったのよ」
清盛は赤くなった。
東山の邸から持ってきたものは、平包み一つに収まってしまうほどの物しかない。
櫃に入れるほどの衣類も、几帳や屏風といった調度品も、持ってきてはいない。
清盛はおのれの不躾さに戸惑い、同時に、一室を貸し与えてもらう孤児のような、みじめな気持ちになった。
「ご迷惑をかけます。継母上!」
あまりの声の大きさに、宗子は耳を押さえてしまいそうになった。
なんなのだ。この少年の挑むような目つきは。
わたくしが憎いとでも言いたいのか?
宗子は思った。
ちがう、そうではない。
これは天性のもの。
この少年は、おのれの人生そのものに挑んでいるのではなかろうか。
「もうお休みなさい。わからないことは、家貞に聞くといいわ」
「はい!」
清盛は大きく返事をすると、その場を辞そうとした。
「待って、清盛殿っ」
宗子は、彼を呼び止めた。
なぜ呼び止めてしまったのだろうかと、彼女は一瞬思った。
「不便なこともあるでしょうけど、気軽にわたくしに相談なさい」
少年は、にっこりと笑って、また「はい!」と言った。