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第三話  彼女の名前

 (なに、これ? いったいどういうこと……?)


 僕は、大いに混乱していた。

 

 きのう出会った少女がまぼろしではないことを確認しようと、僕は、今日も移行時間トワイライト・アワーをつかって宙港ロビーへとあがった。


 巨大な展望窓一面にひろがる青い水の星を見つめる少女は、たしかに、実体を持ってそこにいた。

 いたのだけれど……。


「こんにちわ、ショウマ・D・クロフォード博士。きのうは大変失礼した」


 少女は、僕の顔を見るなり神妙な顔つきでそういった。

 きのうとおなじようにロビーの椅子にちょこんと座り、伏し目がちに話す彼女の声は、子供とは思えないほど落ちついている。

 一方、僕はといえば、いきなり飛びだしてきた名前に動転していることを悟られないよう、全力でポーカーフェイスを維持する。


「…………」

「それにしても、ショウマ・D・クロフォード博士――」


 わざわざ父の名前をフルネームで2回繰り返している。さらには、こっちを見つめる彼女の瑠璃色の瞳にネズミのおもちゃを前にした子ネコのそれとおなじかがやきを見つけた僕は、瞬時に理解する。


「いやしかし、本当にお若く見える。とても四〇歳とは思えな……、くっ、思えない……んふふっ……」

「わかった、わかった。笑いたきゃ、笑えよ」


 もうポーカーフェイスなんか、やめだ、やめ!


 僕は、クスクス笑っている少女を見おろす。さぞかし憮然とした表情がうかんでいることだろう。


「ふむ、もうすこし遊ぼうと思っていたのだがね。がまんできなかった。ざんねん無念」

 少女は、笑いながら舌をだす。ようやくみせたその子供っぽい仕草に、僕は、なんとなくホッとする。


「こんにちは、カズマ・D・クロフォードくん。カズマって呼んでいいかな?」

「……どうしてわかったんだ?」

「きのう、キミは、お父上のIDを使ってここへ入った」


 たしかにそうだ。だが、管理ネットには、いくつもの偽装プログラムを流してある。そう簡単に解析できるはずはない。


「バレるはずないのにって顔だね。ふむ、たしかにすごく巧妙にカモフラージュしてあったとも。カズマは、かなり優秀だ。誇っていい」

「それはどうも……って、ちょっ、ちょっと待てよ。君がネットにハッキングして解析したのか?」

「うむ、すこし手こずった……。う~ん、七秒ぐらいかかったな。さすが、クロフォード博士の息子だ」

「父さんを知っているのか? ……君は、いったいなにものなんだ? まさか――」

「そう、わたしは、『オムニメンバー』の一員。ほら、これ見るがいい」


 少女は、そういうなり、服のファスナーを首元から胸元まで大胆にひらく。まっ白な肌が眼にとびこみ、僕は、あたふたと眼をそらした。

 まったく、こんな子供相手に意識してどうする!

 そんな僕の様子などおかまいなしに、彼女は、銀色のチェーンにつられたIDパスをとりだす。どうやら、なくさないようにチェーンで首につるしているらしい。


「ほら、これがわたしのIDだ」


 それは、みたこともないIDパスだった。吸い込まれるような漆黒のカードの中央に青い剣の形をしたデータコアがおさめられている。

 そして、姓とも名とも判断のつかない単語が一文字、表面にうかびあがっていた。


「……フィリス?」

「うん、それがわたしの名前だ。よろしく、カズマ」


 そういって少女――フィリスは、にこやかに微笑んだ。

 それに対してどう答えていいのやら、僕はまだ混乱をひきずっていた。そんな僕に、フィリスは、かたわらの椅子を指ししめす。


「きょうも水の星を見にきたのだろ? どうぞ、カズマ。一緒に見よう」

「…………」


 フィリスのペースにまきこまれっぱなしの僕は、しばらくどうするべきかまよう。だが、たしかに貴重な移行時間トワイライト・アワーを、こうやって突っ立ったまま浪費するのはバカらしい。

 僕は、フィリスとの間に席をひとつあけて座る。眼前に、青くうつくしい地球の光景がひろがる。そのすばらしさに、僕は、思わず大きく息をつく。


「生命をうみだす水の星……。本当にきれいだな、カズマ」

「…………」


 フィリスの言葉に、僕は、無言でうなずく。まったく、彼女のいうとおりだ。これについては。

 でも、ひとつだけ訂正したいことがある。


「あのさ」

「なにか?」


 フィリスが、僕のほうをむく。瑠璃色の瞳が、きらきらとかがやいている。


「……僕の名前を呼び捨てにするのは、やめてくれよ。こっちのほうが、ずいぶん年上なんだからな」

「ふむ、わかった。カズマ」


 フィリスは、まじめな顔でうなずく。

 僕は、心の中で、ひとつ、大きなため息をつく。オムニメンバーの一員かもしれないが、この子は、まだ子供なんだ。どうでもいい言葉なんかをいちいち気にしていたってしょうがない。

 そうとも、僕は、ゆらぐことのない鋼の心と身体を手にいれたはずだ。それを忘れてはいけない。

 宙港ロビーに忍びこみ、母の星、地球を見つめるようになってからはじめて、僕は、べつのことに心をうばわれていた。

 しかし、そのことに気づいたのは、もっとずっと後になってからだったのだけれど――。


カズマをからかフィリスの口調を変えました。ふだん通りの言葉遣いのほうがいいとおもったので……。

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