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第二十九話  あせり

 ベイオウルフとの一戦以来、僕たちは、たてつづけに敗戦した……。


 僕もふくめてみなは、ベイオウルフという強敵と戦った疲れだろうと考え、すぐに対策をうたなかった。

 自分たちの戦略といまのチームの力を僕たちは信じていた。


 けれど、その後も黒星は続き、そこではじめて僕たちは、自分たちが弱くなったのではないかと疑い、最終的には、相手チームが強くなったのだという現実に直面することになった。


 そう、他のチームは、数ヶ月をかけて、ようやく僕たちがはじめたあたらしいルールでの戦い方をマスターしたのだ。


 そして、全チーム(ベイオウルフをのぞく)が、一度その方式になじんだからには、僕たちドルフィンには、確固としたアドバンテージはない。

 いや、フィリスがいてくれたら、それでも僕たちにできることは多々あっただろう。


 だが、ここ最近、フィリスが宙港ロビーに現れる頻度は減っていた。


 ドルフィンのみんなが通うようになってしばらくは、彼女は、毎日宙港ロビーで出むかえてくれた。


 けれど、フィリスがかかわっているプロジェクトが最終段階にはいったとかで、彼女が立ち会う毎日の練習は、二日に一度になり、三日に一度になり、いまでは、一週間に一度、会えるかどうかになってしまっていた。

 フィリスも大変に残念がっていたが、こればかりはどうしようもない。なんといっても、彼女は、オムニメンバーの一員なのだから――。


 その頃、僕たちは、毎日、毎日、ファウンデーションボールのことだけを考え、練習と試合中心の生活を送っていた。だから、世間の動きやうわさ話に、とてもうとくなってしまっていたのだ。


 もし、僕らが、もうすこしだけ自分のまわりの社会に興味をもっていたら、フィリスがやってこれない理由や、ニュートン04でなにがおこなわれようとしているのか、想像がついたかもしれない。


 でも、僕たちの関心事は、いかにゲームに勝つか、どうすれば優勝できるかしかなかったのだ。


 僕らは、ふたたび圧倒的な勝利を得るために、様々な戦略をうみだし、きわめて熱心に練習をくり返した。

 そこには、もうあのダメなドルフィンの姿はない。

 ひたむきに、情熱をもって、まっすぐ前をみつめて、僕たちはがんばった。


 けれど、事態は好転しない。


 順位は、ベイオウルフ戦の三位を最上位として、次の週には一気に九位まで落ちた。そして、その後の順位は、七位、四位、一五位、六位と推移していく。


 僕たちは、ようやく気づいた。もはや、熱意だけではどうしようもない領域に達しているのだと――。


 そもそも、万年最下位だったチーム・ドルフィンが、わずかの間にここまでこられたことが奇跡だったのだ。

 このままきちんと練習し、真の意味での実力をつけていけば、今年は無理でも、来年、あるいは再来年には、優勝できるようなチームにもなっていくだろう。


 そう、たしかあの時、いまのフォーメーション、戦術を授けてくれたとき、フィリスがいっていたではないか。


『みんなが一生懸命練習して、一勝一勝をつみあげ、運があれば、いつかは優勝できる。そして、みんながあこがれ、尊敬してくれるようなチームになる』


 僕は、ドルフィンをそういうチームにする選択をしたのだ。


 たしかに、あの時は、この選択肢が正しいと思った。


 けれど――。


 僕たちは、もう勝利という美酒を飲み、その味に酔いしれてしまっている。できることなら……、いや、絶対に優勝したい。


 それが不可能かもしれないという現実に、いま、ドルフィンのメンバーは戦いへのモチベーションを失いはじめている。このままでは、あの最低の状態にもどっていくかもしれない。


 そう、告白しよう。


 僕は、あせっていた。そして、リーダーとしてのとるべき道を見失いはじめていた。こうなったとき、どれだけ僕やチームが、フィリスに依存していたのかを悟ったのだ。


 あんな小さな女の子に……。


 その日、ドルフィンは、格下だと侮っていたチーム・ジラフに、わずかな点差で敗北した。

 僕は、データパッドを取りだすと、ネットの海へ宛先人不明のメールを送りだす。フィリスのアドレスは、いまだに教えてもらっていないのだ。けれど、彼女ならきっと、このメールを受けとってくれるだろう。


 僕には、そういう確信があった――。


 ひとりで宙港ロビーへと入っていく。

 重力は僕を解放し、僕は自由を取りもどす。それは、いつでも僕をしあわせな気持ちにさせる。

 展望窓には、いつものように哀しくなるほどうつくしい地球の姿がひろがっている。そして、地球からの照りかえしに青くそまる室内は、海の一部を切りとってきたかのようだ。


 その中を、僕はゆっくりと漂っていく。水底にしずむ座席のひとつに、彼女は、ひっそりと座っていた。


「フィリス、あのメールを君なら受けとってくれると思っていた」


 僕は、壁面を蹴ると、フィリスの前におり立った。靴のベルクロがカーペットとかみ合い、身体が固定される。


「どうした、カズマ? 緊急に相談したいこととは……?」

「あ、うん……」


 フィリスは、笑顔をうかべてはいるが、かなり疲れているようにみえる。やはり、研究所のほうが大変なのだろうか?


「大変ではないが、もうすぐ本番だから、いろいろとバタバタしている。公式の進行チャートだと遅れていないことになっているのだが……。こういうのを、お役所仕事というのだろ? しかし、カズマたち居住区の人たちも不便で困っているだろう?」

「不便? 困る? なにが?」

「えっ?」


 彼女は、目を見開いて僕を見つめてる。


「なぜなら、ニュートン01から04に第三種待機が発令されている以上、市民生活に多大な影響がでているだろうから。移動制限や私権の一時停止、商店の営業時間短縮は、不便ではないのだろうか? エネルギー節約のために、電力が十五パーセントカットされているのだし……」


 その説明を、僕はただポカンとしてきいていた。


「いや、ぜんぜん知らなかった。それって、フィリスがかかわっているプロジェクトによるものなのか? だとしたら、すごい大がかりなものなんだな……」


 フィリスは、唖然とした表情で僕を見つめると、クスっと笑った。


「本当に、ファウンデーションボールに熱中していたのだねぇ……」


 こんな子供にあきれられてしまった!

 ううむ、まあ、反省は後にしよう。とにかく、いまは、ファウンデーションボールだ。

「フィリス、じつは相談が……、というより、頼みがあるんだ」

「ああ、今日は時間をつくったからだいじょうぶ。ここに座って話してほしい」


 僕は、フィリスの隣に腰かけると、現在の状況を説明する。彼女は、僕の話をじっとだまって、要所要所でうなずきながらきく。


「――というわけで、ドルフィンのみんなは、モチベーションを失いはじめている。このままじゃいけないんだ。僕たちは、なんとしてでも優勝したい。そのためには――」

「それは、ダメだ、カズマ」

「えっ?」


 僕の言葉を途中でさえぎったフィリスは、つよい光をたたえる瑠璃色の瞳で、僕をじっと見つめる。


「それは、ダメなんだ……カズマ……」



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