13.陸海空決戦――日本被曝――
「浜岡原発が被爆だと!? 状況は!?」
「不明です。複数発の航空爆弾の直撃を受け、建屋上部が破壊されているらしく、中部電力関係者の話では、使用済み核燃料を保管するプールが破損した可能性があるとのことです。現在、敵機による空爆が続いているため、状況確認が進まないようです」
「第1師団の第1特殊武器防護隊を――いや」
「第1特殊武器防護隊は現在、都内で偵察活動中です。中央即応集団司令部に中央特殊武器防護隊を出してもらい、事態の対処にあたってもらうほかないかと」
「……中部方面総監部に応援を頼もう。浜岡原発なら第10師団の第10特殊武器防護隊が近い。あとは静岡県警と、静岡県内の全消防本部に情報を流してくれ」
浜岡原子力発電所が空爆を受けた、という報告を受けた東部方面総監部が出来ることは、ほとんどなかった。陸上自衛隊の各師団はNBC兵器に対応できる防護隊を1個ずつ持っているものの、東部方面隊第1師団隷下の第1特殊武器防護隊は、核攻撃を受けた都内に展開中である。
やむなく東部方面総監部は、管轄外の他部隊に対応を依頼せざるをえず、陸上自衛隊中部方面総監部が握る第10師団隷下第10特殊武器防護隊に出動を要請した。
「使用済み核燃料は危険なんだろうか」
「現地の中部電力関係者の話では、プールが破損して冷却水が失われたとしても、使用済み核燃料がすぐにメルトダウンに至る可能性は低い、とのことでした。どうも年単位で冷却されている使用済み核燃料は、すぐに高温にはならないらしいです。ただし複数発の航空爆弾による爆撃を受けているため、核燃料が損傷し、外部へ飛散している可能性があるとのことです」
「なにひとつ確実なことは言えない、か」
陸海空自衛隊や電力会社の関係者が恐れるのは、福島原発と同様の重大事故の発生である。
仮に日本政府の亡き現在、同規模の事故が発生すれば、満足のいく対応はまったく出来ないだろう。武力攻撃――敵航空機による空爆の最中、原子力発電所への注水冷却作業を行うなど、悪夢以外の何物でもない。
が、とりあえずこのとき陸上自衛隊東部方面総監部の幕僚たちは、浜岡原発の被害状況が明らかに致命的ではないことに胸をなでおろしていた。
しかし、そこへ凶報が入る。
「西部方面総監部より――川内原子力発電所(鹿児島県薩摩川内市)の1号機、2号機建屋が被爆した、とのことです」
「川内原発? たしか再稼働している原発だったか」
「状況は不明ですが、やはり使用済み核燃料プールが破損した可能性があるとのこと。また未確認ですが一部電源設備が破壊された可能性がある、ということでした」
「……東部方面隊としては出来ることは何もないな。無事を祈るしかない」
東部方面総監部が来る東京決戦への準備に忙殺されていた頃、遥か西南の鹿児島県川内市、川内原子力発電所では最悪の事態が進行中であった。
「ええそうです! 1号機、2号機建屋が両方とも完全に破壊されました、大量の水が流れ出しているのが、目視で確認できます――おそらく使用済み核燃料プールの冷却水です!」
「すぐにここも撤収すべきです、使用済み核燃料の冷却水が漏れ出している場合、すぐにでも爆発を起こす可能性があります!」
「駄目だッ、ここで撤退したら、誰が状況を――!」
「冷静になってください、あれだけの損壊です。我々では何も出来ません――それどころか水素爆発を起こして使用済み核燃料が拡散すれば、我々全員被曝死しますよ!」
帝国海軍機動部隊の空爆により、川内原子力発電所の建屋はすでに上部が吹き飛ばされていた。不幸にも被害が及んだのは建屋の外面だけではない。使用済み核燃料を冷却するプールは完全に破壊されて、冷却水が滝のように零れ落ちはじめていた。
「県庁になんとかして連絡を取れ、備蓄の安定ヨウ素剤を30km圏内の住民に配布させろ!」
「ヨウ素剤配布だけじゃあない、半径30km圏内の住民は避難させるべきだ!」
当然、使用済み核燃料プールを補修する術などない。使用済み核燃料がメルトダウンを起こすことは、もはや避けられない事態であり、冷却水を失った使用済み核燃料がメルトダウンを起こせば、水素爆発なり水蒸気爆発が起こることも、もはや確定した未来だった。
さらに最悪なのは、誰ひとりとして川内原子力発電所に近づくことが出来ない、ということであった。
川内原子力発電所の西に広がる海面に、突如として現れた2隻の潜水艦。その2隻が備える12cm単装砲砲声が咆哮を轟かせると、その度に川内原子力発電所の建屋の一部が崩壊し、周辺設備が吹き飛ばされていく。
潜水艦の砲火力は決して高くはない。
が、しかし、装甲されていない静止目標――川内原子力発電所を破壊し尽くすには、十分すぎた。度重なる空襲と、継続して撃ちこまれる艦砲射撃。
やむなく川内原子力発電所の九州電力社員と鹿児島県警察の原子力関連施設警戒隊は、川内原子力発電所を放棄し、約500メートル離れた川内原子力発電所展示館へと撤退。
もちろん川内原子力発電所の警備は、厳重ではあった。
が、それもテロリストやゲリラコマンドを想定したものである。
最大火力が機関けん銃の原子力関連施設警戒隊では、当然潜水艦を撃退できるはずもない。特別警備にあたっていた陸上自衛隊第8師団第8施設大隊の一部部隊も、自動小銃や軽機関銃が主装備で、十分な火力を持ってはおらず、対戦車兵器の到着を待つ形になっていた。
「これでは注水作業も出来ませんよ!」
「このままじゃ南九州が死滅する」
「指を咥えて見ているしか――」
そして当然の帰結。
川内原子力発電所の1号機原子炉建屋が、内部から爆発した。
朦々と巻きあがったのは、蒸気と放射性物質の塵が一緒くたになった黒々とした塊。
人間は7シーベルトの被曝で致死率100%とされるが、このとき川内原子力発電所の上空に巻きあがったのは、毎時1万から10万シーベルトの絶望的線量を発する、使用済み核燃料の一部であった。




