5.東京防衛戦――皇居の戦い――
「馬場先門および祝田橋交差点から武装勢力が押し寄せてきているッ――」
「皇居正門は突破されました、警衛および機動隊は正門鉄橋まで後退!」
「坂下門と桔梗門はッ!?」
「持ち堪えてます!」
空襲により炎上する日比谷公園と官公庁街を、強行軍で突き進んだ屍人の群れは、皇居南東の馬場先門および祝田橋交差点より、皇居外苑へと侵入。さらに皇居の中枢へと繋がる皇居正門や坂下門へと殺到し、皇宮護衛官・警視庁警備部警衛課員・警視庁機動隊員と交戦、これを圧倒しつつあった。
「ヴォ――ヴォ――!」
1式機動47mm速射砲の乱打により完全破壊された皇居正門を駆け抜けるのは、大日本帝国陸軍の軍装を纏った水死体の群れ。彼らは呻き声を上げ、銃剣を閃かせて吶喊する。
これに対するのはH&K MP5機関拳銃で武装した精鋭、皇宮警察特別警備隊。
群青の制服を纏った警衛達が引き金を引く度に、押し寄せる亡霊達は次々と斃れていく。
38式歩兵銃を唯一の頼みとする怨霊たちが、彼ら皇宮警察特別警備隊に敵う術はない。だが彼ら死霊の士気が阻喪することはない。仲間の屍を踏み締め、踏み締め、潰れた声帯で「万歳」と呻き声を上げながら、猪突猛進する。
皇居や宮内庁へと繋がる正門鉄橋の前には、瞬く間に屍山血河が生まれたが、除々に皇宮警察特別警備隊と屍人たち、彼我の距離は短くなる。そしてじりじりと特別警備隊は、後退を開始する。
「駄目だ、応援がないと抜かれますッ」
「坂下門の第1機動隊も頑張ってるんだ、こっちももたせるぞ!」
この皇居正門の北方に存在する坂下門は、より厳しい戦いを強いられていた。
坂下門にて押し寄せる怨霊を迎え撃ったのは警視庁第1機動隊だが、彼らの装備は皇宮警察特別警備隊よりも貧弱であった。武装と言えば、拳銃とガス筒発射器、高圧放水器、そして盾と警棒。だが彼らは38式歩兵銃や手榴弾で武装した人外悪鬼たちを、幾度も押し返し押し返し、持久してみせていた。
「ガス撃てッ、水平撃ちで撃て!」
「負傷者を宮内庁まで下げろ!」
直接照準により発射される催涙ガス弾が、先頭集団の屍人達を乱打した。
非殺傷性の催涙ガス弾も水平撃ちで直撃させれば、人間を容易に傷つけさせる凶器となる。実際に多くの幽鬼たちが顔面を粉砕され、あるいは胸部を粉砕されてうずくまっていく。
そしてガス弾から放たれた催涙ガスを物ともせず、吶喊してきた歩兵たちを迎え撃つのは拳銃弾、それから肉弾であった。
「くそったれが――!」
機動隊員が着剣状態で突き出された38式歩兵銃を盾で跳ね上げ、警杖で腐乱した人外の顔面を思い切り殴打する。また高圧放水を浴びて転倒した幽鬼に対して、2、3名の機動隊員が上段から盾の角を振り下ろし、後頭部と首を滅茶苦茶に破壊していく。
白兵戦においては帝国陸軍の応召兵の上を往くのが、現代の機動隊員であった。
だがその機動隊員も、帝国陸軍歩兵連隊の火力にはかなわない。
38式歩兵銃が火を噴く度に盾が弾け、機動隊員たちが悲鳴を上げながら倒れる。
「火力が違いすぎる!」
「後退するな、次の波が来るぞ!」
それでも警視庁第1機動隊は、後退するわけにはいかなかった。
坂下門が突破されれば、宮内庁までは目と鼻の先で100m。さらに吹上御所までは約500m程度しかない。
抜かれるわけにはいかない、せめて――。
そのとき、警視庁第1機動隊や皇宮警察特別警備隊の指揮官の許へ、朗報が届いた。
「陸上自衛隊特殊作戦群の警衛により、天皇陛下は御所よりご退去あそばされた!」
「おおッ!」
彼ら機動隊員たちも、何のあてもなく防戦を繰り広げていたわけではなかったのだ。
陸上自衛隊最精鋭の特殊作戦群がUH-60J多用途軍用ヘリにより、皇室の皇居脱出を勧めており、この脱出の時間を稼ぎ出すため、彼ら警視庁第1機動隊や皇宮警察特別警備隊は、死闘を繰り広げていたのである。
天皇陛下と皇族が脱出した以上、もはやこの皇居を守る価値はない。
「よしッ、我々も後退する! 半蔵門より脱出し、三宅坂~憲政記念館前~国会図書館前のルートで議員会館へ向かい、生存者の捜索を――!」
現場の指揮官たちが次の命令を出そうとした次の瞬間、彼らは全員絶命していた。
宮内庁直上に数百万度の火球が発生し、昭和天皇の御代に形成された皇居内の森林は、駆け抜けた暴虐の閃光により、一瞬のうちに灰燼と化す。緑水溢れる皇居は、灰と炎に埋め尽くされた煉獄へと変貌した。その煉獄の最中を、秒速数百mの爆風が駆け抜け、地表に残る全ての物体を押し潰し、薙ぎ倒し、消滅させてしまう。
広島、長崎、横須賀、そして近現代戦における4番目の被爆地になったのは、千代田であった。
21キロトン級41cm核砲弾がもたらした被害は、凄まじい。
東は隅田川西岸、西はJR四谷駅や上智大学(東京都千代田区)にまで熱線が浴びせかけられ、逃げ惑う避難民たちの多くが、皮下組織から骨までを傷つける3度以上の火傷を負った。
凶悪な姿形を現した漆黒のきのこ雲は、見る者全てを震撼させ、恐怖のどん底に陥れた。
戦艦長門の主砲の最大射程範囲は約40km前後であり、しかも弾種が核砲弾である以上、精密な射撃など考える必要がない。つまり現状、東京湾から40km以内の内陸はすべて核攻撃される可能性がある――それが、現実であった。
クロスロード作戦で核攻撃の標的艦となり、省みられることもないままに戦没した大艦の怨恨が、いま現代日本に復讐を果たそうとしていた。