トイ月ロホ日
今朝の段階では船が完成するまでゆっくり体を休められるかと思っていたのだが、そういうわけにはいかなかった。
そもそも、昨日の日記にはああ書いたが、俺の船よりも早くマウの船が完成してしまっては、向こうが先に行ってしまうところだったのだ。どうにか折り合いをつけられたのは幸運だったといえるだろう。
実のところ、ヒドラがやって来る前に、すでにマウの船は一度完成していた。
しかしヒドラが右舷に穴を開けてしまったものだから、修繕に時間を要することとなったのである。
修繕に必要な時間は、丸一日。朝方から始まったその修繕も先程終わり、明日にもマウの船はガワからシンへ向けて出航することとなった。
結果から書いてしまえば、俺の船は完成しなかった。
ほんの小さな船で構わなかったのだが、そのための材木すら予備がなく、周囲に無数に生えている木々を切り倒そうとも加工している暇がない。
なんとか間に合わせようと設計に口を出したり斧を振るったりしてみたのだが、昼過ぎには俺も半ば諦めてしまっていた。
とはいえ、ショウジョウに「あれ本気だったんかお前」と言われたのには腹が立ち、思わず手が出た。
そうやってやさぐれているところをツネツキに見つかった。
シンへ向かうための船を作っているのだと話すと笑われた。
「仮に完成したとして、そんな小さな船じゃどうしようもないよねえ」。
むっとして「二人乗りの予定なのでマウをガワへ連れ帰ることができる」と返したら再び笑われた。「私たちは見捨てるのか」と。
そこは確かに申し訳なかったので、いざとなったら俺が降りるし、その隙間にツネツキとワンダを詰め込める旨、きちんと弁明した(ネズミはどうでも良いので俺と一緒にシ海へ沈んでもらう予定だった)。
するとあいつは天使か何かか、マウの船に俺を忍び込ませてやろうと提案してきた。
死に物狂いで船を完成させてシンへ辿り着いたとしても、本番はそれからだろうと。
もっともな話だった。
何故こうも助けてくれるのかと問えば、ネズミに財布を渡した件で借りがあるからだと言っていた。
ただ、小さく「おっさんが来た方が生存確率も上がるしねえ」と付け加えていたのを俺は聞き逃さなかった。
ネズミにも言った通り、魔王は存外強くはない。
しかし、問題は魔王の所在だ。
向こうの強みは、シ海を越えた先のシンという秘境に砦を構えていることにある。シ海を渡るのはそれほどに困難なのだ。
シ海には魔物がうじゃうじゃと潜んでいる。全てを相手にしていたらキリがない。
魔物のいないルートを選ぶ。
魔物と遭遇したら即逃げる。
必然、航海士の腕が重要となる。だからこそ、船に、そして海に慣れた人物が勇者に抜擢されるのだ。
明日が出航だ。失敗したらマウは生きてガワへ戻れはしない。
――神を信じて15年前の戦いでは妻を失った。今更神を信じるつもりはない。
けれど、妻、エリーに縋ることはできる。
エリーよ。毎年、墓前に備える俺の日記を通して、マウのことはよく知っているだろう。
心優しく、強く育った、俺たちの娘を、どうかよろしく頼む。




