9.東京防衛戦――総力戦体制へ――
誤解を恐れずに言い切ってしまえば、陸上自衛隊に単独で日本国を守る実力はない。
正面装備は充実しているものの、備蓄弾薬量は必要最低限しかなく、そしてその備蓄されている弾薬を、実戦部隊まで輸送する能力も十分ではない。
民間企業の協力があって初めて、陸上自衛隊はその戦闘能力を十全に発揮する。
ところが東京都心を失陥した現在、陸上自衛隊はその民間のバックアップを受けられずにいた。
「日本通運本社(東京都港区)および東京支店(東京都中央区)とは連絡が取れません。日通埼玉支店に問い合わせましたが、本店の指示がなければ判断ができない、とのことです」
「ヤマト運輸本社(東京都中央区)も同様です」
「福山通運本社(広島県福山市)に確認したところ、所定の手続きがない以上、いっさいの協力はできないとのことでした」
「くそッ、これは戦争だぞ……」
「仕方がない、総理大臣も防衛大臣も統幕ももうないからな」
現在、陸海空自衛隊は独自判断により、超法規的措置で戦闘を開始している。
簡単に言えば、「勝手に出動し、勝手に他人の土地を収用し、勝手に戦っている」状態だ。そして正規の防衛出動命令は、先にも後にも下されることはないであろう。なぜならば、防衛出動の行動命令を下すことが出来る内閣総理大臣は行方不明となり、また防衛出動を承認する国会は地上から消滅している。
ここで問題になるのは、有事における民間物資の収用や緊急業務に従事させることを可能にする自衛隊法第103条(防衛出動時における物資の収用等)は、自衛隊法第76条(防衛出動)で「正規の」防衛出動が命じられていることが大前提にあることだ。
つまり独自判断で出動した自衛隊には、民間企業に協力を要請する法的根拠がないのである。
それでも補給物資の輸送には運輸会社の協力が必要なので、駄目元で輸送業務の従事を要請しているが――民間企業の側としては、唐突に協力を要請されて即断できるはずもなかった。
多くの運送会社の本社は東京都心にあり、すでに武装勢力の空襲を受けて沈黙している。そのため陸上自衛隊の各方面総監部は、地方支店に問い合わせを始めたが、支店側としては困惑するばかりで「本社の指示を仰いでくれ」としか言えなかった。
また本社が地方にある全国区の運送会社も、法令に基づかない協力要請には慎重にならざるをえない。
「……トラックだけでも強制収用しますか? 毒も食らわば皿まで」
「滅多なことを言うな」
強制収用。
言うは容易いが、旧軍の反省から出発している自衛隊にそれが出来るはずがない。マスメディアから叩かれるどころの話ではなく、事態収束後には自衛隊は解体されるであろう――勿論、戦闘が終息した時に、日本国が存続していれば、の話だが。
「マスメディアに協力を求め、国民の理解を得るしかないかと」
「東部方面総監部と同じく、各総監部から駐屯地までマスコミが詰め掛けていますが――原則は先程確認したとおりでいいですね」
そして内閣や防衛省、統合幕僚監部が消滅した現在、日本国内の世論醸成に絶大な影響力をもつマスメディアに対応するのも、もっぱら実戦部隊の指揮を執るはずの各方面総監部となった。
その彼らのマスメディアへの方針は、単純明快であった。
「ああ。隠し立ては一切なしだ。我々が持っている情報を全て公表する。質問に対しては、全て正直に回答する」
この危機的状況を乗り切るには、それしかない。
東京都心が猛爆と核攻撃により消滅、東京湾沿岸は武装勢力により不法占拠されつつあること――敵武装勢力は戦闘員・非戦闘員を問わず、殺傷を繰り返していること。
そして――陸海空自衛隊は独自の判断により、武装勢力の殺戮を止めるべく出動したものの、武装勢力が優勢であり、早期の事態収拾は不能であること。
全てを話せば、日本国内はパニックに陥るだろう。
だが陸海空自衛隊の将官たちには、一種の確信があった。
日本国民は熱しやすい。良くも悪くも全体主義的な性格があり、事情さえ理解してしまえば、あとは国難を乗り切るために協力的姿勢をとる――それは東日本大震災の事例からも明らかであった。