18.陸海空決戦――作戦発動へ――
漆黒の全翼機、B-2ステルス爆撃機がグアム島のアンダーセン空軍基地に到着し、『落日作戦(Operation Setting sun)』の発動を待つ。
爆弾倉に納められているのは、数十キロトン級の戦術核。かつて大日本帝国陸海軍を崩壊せしめた究極兵器が、再び大日本帝国陸海軍の残滓でこの地表から焼却しようとしている。それが解き放つ熱線は、怨霊の宿る物質から、無念により漂う魂魄さえも無に帰す。
さらにICBM(大陸間弾道ミサイル)ミニットマン3が配備されている米軍基地では、死霊の溜まり場と化した沖縄本島への核攻撃へと準備が始まっていた。と言っても、物理的な設備やシステム面は、大統領からの攻撃命令に24時間対応できるようになっている。必要だったのは、核攻撃を発動するキーを回す担当者の心の準備であった。
在日米軍司令部より『天皇作戦(Operation Emperor)』/『落日作戦(Operation Setting sun)』の概要を伝えられた陸海空自衛隊の諸部隊司令部は、在日米軍司令部に対して賛同の意を表すことはなかった。さりとて全面的に反対するわけでもない。
消極的反対――というよりも、どう反応すればいいのか分からない、という状態だった。
米軍による核攻撃を容認するか拒否するか。その決断は本来、内閣が下すことである。陸海空自衛隊の前線部隊司令部は、内閣や防衛省の判断の下で、ただただ粛々と命令を遂行するだけである。
だがしかし日本政府が消滅し、国会議員や東京都知事等、国民が選出した代表者たちが軒並み行方不明の現在、政治的判断を下せる組織や人物はいない。
そのため在日米軍司令部が提案を持っていくとするならば、陸海空自衛隊の前線部隊司令部しかなく、そして前線部隊の司令部幕僚たちは、純軍事的観点からのみ核攻撃の賛否を考えようとした。
放射能汚染と国民感情を無視するのであれば、核攻撃は早期の事態収拾を可能とする唯一の手段であることは間違いない。この武力攻撃事態が長期化すれば、日本国は確実に滅亡する。
日本国自衛隊は「共産主義勢力の侵攻を米軍の来援が訪れるまで持ちこたえる」ことを目的に創設された軍事組織であり、単独で長期戦を戦えるほどの能力はない。いくら射撃を節制したとしても、1週間から1ヶ月で各種弾薬の備えは尽きる。長期に渡る本土決戦により、粘り勝つだけの地上戦力もない。
そして1億を超える日本国民に、長期の物資窮乏を耐える体力と覚悟があるはずもない。早急に決着をつけなければ、物流が破壊された地方・都市部で比喩ではなく、餓死者が出始める。
九州地方の放射能汚染は深刻化しており、すでに南九州では毎時1シーベルトの高線量(7時間で致死量)を発するホットスポットが出現し始めている。すでに県警・消防・自衛隊合同による市民の大規模避難誘導が始まっているが、艦載機による銃爆撃は未だ継続しており、順調とは言えないのが実情だ。さらに戦争が続けば、以降も全国に存在する原子力発電所が標的にされ、格納されている使用済み核燃料が拡散する可能性がある。
これ以上の戦争に、日本国は耐えられない。
「国破れて山河在り。とは言いますが――」
「おそれながら。此度の一戦で敗すれば、山河は死に絶えます。茂る草木もありません」
「窮乏する避難民の方々と国民を思えばこうするほかない、ということですね」
3日目の夜。敵武装勢力の攻勢が弱まる夜間を最大限に利用し、陸海空自衛隊前線部隊は攻撃発起点への集結を完了しつつあった。また民間企業の協力を得て、弾薬を初めとする各種物資も、出来うる限り補給を完了した。
4日目の朝――『天皇作戦(Operation Emperor)』は発動される。
日本国自衛隊約20万の全力攻撃による一大陽動作戦。約2800年に及ばんとする日本国の歴史が培ってきた総力を叩きつけ、敵の前衛を撃砕し、その意識を惹きつけ、米軍による核攻撃を必ず成功させる。
戦後、焦土と塵灰の下から復活し、共産主義勢力に対する防波堤として冷戦時代を生き延び、繁栄を極めた日本国は、その過程で多くの矛盾を抱え、間違いを犯してきた。今回の武力攻撃を引き起こされた原因は、元を質せばこの繁栄の過程で生じた犠牲者たちを救えなかったことにある。
しかしだからといって従容として滅びを迎えるほど、この日本国は潔くはない。
蘇った怨霊たちを物理火力により、再び滅する。そうして繁栄の過程で続出する犠牲者を悼み、忘却しながら、日本国と日本国民は前進を続けていくだろう。いつかその果てに、誰もが満ち足りた生活を享受できる社会を実現するまで。