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血文字

 これを読んでいる何者か、おそらくはミッカだろうか、まず頼みがある。

 状況だけでなんとなく知れるだろうが、俺は勇者マウの父親だ。

 そしてこれは、俺が日々を綴っていた日記の続きだ。これまでの日記は、シンへやってきた船に残してある。

 辿々しい言葉ですまない。血文字というのも読みにくいだろう。紙きれを用意したは良いが、肝心のペンを忘れてきたらしいのだ。申し訳ない。しかし、なんとか最後まで読んでほしい。

 つまり、俺の頼みというのは、これからここに書く内容を、その日記に書き写して、妻の墓前に置いてほしいのだ。

 全ては、15年前に死んだ妻のためだ。

 妻は、死の直前「娘の成長する姿が見たかった」と言葉を残した。

 その願いを叶えてやりたいのだ。どうか頼む。

 場所はイース城下町の東。林の中へと続く村道を歩いてゆくとじきに墓が見えてくる。そこだ。

 妻の名はエリーという。

 それと、もし、マウが生きていたら、俺の死の詳細はマウに語らないでくれ。世間にも公表するなということだ。

 ――うまく代替案が思いつかないが、マウへはなんとか誤魔化してくれると助かる。マウを悲しませないでくれ。


 書く。

 トイ月ロト日、おそらく日付はまだ変わっていない。

 俺はシンのそのまた中心、魔王の根城へと向かった。

 途中、サイクロプスやバンシーなんかが彷徨いているのを見たが、適当にやり過ごした。得意だ、気取られないよう動くのは。

 根城へは船を出てから2時間ほどで着いただろうか。

 今回の魔王はどんな姿をしているのか、そして、根城はどんな形をしているのか知らなかったが、見るとすぐさまそれと知れた。イース城によく似ていた。魔王は人間型をしているのだと、この時わかった。

