11.陸海空決戦――日本枯死へのカウントダウン――
久遠に続く誹謗中傷――なぜ我々が誹られなければならない?
遠く故郷を離れ、この亜熱帯の島で戦った。我々は文字通り死闘を繰り広げ、そして斃れた。島と島民を無慈悲で冷酷な侵略者から守るために、だ。
ところが、どうだ。
今日日、我々は罪人扱いだ。この島で戦ったこと自体が大罪であり、ひとかけらの名誉も与えられず、我々の側が無慈悲で、冷酷で、横暴な、侵略者のように語り継がれている。
無論、その理由は理解している。
負けたからだ。文字通り、一敗地に塗れたからだ。軍民一体の総力戦体制は鋼鉄の嵐に蹂躙されて消滅し、その際に無慈悲な大量殺戮が起こった。銃殺、轢殺、爆殺、自決、自決、自決。約20万の未来を消滅せしめた大敗の咎――その贖罪代わりとして、我々は誹謗され続ける。
そして生者たちは「悲惨な戦争は2度と繰り返さない」を合言葉に、永久に我々を悪と断じ、愚かな罪人として語り継ぐのだ。そこに悲惨な戦争を2度と繰り返さないための分析は、ない。
我々の「悪事」と戦争体験を語り継いでいくことが、平和のための取り組みなのか。
各所に奇妙なモニュメントを作ることが、平和のための取り組みなのか。
平和と戦争を考える上でひとっ欠片の意義もない祈念堂を建てることが、平和のための取り組みなのか。
郷土を離れ、この最果ての地を守ろうとした、我々の死闘はいったい何だったのか。
答えは明快だった。
我々の死闘は、単なる観光資源を生み出すための戦いだったということだ。
追悼、祈念、平和――この現代にそんなものを真剣に考えている生者など、一握りしかいない。
この南北100kmの孤島は、虚飾に塗れている。いかに観光客を満足させて帰すかを考える島と、島を訪れることで「戦争と平和について賢くなった」と錯覚し、そのまま満足して帰るだけの人々。我々の死闘は教訓を生んだのではなく、客寄せの道具を生んだだけであった。
絶望が憤怒を呼び起こし、憤怒が殺意へと転じた瞬間――。
……。
在日米軍岩国基地を壊滅させた後、北へ転進しつつ沿岸の市街地を無慈悲に破壊していった戦艦陸奥は、広島湾へ侵入。航空自衛隊の空対艦攻撃により戦闘不能に陥るまでの数時間に渡り、広島市街を41cm連装砲と14cm単装砲で火の海に変えた。
現代艦艇ではあり得ない重装甲を纏い、さらに艦体の半分以上を具現化した負の想念により補っている戦艦陸奥に、空対艦誘導弾の効果は薄い。F-2戦闘機とP-3C哨戒機による波状攻撃では、艦上構造物を破壊するのが精々であり、ついには海上自衛隊第1潜水隊(広島県呉市)が喫水線下への雷撃を実施し、ようやく撃破した。
この後、広島湾を望む元宇和公園へ半ば乗り上げる形で大破着底した戦艦陸奥からは、さらに怨霊と化した水兵たちが出現したものの、これは陸上自衛隊第13旅団隷下の第46普通科連隊(広島県安芸郡)が短時間で殲滅した。
その場に居合わせた不幸な船舶を木っ端微塵に破壊しながら、豊後水道を北上。別府湾に侵入した加賀型戦艦土佐もまた破壊の限りを尽くし、大分市街、別府市街、大分空港を総浚いに粉砕した。長門型戦艦を超越する火力を持つ鋼鉄の怪物は、標的とした市街地を瞬く間に消滅させていき、大分県民を恐怖で震え上がらせた。
が、こちらも海上自衛隊第1潜水隊群所属の潜水艦と、航空自衛隊航空総隊の波状攻撃により、艦上構造物を完全破壊された後、別府湾内にて複数の89式533mm長魚雷の直撃を受け爆沈した。
以上の2艦と同様に日本近海で蘇った水上艦は、陸海空自衛隊と海上保安庁に捕捉され次第、海上自衛隊護衛艦隊、潜水艦隊、航空自衛隊航空総隊による対艦攻撃により瞬く間に撃破の憂き目にあった。
が、本当の脅威は超ド級戦艦を初めとする華々しい水上艦ではない。
「武装勢力が大日本帝国海軍の艦艇を運用していることは明らかだ。そして仮に彼らが潜水艦さえも保有していた場合、海上通商は完全に破壊されるぞ……!」
「日本が干上がるな。戦時中には200隻近い数の潜水艦が運用されていた。もしこの規模の潜水艦が日本近海に潜んでいれば、掃討を終えるには時間がかかりすぎる」
海中に潜み、商船を破壊する潜水艦数百隻を狩り出し、速やかに安全な海上交通を取り戻すことは、現在の海上自衛隊には無理難題であった。海上幕僚監部が空爆により機能を停止し、核攻撃により横須賀が――自衛艦隊司令部以下主要機関が消滅し、対潜戦闘に必要なデータを供給する海洋業務・対潜支援群も全滅している。
現状、生き残った地方の部隊がそれぞれ連絡を取り合い、なんとか日本近海の水上艦を捕捉撃滅するのが精一杯のこの状況では、神出鬼没の潜水艦を殲滅することなど、出来るはずがない。
「空路の国際線は軒並み死んだ。海上交通は封鎖された。国内には戦略物資の備蓄はあるが――物流も混乱している。食料や物資が行き届かせることが出来るのか、東日本大震災でさえあの有様だったんだ」
商店という商店の棚から商品が消滅し、その代わりに人々を翻弄する根拠のない噂が流れるあの混沌――を、より醜く、酷くした大恐慌が発生することは目に見えていた。あの時は全国の空路や海上交通も生きていたし、陸路による物流もすぐに立ち直った。日本政府は存在していたし、陸海空自衛隊諸部隊を指揮する機関もあった。
が、現在はどうだ。
日本政府も幕僚監部も航空路線も海上航路も鉄道も、消滅したか消滅しつつある。
「万単位の餓死者、凍死者が出るぞ」
第1潜水隊群司令部の幕僚が最悪の予測を口にした瞬間、司令部に他部隊からの報告が舞い込んできた。
「航空自衛隊航空総隊司令部より。西日本全域に国籍不明機が来襲――人口密集地、鉄道と幹線道路に甚大な被害が出ている模様!」
「第5管区海上保安本部から報告です、“和歌山県南方沖にて大小艦艇群を認む。少なくとも1隻は航空機を離発着させている”とのこと!」
誰かが呻き声を上げた。
「武装勢力は帝国海軍の艦艇を運用している――ということは、帝国海軍機動部隊、か!?」