トイ月イト日
肩が痛くペンを持つ手が震えるが、日課を止めるつもりはない。
日記を書くのは俺の義務のようなものだ。
遠聴玉ごしにツネツキから出発の連絡があり、簡単に両手両足の腱のストレッチを行うと俺は馬を使ってマウ一行の後を追った。ツネツキは昼の内は馬車の中で眠るとのことだった。
結局、夜間に魔物の襲来はなかった。安心した反面、危惧もあった。今朝の段階で、マウ一行は魔物との戦闘を経験していなかったのだ。
とはいえ、シロ河沿いに伸びるイース本街道、魔物はいやというほど現れる。戦闘の機会には恵まれているはずだった。はずだったのだが、あのクソネズミが。
いや、あまりチュウジばかり責めるのはよそう。
あいつは臆病なだけだ。嫌々旅立った身で魔物を避けるのは当然だろう。マウの指示をきかなかったのは万死に値するとは思うがな。
――魔物はうじゃうじゃ現れた。当然だ。
しかし、マウ一行の乗る馬車はそれを無視し、迂回して進んだ。
馬車の御者はネズミが務めていたのだが、あいつは、魔物に対する恐怖から、全ての戦闘を回避する道を選択したのだ。
俺は頭を抱えた。このままではマウ一行の経験値が一向に積まれない。それに、放っておかれた魔物は近隣の村や町を襲う。いや、そいつらは後ろに続く俺が殺して回った(幸いにもスライムやケルピーなどの雑魚ばかりだった)から今回はそちらについては良いのだが。
ともかく、マウ一行に戦闘を経験させる必要はあった。
ネズミの昼食休憩のため馬車を止めた隙に、俺は一行を追い抜き数キロほど先へ進んだ。
そこで馬を木に繋ぐと、俺はシロ河へ牛の皮で編んだ網を放った。
スライムは動物の皮に触れると凝固する。河を流れるスライムは限りなく液状に近付いているから、この方法でないと捕獲は難しい。
100体ほど陸へ引っ張りあげると、今度はシロ河からすくってきた水をじゃばじゃばとかける。するとまた液状化するので、個体同士を近づけて融合させてやった。100体全て融合させ、再び網で固めると、イース本街道を塞ぐ巨大スライムが出来上がった。
この作業が存外辛く、それで些か肩を痛めてしまった次第だ。
作業を終えた頃にはマウ一行はすぐ近くまでやって来ていたので、慌てて俺は街道を離れ、馬を繋いだ林まで移動した。
結果として、マウ一行と巨大スライムとの戦いは一瞬で終結した。
スライムは斬っても殴っても効きはしないので、炎で焼く必要がある。つまり、ネズミの出番はない。
ワンダは、馬車を降り巨大スライムと馬車との間に立った。そしてじわじわと近付くスライムへ杖の先をおもむろに向けると、巨大スライムを飲み込む程に馬鹿でかい炎玉を放った。
全盛期の女将に迫るレベルの魔力だ。
それでスライムは蒸発、一行は悠々と先へ進んだ。
本日は街道を7割ほど移動した。
明日には次の街――オオイバラへと着くだろう。
夜になると俺はツネツキの元へ行き、「明日以降、できるだけ魔物と戦うように」と指示を出した。いくらか金を渡したところで、ツネツキは快く頷いた。