第二十七話 仲間たち
九歳の僕。
六年前のその日の朝、目覚めたとき、めずらしく父がいた。
父は、リビングで録画した過去のメモリーを再生し、じっと見つめていた。
どうやら、夜通し、そうやってメモリーを再生しつづけていたようだ。
そんな父の背中は、なぜかとても小さく、痛々しく、いまにも折れそうに感じたことをよく覚えている。
父が見ていた映像は、どこかの遠浅のあたたかい海で、水着姿の母と僕がはしゃいでいる映像だった。
僕は、五歳ぐらいだろうか。映像の中の僕たちは、とても楽しそうで、母と僕は、父に海の水をかけて喜んでいる。父が、それをよけようとするたびに、画面がゆれる。僕は、父の足にしがみつくと、そのままひっくり返そうとする。抵抗する父。画面がはげしくゆれる。ついには、笑い声の中、映像全体が水没するシーンで終わっている。
全部で二分ぐらいのその映像を、父は、くり返し、くり返し、眺めていた。
そして、父は、僕をかたわらによぶと、かすれた声でつげたのだった。
その時の父の声を僕は、忘れない。
父はいった。
母が、ついさっき地球の海で亡くなったということを――。
僕は、信じられなかった。信じたくなかった。もう二度と母の笑顔が見られないなんて、僕を抱きしめてくれないなんて……。
母に会いたい、もう一度、母に!
僕は、ただその想いを胸に、やみくもに動いた。ムーンバギーを盗むと、月面をどこまでもどこまでも突っ走った。地平線の上にうかぶ、青き星をめざして――。
けっしてとどかぬ想いを胸にいだいて――。
「――もちろん、各自治政府が、いままでの地球のやり方に不満をもっていたのは事実だ。絶縁したかったのは、むしろ、自治政府のほうだっただろう。しかし、たとえ反感を持っていたにしても、地球は、人類の故郷でありあこがれの場所だった。それだけに、交渉すら拒絶する地球の傲慢な態度に、各政府と市民の怒りははげしかった。一時は、全面戦争になる危険ですらあったんだ。けれど、結局は、予想される被害の大きさと得られるものの小ささに、戦争は回避された。そして、ボクたち宇宙生活者は、地球が宇宙植民地を捨てたのではなく、我々こそが地球を見限り捨てたのだと考えた。それ以来、地球への軽蔑や憎悪は、宇宙生活者の基本的な考えのベースとなった。ボクらは、そういう背景のもと教育をうけてきたんだ――」
ただの皮肉屋だと思っていたブロニスワフの冷静で客観的な分析に、僕は、内心舌を巻いていた。
「だから、まあ、こうやって現実の地球を直接見る機会なんて、極端に制限されている。制限……ではないな。自発的なタブーとして刷り込まれてしまっているといったほうがいいね。それは、意識化でのいまだに残る地球へのあこがれが反転したものだろう。みんなが、カズマ、君を忌避するのも、そういう心のあらわれなんだと思うよ」
それは、僕も感じていることだ。
母が亡くなったという知らせをきいたすぐ後で、月では、親地球派と反地球派で内乱状態になった。その結果、父は僕をつれ、研究仲間たちと一緒にニュートン04へと亡命した。
ニュートン04ではじまった僕の生活は、まさに地獄だった。
地球生まれの僕は、地球政府への不満や怒りのはけ口としてもってこいだったのだ。しかも、守ってくれるはずの父は、いつも研究区画につめていて、たまにしか家にもどってこない。
学校でも、街でも、僕は、つねに冷たい視線と陰湿ないじめにさらされた。
僕は、あの時、決意したのだ。僕を無視するのならば、僕も彼らを無視しよう。暴力をふるわれるのなら、暴力でむくいてやろう。僕をあなどり軽蔑するのならば、それをはねのける力を手にいれ見返してやろうと……。
だから僕は、身体と心を徹底的にきたえた。学業もだれも文句をつけられないように常にトップを維持し、社会の中での優秀な歯車として機能するように自分を調整した。
僕のまわりは、すべて敵であり、一歩家の外にでれば、そこは一刻も油断のならない戦場であったのだ。
だが……。
チーム・ドルフィンのメンバーたちだけは、僕を無視したり恐れたりはしなかった。それは、彼らもまたこの社会の落ちこぼれであり、僕ほどではないものの、一般からみれば忌避されているものたちだからだと思っていた。
けれど、それもまた、社会が僕に勝手にレッテルをはろうとしたように、僕の偏見であったのだと、いまは、よくわかる。
僕は、たしかに鎧をきて、すべてを拒絶していた。
すぐかたわらにいるものたちをすらも――。
「……まあ、なんだ、むずかしいことはわかんねぇが、きれいなもんを見るのは気持ちがいいよなぁ」
アレッサンドロが、彼にはめずらしいほどおだやかな顔で、地球を見つめている。
「あんたがいうセリフかい」
「わるいかよ!」
たちまちワンダにつっこまれて、まっ赤になるアレッサンドロ。みんなの間に笑いがひろがる。
「みんな、ここからの眺めが気に入ったのなら、ぜひこれからも遊びにきてほしい。セキュリティのほうは、わたしがきちんと対処しておくので……」
「それなら、いっそのこと移行時間をつかって、ここでドルフィンのミーティングと自主練習をおこなうのはどうかな?」
僕は、フィリスの誘いをうけて、みんなの実力向上をもくろむ。練習時間がふえることに、反発するものもいるかと思ったが――。
「それはいい、わたしは大賛成です」
一番のめんどうくさがりのサイードが、諸手をあげて賛成にまわる。ほかのみんなも、大いに乗り気だ。やはり、波にのっているときは、みんな、顔つきからしてちがう。
「よし、それじゃあ、さっそく明日からスタートだ。みんな、遅れないように!」
「オーッ! ゴー、ゴー、ドルフィン!」
宙港ロビー全体が、みんなの叫び声でビリビリとふるえる。
僕は、苦笑しながらフィリスに近づいた。
「当分の間、いつもの静けさとはお別れだな」
「だが、すごく楽しみだ。わたしは、こんなにたくさんの友人と仕事以外でなにかをする経験をもたないから……」
フィリスは、ほがらかに笑う。
「それはよかった。それじゃあ、よろしくお願いします、コーチ」
「まかせてくれ、カズマ!」




