表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/37

第五話  鉄サビの匂いと味

「ウグッ!?」


 こらえきれない脇腹の痛みで、僕は眼をさました。

 まぶしい光が、網膜をやく。

 数秒かけて意識のピントをあわせた僕は、両腕をチームメイトにかかえられ、選手用通路を移動している最中だということに気がつく。

 僕は、一瞬で自分の身体の状態をチェックする。

 プロテクトスーツは身に着けている。ヘルメットはかぶっていない。

 意識は? かすかにめまいがするものの、はっきりしている。

 鼻の奥に鉄サビの匂い。大量の鼻血をながしたらしい。

 左の脇腹に激痛。どうやら、あばら骨二、三本にヒビがはいっているか、骨折しているようだ。

 手足は……、なんとか動く。


「気がついた?」

 両手を握りしめる僕の動きに、肩をかしてくれているワンダが反応する。

「……試合は?」

 喉をふさぐ血の塊をのみ込みながら、僕は、なんとか声をしぼりだす。

「そんなこと、きくまでもないと思うけどね」

 僕をささえているもうひとりは、ブロニスワフだった。言葉の端々に、いつものように人を揶揄するひびきがある。

「知りたいんだ。教えてくれ」

「73-12で、うちらの負けよ」

「……けっこう差がついたな」

「そうね。でも、善戦したほうじゃない? リタイヤ続出で、中盤からは、一二人対八人で戦っていたし……」


 ワンダは、人ごとのように解説する。


「そうそう、もともと勝てるはずない相手だし。けが人だって、おたく以外はいない。これを善戦といわずして、なんと――」

「もういい!」


 僕は、ふたりの腕をふりほどいた。

 競技場とちがい、ここには、わずかながら重力がかかっている。僕の身体は、通路の床面に転がった。


「おい、クロフォード……」

「いいって、ほっときなさい。プライドの高いだれかさんは、うちらみたいな負け犬の手は借りたくないんだってさ」


 ワンダが、冷たい鳶色の瞳を僕にむける。


「さあ、いきましょう」

「あ、ああ……」


 ワンダとブロニスワフは、一度もふり返ることなく、去っていった。

 僕は、床に座ったまま、壁にもたれかかる。

 こんなところで醜態をさらしている自分が、まったく情けない

 日々の鍛錬で強化された肉体は、自分自身を守る鎧になってくれている。だが、その鎧には、一カ所大きな裂け目がある。


 それが、ファウンデーション・ボールだ。


 文字通り地に足のついた競技なら、僕は、同年代のプレイヤーにはけっして負けない。短距離走や長距離走、球技や格闘技など、あらゆる種目で、僕は、他のものをよせつけない実力をもっている。

 だが、ファウンデーション・ボールは、地に足をつけた競技ではない。

 地球で生まれ、月面都市で育った僕は、無重力への適応という点では、軌道生活者に一歩も二歩も遅れをとっている。

 無重力空間での位置把握や最小のエネルギーでの移動、重心位置をずらすことなく攻撃と防御を切り替えるコツなど、正直な話、僕は、まったく太刀打ちできない。

 普段、意図的に僕を無視している彼らが、これを利用しないわけがない。

 彼らは、僕が手も足もでないと知ったうえで、これを好機と反則すれすれの、いや、時には反則そのものの攻撃をしてくるのだ。


 僕は、脇腹に手をおく。痛みがはしるが、折れてはいないようだ。これなら、医務室にいくまでもない。自分で手当できる。


「うッ!!」


 身を起こそうとした僕は、脳天につきささるような激痛に、硬直する。

 低重力とはいっても、ここは競技場とはちがう。プロテクトスーツの重さを計算にいれていなかった僕は、無理な体勢で立ちあがろうとしてしまい、結果、負傷した箇所に衝撃をあたえてしまったのだ。


