表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/22

12.陸海空決戦――西日本大空襲――

『航空攻撃情報。航空攻撃情報。当地域に航空攻撃の可能性があります。屋内に退避し、テレビ、ラジオをつけてください』

『航空攻撃情報。航空攻撃情報。当地域に航空攻撃の可能性があります。屋内に退避し、テレビ、ラジオをつけてください』

『航空攻撃情報。航空攻撃情報。当地域に航空攻撃の可能性があります。屋内に退避し、テレビ、ラジオをつけてください』


 耳障りな有事サイレンが払暁の西日本の市町村に響き渡り、眠っていた人々を叩き起こした。枕元にある携帯電話が、全国瞬時情報システム(Jアラート)の緊急速報メールを続々と受信し、連続で振動する。

 慌てて跳ね起きた人々はテレビを点け、すぐさま複数のチャンネルをザッピングして、そこでようやく事の重大さに気づいた。


「新しい情報です。本日午前4時55分、航空自衛隊航空総隊司令部は、和歌山県南方沖より現在、数百機の国籍不明機が北上中と発表。次の対象地域には、航空攻撃の可能性があります。対象地域は静岡県、愛知県、和歌山県、三重県、奈良県、大阪府、滋賀県、兵庫県、徳島県、高知県、香川県、愛媛県……」

「航空自衛隊航空総隊司令部は、国民に対して外出を控え、屋内に退避し、テレビやラジオを点けるように呼びかけています」

「続報です。現在、紀伊山地上空と四国山地上空を、複数の国籍不明機が通過したとのことです。テロップに出ている対象地域には、航空攻撃の可能性があります。外出を控え、屋内に退避してください」


 どの番組も通常のニュースや能天気な芸能ニュースを流すことなく、「国民保護情報」「航空攻撃情報」という見慣れないテロップが掲げられている。そしてテレビ番組のアナウンサーたちもみな一様に、緊迫した口調で情報を読み上げていく。


「航空攻撃ッてなんだよ」


 本格的に西日本全域へ波及をはじめた戦争に、人々はまだ順応することが出来ていなかった。


「ただいま航空攻撃情報が入っています! 当地域に航空攻撃の可能性があります、早く避難をしてください!」

「航空攻撃? 自作自演もいいかげんにしろ!」

「陸海空自衛隊の暴走を許すな! クーデター反対! クーデター反対!」


 その頃、西日本の陸海空自衛隊の施設周辺では、反戦市民団体による抗議活動が盛り上がりを見せていた。彼らの主張は「武装勢力による武力侵攻は、陸海空自衛隊が軍事政権を樹立するための自作自演」というものであり、それを徹頭徹尾信じ込んでいる活動家や市民が、自衛隊の施設周辺で座り込みや、所謂人間の鎖による抗議活動を夜中から続けていたのである。

 陸上自衛隊中部方面隊の弾薬が備蓄されている陸上自衛隊宇治駐屯地祝園分屯地(京都府精華町)の祝園弾薬支処では、補給物資を運び出そうとする73式トラックの前に、手を繋いだ人々の列が立ちはだかり、自衛官たちを困惑させていた。

 正式な防衛出動命令が出されていない今回の場合、自衛官が一般市民を排除することが出来るかどうかは微妙なラインである。そのためやむなく祝園分屯地の自衛官は、京都府警へと通報したものの、航空攻撃情報が入ったため京都府警は市民の避難に人手を割いており、市民団体の抗議活動に対応しきれていない。


「止めろ止めろ、そのトラックを絶対動かすなよ!」

「解散してくださいッ――ここにももうすぐ敵機が到達します!」

「殺せえ、私を殺して出動しろーっ! 出動するなら私を殺してから――!」


 次の瞬間、73式トラックの前に大の字に寝そべっていた女性は、空気をかき混ぜるプロペラの羽音を聞いた。


「敵機直上ォ――!」

「駄目だッ、退避しろ!」

「3トン半は捨てろッ、的になってるぞ!」


 73式トラックに乗り込んでいた自衛隊員たちが、車両を捨てて逃げ始める。抗議の市民たちに対応していた自衛隊員もほうぼうに散り、残されたのは事態を自作自演と信じて疑わない愚者たち。

