トイ月イロ日
娘が勇者になった。
いや、「なった」というより「された」という表現の方が適切だろう。
今朝のことだ。俺の娘――マウが、イースの王に呼び出された。
俺もしがない船大工ではあるが、娘はまだ仕事にも就いていない身だ。当然、なんの実績もないし、悪行だって犯してはいない。
不思議に思い、伝令の兵に「娘ではなくて俺の間違いではないか」と繰り返し確認したが、マウで間違いないはずだと返された。兵の顔はネズミによく似ていた。
マウを作業場に残したまま渋っていると、「従わなければ国から追放するぜ」とまでネズミが言う。仕方なしに、マウをツナギから織物(昨年買ってやった、ワームの糸で作った高級品だ)に着替えさせると、共にイース城へと向かった。
普段はテコでも動かない双子の門番が、俺たちの顔を見た途端に体をどかしたのに驚いた。とはいえ、俺が通ろうとすると位置を戻しやがったのだが。「王がお呼びになったのはマウ一人」だとほざくので、「保護者なのだから付き添うのは当然だ」と半刻ほど文句を続けてやると、渋々といった様子で扉を開けた。
城に入るのは15年ぶりだった。内装まで細かく覚えてはいないが、心なしか昔よりも調度品が増えていたように思う。例えば、廊下の壁に延々と続くショーエンの絵画などは以前はなかったはずだ。
衛兵に案内され謁見の間へ入ると、イース王はすぐさま口を開いた。マウの到着を待ち侘びていたのだろう。「マウよ、貴様は勇者となった。トイ月の内に魔王を倒せ」などと宣う。
マウも俺も呆けてしまった。何を言っているのだ、こいつは。田舎の純朴な娘一人で魔王を倒せるはずがないだろう。王はそんな俺たちの心情など気にも留めず、言葉を続けた。
街の西に済む占い婆が「今回の勇者はマウだ」と予言をしたこと。
シロ河やシハ河から出現する魔物が増加していること。
シンとガワを隔てるシ海は船で渡る必要があるため、船大工の娘であるマウの知識が役立つこと。
などなど、王はマウが勇者として旅立たなければならない理由を並べ立てた。こちらの都合を無視した物言いだった。
それで俺は頭に血が上ってしまった。昔からの悪い癖だ。おそらく未来永劫治らない。
背後に立っていた衛兵の刀を奪うと、赤絨毯を蹴り、玉座へと続く段差を駆け上がり、王へ近寄り、その首筋に刃先を当てた。
王は「ひっ」と悲鳴をあげたが、俺が「自らの命を差し出しても、マウを勇者に任命するのか」と問うと「そのつもりである」と返してきた。さすがだった。王の器である。
それで俺は諦めた。刀を下ろすと、泣きそうな表情のマウと、玉座を囲んでいた衛兵が総勢10名駆け寄ってきた。過去の功績から、俺は入牢を免れた。
以上が、本日の出来事だ。
マウが勇者として旅立たなければならないという事実は、残念ながら、もはや揺るがない。
ならば俺は、マウを守るため、生きてイースへ帰還させるため、父としてやらねばならないことをやるだけだ。