「ぐぅ……!」


 必死でうめき声をもらさないようにたえる。

 その僕の目の前に、金属繊維につつまれた掌がさしだされる。


「つかまれよ、クロフォード」


 その声に顔をあげると、胸に人狼の紋章をつけたプロテクトスーツが、僕の目の前に立っていた。ヘルメットは跳ね上げられ、流れるような金色の髪とすみきった青い瞳の青年が、僕を見おろしている。


「ギュンター……」


 僕の二学年上で、チーム・ベイオウルフのキャプテン、ギュンター・シューリヒトが、にこやかな笑みをうかべて手をさしのべている。

 ベイオウルフは、過去二年間、リーグ総合優勝を勝ち取っており、今年も優勝候補の筆頭だ。キャプテンのギュンターは、個人成績でも、防御、攻撃ともに、最優秀選手の座を三年間、保持している。

 僕たちのチーム・ドルフィンとは、まさに太陽と軌道ゴミ(スペースデブリ)ほどの差がある。

 だが、このギュンター・シューリヒトは、僕を無視するか敵視する学生たちの中で、こちらにかかわってこようとする数少ない人間のひとりだった。


「どうした、動けないんだろ?」

「……ちょっと休んでいるだけだ。放っておいてくれよ」


 僕は、差しだされた手を無視する。


「強がるなよ、クロフォード。いや、カズマってよんでいいか?」

「いやだ」

「あいかわらずだなぁ。いいかい、クロフォード、次が僕たちのチームの出番なんだ。もうじき、ここにチームメイトたちがやってくる。みんなに、そうやってへたばっている姿を見られたいのか?」

「…………」


 僕は、笑みをうかべるギュンターの顔と差しだされた手を交互に見つめる。

 そして、不承不承、彼の手をにぎった。

 ギュンターは、傷にひびかないように、慎重に僕を立たせた。並んで立つと、拳ひとつ分、彼のほうが背が高い。


「さっきの試合、見させてもらったよ。なかなかよかった」

「皮肉かい? 73-12だぞ」

「得点は、どうでもいい。失点の73は、ほとんどが君のチームメイトのミスによるものだ。一方、得点は、すべて君が奪いとった。実質、一二対一の勝負にもかかわらずね」

「それでも負けは負けだ。結果、僕は、気絶して退場。ゲームオーバー」

「ディフェンスラインが壊滅していれば、そうなって当然だ。まったく、最低のチームだからな、ドルフィンは。本当に、スペースデブリの吹き溜まりさ。君も、いつまでもあそこにいちゃいけない」

「どういう意味?」


 ギュンターは、口許に笑みをうかべた。


「うちのチームにこいよ、クロフォード。委員会には、僕が話をつけるから」

「それ本気かい?」

「もちろん」


 正直いって、いい気持ちがしなかった、といえば嘘になる。一流中の一流チームが、この僕をスカウトしたいというのだ。

 けれど――。

 僕は、しずかに首をふる。


「せっかくの申し出だけど、遠慮しとくよ」


 壁に手をついて身体をささえながら、僕は、通路を歩きはじめる。


「おい、待てよ、クロフォード。どうして断る? 信じられないな」

「僕だって、信じられないさ……」


 傷にひびかないようにゆっくりと歩きながら、僕は、ギュンターにこたえる。


「チーム・ドルフィンは、たしかにスペースデブリの吹き溜まりだ。そして、その中で一番大きいデブリは、この僕だ――」


 僕は、なにを話しているのだろう? いままで、こんなふうに考えたことはなかったというのに……。

 でも、僕の口からは、すらすらと言葉がつむがれていく。


「僕を重力中心として集まってきたデブリなら、その責任は、僕にある。ひとりだけ、抜けだすわけにはいかない」

「おい、おい、ゴミは、いくら集まったってゴミにしかすぎないんだぞ」


 苦笑とともに発せられたギュンターの言葉が、僕の背中をうつ。


「太陽だって、宇宙の塵があつまってできたんだぜ。宇宙学の基礎を勉強しろよ、ギュンター」


 それっきり、僕はふり返ることなく通路を進んでいく。

 いつのまにか、傷の痛みが多少うすらいだようだ。


 たぶん、気のせいだと思うが――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