 そこに落とされたのは、天山艦上攻撃機が放った800kg爆弾。炸裂の瞬間、白光がその場に居合わせた市民を呑み込み、彼らは何も理解できないままに、火焔と爆風と破片が一緒くたになった暴威に巻き込まれ、跡形もなく吹き飛ばされた。


「まずっ、誘爆す――」


 火焔が舐めたのが、哀れで愚かな水分とたんぱく質の塊だけならば良かったが、事態はそう甘くはなかった。弾薬を満載した73式トラックが、爆風に煽られて横転し、火焔に飲み込まれ――次々と爆発炎上する。


「くそっ、空自は何やってる!?」


 近畿地方の防衛を主任務とする陸上自衛隊第3師団に、大規模な空襲を防ぎ止めるための防空能力はほぼない。

 第3師団内で地対空戦闘を行える部隊は第3高射特科大隊(兵庫県姫路市)のみであり、装備は射程が5kmから10kmの近距離・短距離地対空誘導弾である。部隊や施設をピンポイントで守ることが出来ても、戦域すべてをカバーすることは出来ず、配備数自体も少ない。

 陸上自衛隊第3師団としては、中部方面隊直轄部隊がもつ03式中距離地対空誘導弾(射程約50km)と、航空自衛隊航空総隊に頼るほかなかった。


 が、このとき、日本防空の要である航空自衛隊航空総隊は、その空戦能力をほとんど発揮することが出来なかった。立て続けの空対空・空対艦任務により、稼働率が急低下していることもあるが、最大の理由は単純だった。


「まだ弾は行き届かないのか」

「現在、第4補給処高蔵寺支処(愛知県春日井市)にて弾薬搬出作業続行中です」


 全国の実戦部隊は手持ちの実弾を撃ち尽くしつつあった――到底、弾薬が足りない。

 正確に言えば、弾薬は航空自衛隊補給本部第4補給処高蔵寺支処や、同補給処東北支処(青森県東北町)に備蓄されている。ただそれを輸送し、実戦部隊へと行き届かせるのに航空自衛隊補給本部はかなり時間を食っていた。なにせ弾薬が集中して備蓄されている補給処から、会戦に必要なだけの大量の弾薬を搬出、輸送する実戦的な訓練などしたことがなかったからである。


「射耗ペースが想定より遥かに早いです。このままではあと2日ないし3日で、第4補給処に備蓄されている弾薬を全て撃ち尽くします」

「在日米軍に弾薬供出をお願いするしかあるまい――が」

「結局、それを取りに行かなくちゃいけないんですよね……」

「F-2やF-15よりも輸送用機材が欲しい、と思う日が来るとはな」


 正面装備の調達を重視し、兵站の強化を怠ってきたツケが回ってきた形に、航空自衛隊の幕僚たちは頭を悩ませ始めていた。


 そして航空自衛隊航空総隊による空対空戦闘が不順調な隙をついた、帝国海軍機動部隊による空襲は、日本に致命的な打撃を与えようとしていた。


「まずいッ――まずいぞ!」

「すぐに中電本店へ連絡してください!」

「こちらアベンジャー! 浜岡原発5号機建屋に航空爆弾が直撃――現地スタッフの話では使用済み核燃料プールが破損した可能性があるとのこと! 送れ!」


 静岡県御前崎市に所在する浜岡原子力発電所5号機建屋に、複数の800kg爆弾が直撃した。幸か不幸か。東日本大震災直後の原発事故の影響で、浜岡原子力発電所は稼働していなかった――ものの、各号機には熱と放射線を発する使用済み核燃料が保管されている。

 原子力発電所の原子炉の圧力容器や格納容器は極めて頑丈であり、武力攻撃にも耐えうると言われているが、使用済み核燃料プールはそうではない。

 浜岡原子力発電所5号機建屋に保管されている使用済み核燃料の数は、6542体――。


「すぐに水位の調査をお願いします!」

「航空攻撃を受けても大丈夫なんですか?」

「プールが無事なら大丈夫です。建屋の外装が幾らぶっ壊れようと、水さえあれば放射線は減衰するので無害に――」


 日本を滅ぼす。

 悪意の塊から成る大日本帝国陸海軍が、日本国がその身に抱える汚い爆弾に目をつけないはずがなかった。

(この物語はフィクションであり、実在の人物、組織、地名等とはいっさいの関係がありません)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