第十六話 風立ちぬ
まるで霊廟の中だ。
チーム・ドルフィンのロッカールームは、沈黙に支配されている。空気中の水分が即座に凍結するような、冷え冷えとした空気がながれる。
僕としては、もうすこしちがう反応を期待していたのだが、ちょっとジョークが高度すぎたのかもしれない。
僕は、どうしたものかと、凍りついたような十一人のチームメンバーたちを見まわす。
「お、おまえは……、バカか?」
アレッサンドロが、きしむような声をしぼりだす。
なんだかんだいっても一番回復力が高いのは、やはり彼だ。その沸点の低い脊髄反射的な対応は、硬直した状況を変化させる第一歩となる。
もちろん、悪い方向へ変化させることも多々あるのだけれど……。
「いや、バカなんてもんじゃねぇ……。大バカだ! 大バカ野郎だ! ニヤニヤ笑ってんじゃねぇよ! このバカッ!」
「アレッサンドロに同意するのは不本意なのですが、正確なチーム状況を把握していないリーダーを表現する言葉としては、たしかに、その種の罵り言葉しか思いうかびませんねぇ……」
いつものように、ブロニスワフの回りくどい皮肉がはじまる。
「ちょっと待って。ひょっとしたら、こちらの聞きまちがいかもしれない。もう一度、カズマのいうことをきいてみましょう」
いつもクールなサラフィナの言葉に、みなはうなずく。
「よし、話してごらん。ギュンターになにしたんだって?」
ワンダが、僕の顔をにらみつける。
僕は、降参の印に、両手をかるくあげる。
「だから、つまり、彼にケンカを売ってしまったんだ。結局、ベイオウルフに勝って今期の優勝を勝ち取る、と宣言したみたいな格好になってしまって――」
その言葉に、みんなは、ふたたび硬直する。
シーンと静まりかえった室内に、どこからか、すすり泣く声がきこえてくる。
「わ、笑われる……。みんなにバカにされる……」
わなわなと震え、泣き声をもらすのは、気弱なシェンだった。
「いやよ、そんなの……、ううう……」
つられて、普段から泣き虫のヴラジスラーヴァが、しゃくり上げはじめた。
やれやれ――。
さすがの僕も、どうしていいかわからない。せっかくよくなりはじめたチームの雰囲気をぶちこわしてしまったようだ。
やはり、このチームに期待するなんて、無理だったのだ。
まあ、それは分かっていたことだ。
それでも……と、ある種の変化を感じとっていた気になっていたが、まあ、世の中、こんなものだ。
僕は、肩をすくめると自分のロッカーから荷物を――。
「で、でも、か、考えてみれば、ボ、ボクたち、ずっと笑われてきたんだし……」
部屋のすみから、か細い声がきこえてくる。見ると、いつもにぎっているゲーム機から顔をあげたラジュが、僕を見つめていた。
「だ、だから、これ以上、わ、笑われたって、へ、平気なんじゃないかな……」
「気楽なこといってんじゃねーよ!」
「ひやぁッ!?」
アレッサンドロが拳をふりあげる。ラジュは、とたんに頭をかかえて丸くなった。
「ああ、もうめんどくさい……。いいじゃないですか、優勝を宣言したって。どーせ、そんなこと不可能なんですから。だれも本気にしないですよ」
ベンチに寝ころんでいたサイードが、だるそうにしながら起きあがってくる。
「まあ、そうね。本気になんてされないわよね。あたしたちがなにいったってさぁ……」
鏡にむかっているシィインが、化粧用のペンシルをとりだしながら、正面に映っているみんなの顔をみわたす。
「だけどさぁ、そういうのってのも、なんかムカつくよね。いくらあたしらが、ゴミだからってさ」
「でも、ゴミはゴミだし……」
ヤーコフが、巨大な身体をまるめるようにしながらつぶやく。
「スペースデブリの吹きだまりってのが、ドルフィンの評価だもんな」
リーが、人ごとのようにいう。
「あんたら、本当にそれでいいのかい?」
眉間にしわをよせ、腕を組み、みんなの言い分をきいていたワンダ。彼女は、きつい目をしてみんなを見わたす。
「本当にそう思ってるんなら、カズマがベイオウルフに誘われた時点で、気持ちよく送りだしてやればよかったんだよ。ゴミためから脱出できるチャンスなんだからね。それをしなかったのは……」
ワンダは、彼女にはめずらしく、すこし言い淀んだ。
「……うちらがそれをできなかったのは、恐かったからだろ? カズマがいれば、ゴミはゴミでも、恐れられ嫌われているにしたって、一目置かれる存在だ。でも、いなくなれば、本当に、ただ無視されるゴミになっちまう――」
