15.陸海空決戦――嵐の前の騒乱――
老若男女を問わず、殺戮の対象とされる無慈悲な戦地と化した東京都と千葉県。この両都県において発生した避難民の数は、数百万にも上った。
東京都民の主な避難先は、直接の戦闘地域になっておらず、陸上自衛隊の駐屯地や航空自衛隊の基地が集中する東京都西部、そして埼玉県南部。千葉県では約300万の避難民が発生し、彼らは千葉県東部と茨城県南部へと流入した。
当然、避難先の市町村に十万単位の避難民を捌く行政能力と、彼らを十分に受け容れるハードなどない。
が、避難民が集中した県と市町村は、最大限の努力をしてみせた。
例えば約300万の東京都民を受け容れることになった埼玉県では、小中学校、高等学校、大学を初めとするあらゆる教育機関が一夜にして避難所へと姿を変え、行政から協力を依頼された総合百貨店が店内を開放し、避難民に居場所を提供した。県南の全公園は脱出してきたばかりの避難民を一時的に収容し、食料や水を配給する補給地点となり、埼玉スーパーアリーナや大宮ソニックシティといった埼玉県の息がかかっている大規模収容施設は、すべて避難所へと転用された。
が、それでも避難民ひとりひとりに与えられるスペースは、極めて小さいものにならざるをえなかった。また避難民に対する配給は乏しく、保健・医療の支援も最低限に留まった。原因としては、避難民の規模に対する物資の絶対的不足と、輸送網の混乱とが挙げられる。そして災害発生時とは異なり、陸上自衛隊の兵站部隊による入浴支援や、炊事支援が受けられないことも大きかった。
「おかあさん、ごはんまだあ?」
「自衛隊は浜岡原発と川内原発が空爆を受けた、としか言わないけど……日本全国の原発が攻撃されて、爆発してるらしいよ」
「それツイッターとかラインのタイムラインにもあったわ、嘘か本当か知らんけど」
「絶対情報隠してるよな……よくドラマや映画じゃ“パニックになるから”って理由で隠蔽とかしてるし」
「すいません……この子を探してるんですけど、ご存知ないですか?」
小中学校の体育館に押し込められ、足を伸ばせるか伸ばせないかのスペースだけを与えられた避難民たちは、不安げに噂を囁き、ラジオに耳を傾ける。防災用の携帯ラジオから良いニュースが流れてくることはなく、携帯電話の通話機能は不通が続いている。この恐慌下でもアクセスが可能なインターネット掲示板やSNSは、噂と悪意、嘆きと偽善に満ち溢れる魔境と化していた。
それでも情報に飢える人々は、ネット経由で不確実な情報を仕入れ、それに自身の推測を加えて拡散していく。
その中には沖縄が壊滅的被害を受けただとか、米軍が核攻撃を検討しているといった陸海空自衛隊からすれば、寝耳に水の話が含まれていた。
一方、遥か西南。
人外悪鬼の武力攻撃開始から2日目の正午を迎えた西部方面総監部(熊本県熊本市)の幕僚たちは、第8師団隷下の第8特殊武器防護隊と、第4師団隷下の第4特殊武器防護隊より、絶望的報告を受けていた。
「この数値は……正確なもの、なのか?」
九州電力関係者からの報告と陸上自衛隊の特殊武器防護隊の調査によれば、川内原子力発電所周辺の毎時放射線量は、約20シーベルト以上。
人間が死に至る放射線量が7シーベルトとされていることを考えれば、これは驚異的線量である。たったの20分で人間に死の運命をもたらす異常事態だ。
「第8施設大隊が重火器により敵潜水艦を撃破した後、第8特殊武器防護隊の化学防護車が複数箇所でモニタリングを実施しました。その結果はいずれも、20シーベルトを下回ることはありませんでした。想定外の高線量のため、第8特殊武器防護隊はすでに撤退しております」
「20。マイクロでもミリでもない、20シーベルト……。川内原発関係者や第8施設大隊の隊員は無事なのか」
「九州電力川内原子力発電所関係者および第8施設大隊は、すでに川内原子力発電所周辺より撤収しています。ひとりひとりの被曝量に関しては、調査中です……」
深刻な健康被害を受けた可能性のある隊員たちの身を思うと、暗澹たる思いに駆られる西部方面総監部の幕僚たちだが、問題は今後の措置である。
川内原発周辺で20シーベルトという高線量が確認された以上、確実にメルトダウンを起こしつつある、あるいは起こしている川内原発に対し、冷却や補修といった作業はいっさい出来ない。
「20シーベルトという高線量が確認されている以上、核燃料自体が露出、拡散している可能性を示しています」
「現在、半径30km圏内の全住民に避難指示を出していますが、これを半径50km圏内の全住民への避難指示へと拡大しましょう。また第4特殊武器防護隊を放射性物質拡散の警戒にあたらせます。風向きは南西の方角から北東なので、その方面をカバーさせます」
「原子力規制委員会(東京都港区)も放射線医学総合研究所(千葉県千葉市)の助言も得られない以上、九電、陸自、行政でなんとかするしかないか……!」
有能な幕僚たちから成る陸上自衛隊西部方面幕僚監部は、すぐさま鹿児島県や鹿児島県庁との連携を取り、住民避難の手筈を整えていく。
だが彼らも人間であり、処理しきれる情報には限界があった。
このとき陸上自衛隊第15旅団(沖縄県沖縄市)との通信が、完全に途絶していることに、誰もが気づいていなかった。
そして同時刻。
航空自衛隊航空総隊司令部は隣接する在日米軍司令部から、とある作戦案を受け取っていた。
「Operation Emperor.Operation Setting sun.――皇帝、いや、天皇作戦と落日作戦?」