二章
放課後どういうことか聞こうと僕は思った。
というかそれが当然だろう。
むしろ放課後まで我慢できていたことが奇跡だと思う。
長年夢に出て来た見知らぬ女の子が、突然現れて、相手は僕を知っている。
まるで何かの物語に入ったような、そんな感覚である。
「あ、あの...君は、誰だい?」
前記した通り僕は女性との交流があまりない。
強いていうならば男性との交流も多くはない。
なのでコミュニケーションにおける能力は一般より大分劣っていると思っている。
特に海音寺さんのような美少女相手には話しかけられたことすら奇跡というレベルである。
「君は誰か?面白い質問をしてくるね。でも、本当は分かっているんでしょう?」
彼女は明るい笑顔でそういった。
まるで海のような包容力を持つその笑顔で。
「そ、それは...」
僕は返答に困った。
確かに知っているといえば知っているが。
本質的な部分は何もわかっていない。
ただ夢に出てくる女の子を知っていると言うのはおかしくないと思う。
大体この娘はどこまでミステリアスなのだ。
古典の世界では夢に出てくる人は仏様もしくは自分を想ってくれている人だと国語科の先生が授業中に話していた気がするが、それは関係ないだろう。
「ちょっと来て、ここでは話ずらい。」
そう言って彼女は僕の手を取り連れ出す。
夢の中ではどれだけ頑張っても届かなかった彼女の体に届いたということに対し若干の感動を覚えながら僕は連れられて行く。
連れられて来たのは、屋上だった。
「1から話すね、君と私は許嫁なの。」
僕の脳内に衝撃が走る。
しかし僕が困惑している間も彼女は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「君5歳くらいから下の記憶ないでしょ?」
「あ、ああ」
体育館の方から部活動をしている人たちの声が聞こえるそのありふれた日常を注視することによって、現状のよくわからない状況から逃避しようとする本能が動いたのかもしれない。
確かに僕は5歳くらいから下の記憶がない。ただ、それは小さい時のことだから、普通に覚えていないだけのことだと思っていた。
「それね、君が私と遊んでいた時、私が
はしゃぎすぎて、道路に飛び出して引かれそうになった時のショックによるものなんだ。」
急にそんなことを言われてもよくわからない。
それにそれを信じれる根拠もない。
しかし僕はそんなことは言えずにただ話を聞くだけでいた。
「命すら危ぶまれる大怪我だったんだけどね、奇跡的に助かったの。あなたのその体の至る所にある傷はそれが原因なのよ。」
確かに僕は傷がたくさんある。
どうしてこうなったのかを親に聞いても有耶無耶にされ、はっきりと答えてくれず、結局のところわからなかった。
僕が学校で友達があまりいない理由の一つはこの傷だ。
「本当にごめんなさい...」
急に涙を流し出し、顔をクシャクシャにしながら僕に謝罪をしてくる。
「あなたを傷つけて...今まで謝れなくて...ごめんね...」
僕は彼女のにハンカチを渡し、こう告げる。
「僕はあなたのことを覚えていませんし、その怪我や事故のことも覚えていません。だからそれについてあなたに何も言いませんし、言う資格もないでしょう。しかし、これだけは言えます。あなたは泣き顔より笑顔の方が美しい。だから泣かないでください。僕はあなたの笑顔に対して夢に見るほど恋しているのですから。」
彼女は泣くのをやめ、ハンカチで鼻をかみ、涙を拭き取った。
そして満面の笑みを僕に見せてくれた。
その後僕たちは連絡先を交換した、僕の携帯電話に登録された母以外の初めての異性が彼女であることは言うまでもないだろう。
その夜僕はその日の出来事を母に話し、母は全てを話してくれた。
その全ては海音寺が言ってくれた事と全く同じだった。
その夜、僕は眠れなかった。
理由はいくつかあるだろう。
一つ目は夢に出て来た女の子の登場。
二つ目は今まで知らなかった衝撃の事実を倒叙として知らされた事。
三つ目はかなり久しぶりに同級生の女の子と話せたと言う興奮。大人しいからと言って、異性に興味がないわけではないのだ。
四つ目は海音寺に言った言葉だ。とても痛々しいものだったと自分でも思っている。
この気持ちは前にどこかで読んだ初恋の女性に恋文を出した男子の気持ちに似ているのではないだろうか。
さらに謎はもう一つある。
なぜ海音寺と僕は離れ離れになったのかと言うことだ。
彼女はなぜ香川からはなれたのか、またはなぜ僕の家族は東京を離れたのか、
その件に関して、海音寺も母も何も触れなかった。
そんなことを考えながら、夜は更けてゆく。
次の日、朝学校に行くともう海音寺は学校に来ていた。
「私ね、考えたの。あなたの記憶を治す方法。」
僕が席についたとたんこちらを向き元気な顔で話しかけて来た。
「私たち、付き合ってみない?」
突然の提案にかなり驚いた。
突然この子は何を言いだすんだ。
というかどう言う因果関係だ。
などと思っていたら彼女は言葉を続けてくる。
「私ね、思ったの....」
彼女の言い分は主にこうだ。
僕と彼女は幼少期寝ても覚めても一緒にいた。だから一緒にいたら何かしら思い出せるのではないか。
また、彼女は僕のことを好きだし、僕も彼女のことを想っている。と言うことは相思相愛なので利害が一致するのではないかと言うこと。
僕は、彼女の言い分は理にかなっていると思った。
しかし僕の出した結論はこうだ。
「すまない、僕と君は付き合えない。」
「え?」
彼女は絶句した。
僕がこう返事することは予想していなかったようだ。
それもそうだろう。
お互いに思い合ってる男女が交際しない道理なんてない。これが一般論であり正論だ。
しかし、僕の意見も同じく一般論であり正論であるのだろう。
「まず第一に、幼い時の記憶を取り戻すと言うことは僕にとって辛いであろう事故の記憶を取り戻すことになるだろう。わざわざ悲しい思いをするために奮闘するのは間違っているのではないか?第二に、僕たちはあまりにもお互いを知らなさすぎる。君は知っていると主張するかもしれないがそれは小さかったときのことで、おそらくその時の僕と今の僕は違うのであろう。」
口から言葉がまるで用意されていたかのようにすらすらとでて来た。
「あっ...」
気付いた時には彼女は泣いていた。
「確かに、確かにそうかもしれない。でも私は私たちの小さい時の記憶はあの事故よりも楽しいものだったって思ってる。その記憶を取り戻したらきっと幸せになれるって思ってる。それにほとんどの恋人たちははじめお互いをよく知らないところから始めるのではないの?君の主観的な意見は正しいかもしれない。でも間違っている時だってあるかもしれないって考えたことある?こんなに、こんなに大好きなのに...」
ガラッバタバタバタッガラガラッ
彼女は椅子からすごい勢いで立ちドアまで走りドアを開けて教室の外へ出た。
彼女は後悔した。まだタイミングではなかったと。
私の主張は間違っているのではないかと。
彼女がその日教室に帰ってくることはなかった。
教室ではさえない男子が昨日転入して来た女子を泣かせたと言う話題で持ちきりだった。
当然叩かれるのは僕で即効有罪だ。
クラスの中での僕の居場所がなくなり。
その代わりに冷たく冷酷な視線が僕に与えられた。
一人には慣れている。
だからそんなものは怖くない。
だが、僕の胸は傷んだ。
大好きな女の子を泣かせたと言うのはそれだけで生を捨てたくなるほど悔しく悲しいものなのだ。