みんなは、自分たちを注視するワンダの視線からのがれるように、顔をそむける。
「うちらは、みんな安心しきっていたんだ。カズマは、けっしてドルフィンから離れることはないって。他のチームが、わざわざトラブルの種をかかえたがるはずがないからね。カズマがいれば、自分たちのゴミっぷりが目立つこともない。それが、いきなりスカウトの話がでて、大騒ぎさ。それが、ここんとこうちらにしては、まじめに練習してるし、試合にも気合いがはいっている理由だろ? ちがうかい?」
室内を沈黙が支配する。
僕はといえば、すこしびっくりしてワンダを見ていた。彼女が、こんなに長々としゃべったところを見たことがなかったし、自分にとって痛いことを話すとも思っていなかったのだ。
「いいかい、うちらがカズマを選んだんじゃない。カズマが、うちらを選んでくれたんだ。だったら、ちょっとはいいところを見せようじゃないか。まあ、優勝はともかくとして、一勝ぐらいはあげよう。どうだい、アレッサンドロ。まだびびってんのかい?」
「俺は、びびったりしねぇ! いいだろう、ちんたらやるにも飽きてきたしな。一勝? バカいうな、三勝はしてやるぜ!」
「それでも、三勝ですか? まあ、非現実という点では優勝と似たり寄ったりですが……。不可能に挑戦するのも、滅びの美学としては許容できますねぇ……」
わけのわからないことをブツブツいいながら、ブロニスワフがヘルメットを装着する。 ほかのみんなも、いつもよりはテキパキとプロテクトスーツを装着しはじめる。ひとり、おどおどと周囲を見まわしていたシェンも、あきらめたようにスーツを着はじめた。
僕は、呆気にとられてその光景を見つめていた。
これは、その、つまり……。
「ほらっ、カズマ!」
ワンダが、僕のヘルメットを投げてよこす。僕は、あわててそれを受けとった。
「練習開始だよ。リーダーだったら、なにか威勢のいいこといって、チームを盛りあげな!」
「え? ええっと……」
そんなこと、急にいわれたってこまる。僕は、背中がじっとりと汗ばむのを感じる。
「ええ……、ぼ、僕は、ギュンターにいった。たしかに、僕たちは、宇宙のゴミみたいなものだって……」
とたんに、数名が、指を下にむけて、ブーイングする。
はい? なんだ、それ?
なんだ、そのノリ?
「……で、でも、ゴミだからなんだっていうんだ。太陽だって、宇宙の塵が集まってできたものなんだ。いや、すべての星が、地球だって、みんな塵から生まれたんじゃないか。ドルフィンは、ゴミだ。でも、ただのゴミじゃない。いつか星になるゴミなんだ」
「「「「「「ドルフィン!」」」」」」
ブーイングしていた数を上回る雄叫びがひびく。
なんだ、これ?
なんだ、これッ!?
でも、内心の困惑とはべつに、僕の口は止まらない。
「僕たちは星になるゴミだ! 僕たちは星になるゴミなんだ! 僕たちは星になるゴミだったらゴミだ!」
「「「「「「「「「ドルフィンっ!」」」」」」」」」
おい、おい、おい!?
「よし、みんな! 僕らは星になってかがやこう! ゴー! ドルフィン!」
「「「「「「「「「「「チーム・ドルフィン! ドルフィン! ゴー!」」」」」」」」」」」
ついには、全員が雄叫びをあげ、腕を振りあげ、脚を踏みならす。
「ゴー! ゴー! ゴー! さあ、急げ! ぐずぐずする奴は、宇宙に放りだすぞ! ゴミ屑ども! ゴー、ドルフィン!」
「「「「「「「「「「「ゴー! ゴー! ゴー!」」」」」」」」」」」
チームの全員が、ロッカールームを駆けだしていく。僕も、ヘルメットを小脇にかかえて、その後をおう。
正直な話、まるで熱血漢のチームリーダーのようで、大変に気恥ずかしい。僕が、こんなことをやるなんて、まるで想像もつかなかった。いったい、なにがどうなっているのだろう?
しかし、そう思う半面、わくわくとする自分もまた存在している。
僕がしらないところで大きな風がふき、それにのって飛ばされているようだ。
不安と期待。
でも、まあ、いい。いまは、この風にのってみよう。
そう思う僕の脳裏には、なぜか、風ふく草原にたたずみ微笑んでいるフィリスの姿がうかんでいた――。
この回はもうすこし先にすすんでから、かなり加筆するかもしれません。




