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第三十話  レッスン二・もうひとつの選択肢

 うかつにも僕は、フィリスに断られるという事態を想定していなかった。

 なので、ずいぶんと間抜けな顔をさらしてしまったにちがいない。


「ダメって、僕はまだなにもいってないぞ……?」

「カズマは、知りたいのだろ? レッスン二について」

「……あ、ああ、そうだよ」


 そうだ、僕は知りたい。

 レッスン二の内容は、停滞してしまっているチーム・ドルフィンに勝利をもたらすヒントになるかもしれない。

 けれど、フィリスはかぶりをふる。


「もう選択はなされてしまっている。カズマは選んだ。みなで楽しむスポーツとしてのファウンデーションボールを――」

「いや、しかし……」

「なあ、カズマ。たしかに、ドルフィンは、もしかして今期は優勝できないかもしれない。でも、すばらしいものを手にいれたのだよ。一緒に苦労をともにして、喜びを分かち合う仲間。熱中できるスポーツ。さらなる高みにむかって進もうという夢と希望……。そうだろう?」

「それは、そうだ。でも……」


 フィリスは、どこか哀しげな笑みをうかべて、椅子の手すりにおいた僕の手に、そっと自分の手をかさねる。


「カズマは、普通の人として生きる道を選んだ。なら、その道を迷わず歩くがいい……。その先には、幸せな一生が待っているはず。そう思えばこそ、わたしは、あきらめることができたのだから――」

「なにわけのわからないことをいってるんだ? そんな、たかが、ファウンデーションボールのフォーメーションの話に、生きる道だとかなんとか」


 僕は、精神的においつめられ、あせっていた。だから、フィリスの言葉を理解しようなどとは、まるで思っていなかった。


「とにかく、みんなは、絶対に優勝したいと思っているんだ。もしその方法があるのなら、教えてくれ、フィリス」

「みなではない。カズマが、だろ?」

「えっ?」


 フィリスは、僕を見つめる視線に、強い力をこめる。

 彼女の瞳は、かつて幼いころ母とともにながめたツンドラの大地にひろがる青くすんだ湖を思いおこさせる。

 心の底まで見通すような深い色をした瞳だ――。


「……そうだ、僕は優勝したい。それが、いけないことなのか?」


 僕は、彼女の視線を受けとめ、重なった手から、そっと自分の手をはずす。


「僕は、この世界で、ある時は敵視され、ある時は徹底的に無視された。そう、僕は、ずっとひとりだった。ひとりぼっちで生きてきたんだ! そのさびしさは、フィリス、君ならわかるだろう?」

「…………」


 フィリスは、無言で僕を見つめる。


「でも、いまはちがう。みんなが、僕のプレイを見に来てくれる。僕と僕のチームを応援してくれてるんだ! だから、僕は優勝したい! 優勝して、彼らに僕がどれほどのことをなしとげられるのか、それを見せつけてやりたい! 僕を差別した、すべてのものたちに! わからせてやるんだ!」


 僕は、吼えるようにそう叫けぶ。

 いつのまにか、頬を熱いものが流れおちている。それは、ずっと胸の内に閉じこめてきたグツグツと煮えたぎる液体にちがいない。


「うッ……!」


 痛いほど両拳をにぎりしめ、前のめりになり、僕は、その煮えたぎるものを押さえこもうとする。このままでは、爆発してしまう!


 その時、ふるえる僕の背中に、あたたかく小さな手がそえられ、そっとさすってくれる。

 その感触を、なぜか僕はとてもなつかしく感じる。


「……ふたつ、約束してほしい」


 とても大人びた声で、フィリスは、僕に語りかける。


「……なにをだよ?」


 僕は、顔をあげる。

 こんな子供の前で、押さえつけていた感情を爆発させるなんて……。はげしく後悔し、赤面する僕は、それを隠そうとことさらにぶっきらぼうにふるまう。


「約束ってなんだよ」

「もうひとつの道を選ぶのなら、いまのフォーメーションのことは忘れなくてはならない。ドルフィンは、あたらしい力を使って、勝つためだけのマシンとなる……」

「わかった」


 僕は、うなずく。


「もうひとつは?」

「……やるからには、かならず優勝しなければならない。知ってしまったからには、それしか道がない。二度目なんてないのだから……」


 フィリスのいうことは、よくわからない。でも、僕はうなずくしかないのだ。


「わかった、約束する」


 その僕の誓いに、フィリスは、大きな吐息をつく。


「……わたしは、カズマが、スポーツとしてのファウンデーションボールを選んでくれて、本当は安心していた。しかし、やはり、こうなってしまった。あの時に、すべての運命は定まっていたのだから……。だから、わたしは、それに従うしかない……」


 僕には、フィリスがなにを考えているのか、よくわからなかった。

 なぜ、そんなにもファウンデーションボールの必勝法を教えることをこばむのか。いくらみんなが熱中しているからって、たかが、ゲームじゃないか。

 その疑問は、不満から彼女への憤りへと変質しはじめていた。


「フィリス、頼む。教えてくれ。どうしたら、僕たちは優勝できるんだ」


 僕を見つめていたフィリスは、その瞳をゆっくりと青き星へとむける。


 しばしの沈黙の時――。


 そして、彼女は、おもむろに口をひらく。


「ファウンデーションボールとは――」


 僕は、フィリスのいうことを一言ももらすまいと、耳をそばだてる。

 だが、その話の内容とは……。


 自分の顔が青ざめていくのを、僕は、はっきりと感じとっていた。

 そして、すべてを聞き終わった後、僕は――。


「本気なのか、フィリス……」


 僕には、とても信じられなかった。彼女が、こんなプランをあたためていたなんて……。

 それは、もはや……。


「僕は……、僕たちは、ファウンデーションボールで優勝したいんだ。戦争で勝利したいわけじゃない!」

「――おなじことだ」


 僕の怒声にもおびえることなく、フィリスは、静かにそういった。


「それは、おなじことなのだよ、カズマ……」


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