第二十五話 ドルフィンとフィリス
フィリスが作ってくれたプログラムは、見事に作動した!
いや、違法プログラムなので、そんなに喜んではいけない気もするのだが……。
翌日の移行時間、僕は、チーム・ドルフィンの全メンバーを引き連れて、作業用エレベータで轂部へともぐり込んだ。
幼稚園児を引率する先生の苦労を我が身に味わいながら……。
そして、人生の意味について悟りをひらきかけながら、なんとか彼らを宙港ロビーへと連れていくことに成功した。
エアロックの中でもさわぎまくる彼らに、すでに仏の笑みを習得した僕は、内側の扉をあける。僕をふくめて十二名は、いっせいに宙を飛びながら広い室内へとはいっていく。
その瞬間、すべての騒音はとだえ、静寂が支配する。
振り向くと、メンバー全員が、唖然とした表情で、展望窓いっぱいにひろがる地球の姿を見つめている。
そう、考えてみれば、彼らが自分たちの故郷である地球の姿を直接みる機会は、ほとんど存在しない。
軌道都市という閉鎖環境で暮らしていれば、自分たちが地球のまわりを回っている、ということすら普段、頭にうかぶことはないだろう。
ドルフィンのメンバーたちは、夢みるような顔つきのまま宙を飛び――、そして、全員が、展望窓に激突する。
ゴン、ゴンとたてつづけにいい音が、宙港ロビーにひびきわたる。
「やれやれ……」
これからライバルたちと戦って勝ちあがっていかないといけないのに、なんという体たらく。もっともっときたえないといけなさそうだ。
僕は、空中で頭をかかえて痛がる十一人を、次々につかまえると、座席へ誘導する。
「んふふ、ふふ、うふふ……」
みんなを座らせた面と対称になっている座席群で、忍び笑いがもれでる。
そして、室内をてらす青く淡い光に飛びこむように、ひとりの少女が、宙に舞う。
少女は、優雅に空中で回転すると、足許から僕たちの面へと着地する。その腰からは、長大なケーブル群がのび、空中に漂っていた。
十一人は、声もなく青い地球光に照らされた少女を見つめている。
まあ、考えていることはわかる。妖精でも出現したかと疑っているのだろう。
「紹介するよ。僕が、ファウンデーションボールのコーチを受けているフィリスだ」
「はじめまして、わたしは、フィリス。よろしくお願いしたい。チーム・ドルフィンのみなの初勝利を心よりお祝いする。すばらしいチームワークだった」
フィリスが、ぺこんと頭をさげる。
なんだ、口調はともかく、ちゃんとしたあいさつができるじゃないか。僕の時は、あんなに憎まれ口をたたいていたのに――。
「お、女の子だぁ……!?」
「ええ!? まさか、この子がッ?」
「うわッ!? スゲー!?」
「マジかよ? てめーカズマ、俺たちをだましてんじゃねぇだろうな!」
「キ、キミ、何歳なの?」
「か、かわいい……」
「惚れたぞ」
「ちぇっ、賭に負けちゃった。こんなのわかるわけないわよ、もう!」
みんな、口々にてんでばらばらのことをいいはじめる。まったく収拾がつかない。まあ、彼ららしいといえばらしいのだが……。
「ほら、ちょっとだまって!」
僕の一喝に、みんなはシーンと静まりかえる。この僕も、だんだんとリーダーらしい貫禄がついてきたらしい。いや、ただ単に、みんながフィリスに興味津々なだけかもしれないが……。
僕は、彼女のとなりに立つ。
「フィリスは、見たとおりの子供だ。だけど、ただの子供じゃない。彼女は、オムニメンバーなんだ」
いっせいにざわめきがおこる。彼らもニュートン04の住人ならば、オムニメンバーの一員であるということが、どれだけ驚異的なことかわかっているのだろう。
「――ということで、フィリスは、胸はつるぺただけど、中身はすごい――。痛いッ!?」
フィリスが、背伸びして力いっぱい僕の頬をつねる。彼女は眉をしかめ、僕を見あげている。
「カズマ、いきなりヘンなことをいわない!」
「リーダーは、受けをとることも必要なんだよ」
「むうっ! ほかの話題にすべき!」
僕にふくれっ面をみせたフィリスは、一転、にこやかな笑顔でみんなのほうをむいた。
「ん……、最初にみなに話ししておきたいことがある。わたしについているこのケーブルのこと、気になっていると思うけれど――」
自分の腰の上からのびる光ケーブルを、フィリスは、手で持ちあげてみせる。
「おい、フィリス」
「だいじょうぶ。みなにはきちんと知っていてほしい。わたしは。ドルフィンの仲間になるのだろ? ならば……」
フィリスは、そういうと、さすがに無言で成り行きを見守っている一行に、自分の身体のことを話しはじめる。
みんなは、真剣な表情で、フィリスの話をきく。
そして――。
「――というわけで、わたしがみなのところへお邪魔することはむずかしい。そのため、危険をおかしてここまできてもらうことになってしまって本当に申し訳ないと……」
「かまへん! そんなことかまへんのじゃ!」
頭をさげるフィリスに、アレッサンドロが大粒の涙を流しながら座席から立ちあがった。しかし、なんで訛っているんだ?
「俺は、カンドーした! フィリスちゃんのためにも、ぶっちぎりで優勝しちゃる!」
アレッサンドロは、立ちあがった勢いで宙に浮かびあがり、手足をバタバタさせている。
「ぼ、ぼ、ぼ、僕は、フィリスちゃんとお友だちになってあげる」
「おたくの場合は、どうも動機があやしい。むろん、ボクは、純粋にそう思っていますが……」
巨体をふるわせるヤーコフを、ブロニスワフがからかう。
女子たちは、みんな立ちあがってフィリスを取り囲むと、さっそくたわいもない話で盛りあがっている。耳をそばだてると、どうも僕のことを話しているようだ。
「いくら免疫がないからって、カズマとふたりっきりでこんなとこにいたなんて、だいじょうぶだった?」
ワンダが、ひどい言い方をする。
「いや、カズマは、やさしいから――」
「カズマ!? そ、そう呼んでるんだ……」
なんだかわからないが、ワンダがキッと僕をにらむ。
「気をつけたほうがいいよ、ああいうムッツリほど犯罪をおかしやすいんだからね!」
「は、犯罪とは? 不法侵入ならたしかに……。で、でも、それは……」
「おい、おい、いい加減にしろよな。フィリスが困っているだろう!」
さすがに放っておけないので、女子の集団に突撃する。
「あっ!? 犯罪者がきた!」
「おまえらなぁ!」
「ギャー! 貞操が危険であぶない!」
「……貞操とはなんだろう?」
「だから、いい加減にしろって!」
「キャーッ!」
女子連中が、フィリスを連れて空中に逃げる。
……空中機動、きちんとできてるじゃないか!?
――僕への不当な評価はともかくとして、フィリスは、みんなに受けいれられたようだ。これで、チーム・ドルフィンにあたらしいメンバーがひとり加わった。
十三人の勇者たち、というところか。まあ、ちょっと数が悪いけれど――。
僕は、みんなとたわむれるフィリスの姿に、小学校にはいった娘をみる父親の気持ちがすこしわかった気がした。
なんだかおじさんくさくて、すごく嫌だけれど……。




