第十二話
「明日元服するという子が、一人で髪も結えなくてどうします」
千早丸のやわらかくうねった髪を梳きながら、女御はくすりと笑った。
「おれ、ちゃんと自分で結ったのに、女御様がきたないって・・・」
女御は思わず声にだして笑った。
あいかわらず大雑把な千早がおかしかった。
「いよいよ、明日なのですね」
「女御様、おれ、元服はいやだっ」
くるりと体ごと女御に向きなおり、千早丸は言った。
額のたんこぶが、まだ少し腫れていた。
「だって・・・元服したら女御様とこんなふうにできないし、それに、おれ・・・女御様と離れたくない」
幼い顔をまっ赤にして、千早丸は言った。
女御は千早丸を見つめ、少しこまったような顔をした。
「うれしいけれど、いつまでも甘えたことを言ってはだめよ。備前が困ってしまうでしょう?」
「父上のところにだって、行きたくない・・・」
「千早」
女御はつぶやくように言った。
「おまえが素っ気なく振る舞えば、備前だってつらいのですよ。おまえが心を開けば、備前もきっとおまえの気持ちをわかってくれます」
「ほんとう?」
女御はにこりと笑った。
「よいですか。おまえは明日より武家の人間となるのです。孝を行い忠を尽くし、立派な人間になるのですよ」
「はい!」
千早丸は元気よく返事をした。
なんとまっすぐな子だろう。
千早、わたしの千早。
できれば離したくない!
「女御様?」
千早丸が心配そうに首をかしげた。
そのくりくりとした大きな目が、亡き妹にそっくりで・・・。
あの日から―――生まれ落ちたあの日から、千早丸の進むべき道は決まっていたのだ。
「千早よ。愛しい子よ。これだけは憶えておいて。おのれのちからで掴み取ったもののみが、真なのですよ」
千早丸は大きな目をさらに見開いた。
おのれのちからで―――
その言葉が、心の奥底に突きささった気がした。
「はいっ!女御様っ。女御様はおれのもう一人の母上です。お言葉、しっかりと心に刻みます!」
少年は飛び立ってゆくのだ。
女御さえも知らない、果てしなく大きな世界へと。
春のまだ寒い日、千早丸の元服の儀はとりおこなわれ、以後少年は平清盛と名乗る。