 魔物にも建設技術が培われているのかと不思議に思いながらも、城の中へと入った。

 ホールには魔物の死体が無数に転がっていた。マウらが全て片付けたのだろう。魔王との戦闘中に挟撃されないように。

 けれどそれは俺には悲報だった。すでにマウが魔王の根城へ突入してしまっているのだとこの時俺は知ったのだ。


 城の中は静かだった。

 耳をすませば戦闘の音が聞こえるだろうと思ったのだが、響くのは俺の足音だけ。

 それが本当に怖かった。

 もしかしてすでに全て終わってしまっているんじゃないかと思わせた。

 事実、俺が魔王の部屋へ辿り着いた時には、戦闘は終わっていた。

 終わっていたのだ。手遅れだった。どうしようもなかった。

 ツネツキは壁に背もたれていた。首が妙な方向によじれていた。

 部屋の手前には、ワンダのものらしき焼け焦げた死体があった。

 チュウジは部屋の一番奥に倒れていた。逃げ出さなかったのだ。両足が存在せず、その体はぴくりとも動かなかった。

 マウは、部屋の中央で血溜まりの中にいた。チュウジと同じく、マウも、ぴくりとも動く様子はなかった。


 部屋へ入った瞬間、魔王はこちらへ背を向けていたが、俺の足音に振り向いた。

 魔王は丈の長い黒服を着ており、首元にスカーフのような物を巻いていた。姿形は人間そのものだが、顔だけは鰐によく似ていたのを覚えている。

 額には魔王の証であるコアが光っていたので、魔王であることに間違いはなかった。

 魔王は、右足で、マウの左腕を踏んでいた。

 俺は、魔王の右手にマルコガラスの柄があるのに気付いた。根元の部分で折れていたのだ。

 残る刃の部分は床に落ちていた。

 魔王はそこでぎゃらぎゃらと声を上げた。人間の声帯からは発することのできない音だった。

 圧倒されてしまいそうになったが、目の前にマウの姿があっては動くしかなかった。

 マウが生きていると信じて、まずは魔王を倒そうと心に誓った。


 マウ一行はあと一歩及ばなかったものの、戦いの爪痕は確かに魔王の体に刻まれていた。

 俺が駆けると、魔王は左手に持っていた禍々しい形状のファルシオンを持ち上げた。反応は鈍かった。

 魔法を使えるはずなのに使おうとしなかったのは、おそらくマナが切れているのだろうと感じた、その時は。

 魔王を殺すためにはマルコガラスが必要だ。

 けれど戦闘に必要なわけではない。

 魔王のコアを破壊するのに、マルコガラスでないと傷一つつかないというだけだ。そんなものは魔王の首を刎ねた後でゆっくりと破壊してやれば良い。

 魔王もそれをわかっていたのだろう。マルコガラスなどに用はないと柄を床へ投げ捨てた。

 前回の魔王は、下半身は虎、上半身だけ人間の姿をしていた。

 そいつを相手に刀でせり勝った経験があったので、おそらく俺は驕っていたのだろう。15年という月日が俺の技量を奪っていたというのもあるかもしれない。

 俺と魔王は刀身をかち合わせた。

 眼前に魔王の顔があった。間近に見ると醜悪な面をしていた。

 ふいに巨大な口を開き中に紫色の牙が見えたので、噛まれるかと思いこちらは顔を引いた。

 その隙を突かれた。

 そもそもこちらは細身の刀で向こうは刀身の太いファルシオン。押し合いになればこちらの不利はわかっていたはずなのに。

 刀身の向きを変えられ、あっと思ったらすでに刀身は折られてしまっていた。

 しかしなおも魔王の手は止まらず、そのままずぶずぶと俺の肩口へ侵入してきた。

 あまりの激痛に声が出なかった。叫んだからとて魔王がそれを気にするはずはないだろうが。

 俺の左腕は、根元から切り落とされた。視界が赤く染まった。

 魔王は膝をつく俺を見下し、再び手を上げた。

 赤い水飛沫の向こう側に、光る刀身が見えた。

「わっ!」

 魔王の手が、その声を耳にして、止まった。魔王は振り返った。

 魔王の股の下からは、見覚えのあるローブが見えた。

 ワンダが、そこに立っていた。

 そうだ、前述した焼け焦げた死体は、ワンダではなかったのだ。

 ワンダが杖を魔王へ向けるのと、魔王が右手をワンダへ向けるのは同時だった。

 その時になってようやく、ワンダが俺にチャンスを与えてくれたのだと気付いた。遅すぎた。

 俺は腰から短刀を抜いて地を蹴った。

 魔王も俺の襲撃には気付いており首をこちらへ向けたが、どうにも動きが鈍かった。ワンダの雷撃が、魔王に刺さっていたのだろう。

 魔王が手に持つファルシオンの動きを気にする必要は無かった。

 他のもの全てを投げ打っても殺す。

 一念を胸に短刀を振りかぶり、魔王の首へ突き立てた。

 さらに体重を使って下へ引き裂くと、顔が液体にまみれて何も見えなくなった。魔王の首元から大量の血液が飛び散ったのである。

 地面へ倒れると妙な金属音がしたので、不思議に思い腹の辺りを探ってみると、腹部の半ばまでファルシオンがめりこんでいた。

 顔を上げ、部屋の様子を見ると、魔王もワンダも倒れていた。

 魔王は首から血を吹き出し続け、ぴくりとも動かなかった。

 ワンダの右胸には何本もの氷の矢が突き刺さっていた。

 魔王はマナが切れていたのではない。対ワンダのため、温存していただけだったのだ。


 危機は去った。

 となると、俺にとって最大の関心は一つしかなかった。

 俺は背後に倒れたマウの元へ這い寄った。

 血溜まりの中、俯せで倒れるマウの体を表にすると、やはり、マウの腹にも氷の矢があった。

 胸に耳をやり確かめると、マウは、まだ、呼吸をしていた。多量の血を失い、意識を失っていただけだった。

 この時の俺の感情は、言葉にはできない。

 嬉しくないわけがない。けれども、このままではマウは死んでしまう。

 俺は遠聴玉の存在を思い出し、「助けをよこしてくれ、奇跡を起こしてくれ」と、すぐさまミッカへ連絡を入れた。

 魔王は、もはや起き上がらない。

 コアを破壊しない限り復活はするので安心はできないのだが、俺にはコアを破壊するほどの筋力は残っていなかった。

 だから仕方なしに、短刀で魔王の首を胴体から切り離した。それで復活まではかなりの時間を要するはずだ。

 ミッカ達が間に合うのかどうかはわからない。けれど俺はそれに賭けるしかなかった。

 少なくとも、今の状態のマウならば、俺よりは長く生きられるだろう。

 なにせ、こちらは内臓のほとんどをやられている。腸など床にこぼれ落ちているのだ。腸だけならまだしも、肺にも傷がついているようで、呼吸もままならない。

 俺のことはどうでも良い。

 問題は、マウの生存確率を上げるにはどうすれば良いのかということだった。

 僧侶はおそらく到着後、重傷者から順に手当していくだろう。

 だとすれば、より重傷な方、俺を先に治療するのは明白である。

 だったら、俺は、マウの横にいない方が良い。

 それに、マウは俺が魔王の根城までやって来たことを知らない。

 だとすれば、今後のマウの心労を減らすため、そのことは知らないままにしておきたい。

 以上。

 以上が、俺の死体が城の最奥にある理由だ。


 語り終えた。

 俺のできることはこれで全てかと思う。

 まったく、やり遂げた。

 ツネツキ・ワンダ・チュウジの3人には悪いことをした。

 俺が誘わなければきっとあの3人は死ななかった。

 万が一、奴らが生きていたら俺の財産の全てを譲っても良い。あぁ、マウが生活できるだけの金は残してくれればそれで。

 50万イェンだ。マウにその金額だけ譲り、残りの金は全てあの3人に分配しろ。


 悩んだのだが、やはり書く。

 父親としてのささやかなわがままだ。

 最後に一つだけ付け加えさせてくれ。

 もし万が一、この紙切れを見ている奴の健闘が及ばず、マウが俺の死の詳細を知ってしまった場合のことを考えた。

 あくまで万が一の時にだけだぞ。

 その時は、これから書く言葉をマウへ残す。

 どうか伝えてくれ。よろしく頼む。





 マウよ。俺が死んだからとてお前の人生は続く。

 そのために俺はまさしく死力を尽くした。

 だからどうか悲しまないでくれ。

 お前が悲しいと俺が悲しい。

 前を見ろ。人生を楽しめ。

 好きなように生きて子をなして、死ぬのは寿命を全うしてからにしろ。

 しかし悪い男には騙されないよう気を付けろよ。


 エリーもマウの幸福こそを願っていた。

 父の俺も同じ想いだ。親なのだから当たり前だ。

 マウの人生に幸多かれ。

 それで俺も幸せになれる。

 それでは、さらばだ。


 以上、父より。

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