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告白

 「君は俺の太陽だ。

 ぜひ俺と付き合ってくれ!」


 昼休みに親友がいきなり放ったこの一言で、それまで騒がしかった教室に沈黙が訪れる。

 親友が頭を下げている相手は、突然の告白で顔を真っ赤にし、突然の事で混乱してしまったのだろう、助けを求めるように周りを見渡すが、クラスメイト達は誰も視線を合わせようとしない。

 そのクセ、しっかりとこのあとの展開を見逃さないように、視線を合わせないように注目をするという技を行使している。


 告白されたのは、先日このクラスに編入してきた女子だ。

 会ってまだ一週間しか経っていないのに急に告白されたらそれは困るだろう。

 女子の目にうっすらと涙が浮かびそうになるのを見て、俺は溜息を吐きだすと机の横に立てかけていたハリセンを持って親友の後ろに立つ。

 そして――、


 「この馬鹿!

 公衆の面前でいきなり告白したりしたら、彼女も困るだろうが」


 遠慮も、容赦も、躊躇も無く思いっきりその告白したときに下げたままの後頭部に向かって思いっきりハリセンを叩き落とした。


 バッチン


 ハリセンで叩かれたとは思えないようなすごい音が鳴り、親友が後頭部を押さえてしゃがみこむ。

 このハリセンは馬鹿の後始末ように、特別な厚紙を重ねて作った特製ハリセンだから見かけ以上にかなり硬く、これで叩かれたらかなり痛いだろう。

 まぁだからと言って叩くのに躊躇などはしないのだけど。

 うずくまった親友はほっておき、俺は告白された女子に話しかける。


 「ごめね。いきなり告白されて戸惑ったでしょう?

 あいつはあいつなりで真剣に君に告白したのだろうけど、君はあんまり真面目に反応しなくていいからね」

 「えっ、でも……」


 彼女は俺の言葉を聞き、俺とうずくまる親友を交互に見ながら困惑したような表情を浮かべる。

 だが、今まで黙って様子を見ていたクラスの女子からも、俺と同じような声が次々とかけられる。


 「うん、本当に気にしなくていいよ。私も入学したときに告白されたし」

 「私は昨日告白されたし」

 「私なんかこの間のも含めて、8回告白されたことがあるよ」

 「ウチは一日に二回も告白された事があるよ」


 クラスの女子からかけられる言葉に、戸惑っていた彼女も何となく、告白した親友の行動について予想できたのだろう、少しだけ安心したように小さくうなずく。


 ……しかし、今の発言を聞く限り、一体この馬鹿は何人に告白していたのだろう?


 ようやくハリセンに叩かれた後頭部の痛みが引いたのか、涙目で立ち上がった親友は、さっそく叩いた俺に非難の声を上げる。


 「おいおいブラザーなんでいきなり叩く。

 今俺は愛の告白の答えを聞く大事な大事な瞬間だったんだぞ」

 「別に聞く必要も無いだろう。

 いつも通り振られる運命だよお前は」

 「運命だと?笑わせるな。

 たとえそんな運命が万が一あったとしても、俺はそんな運命を曲げて見せる!」


 胸を張り堂々と親友はそう宣言する。

 そして片手を広げて俺の顔の前に突き出す。


 「5分だ」


 何が?


 「俺は今朝彼女に告白すると決め、鏡の前で最高の笑顔を練習してきた。

 そして一人、鏡の前で吹き出しそうになるのを我慢しつつ完成させたのが、この爽やかがあふれ出る最高のスマイルだ」


 あっつまり5分って言うのは鏡の前で変顔していた時間なわけね。


 「この爽やかなスマイルを見たら、きっと彼女も俺の魅力に胸打たれてメロメロになるはずだったんだよ!!」


 心の底から悔しそうに拳を握りしめる。

 だが俺には一切その悔しさがわからない。


 爽やか?

 確かに歯が綺麗なのは十分わかるが、なんというか爽やかって言うよりも濃厚って言葉が浮かんでくるスマイルなのだが……。

 こいつの家の鏡は歪んでいたのだろうか?


 とりあえず、俺はいつも親友の奇行を流してあげることにする。


 「わかった、お前の笑顔は最高だ。

 だから大人しく今回の失恋も受け止めような」


 通算何度目か分からない失恋という悲しい現実を受け入れさせようとする。

 だが、馬鹿には現実が見えていない。


 「失恋?

 馬鹿な…、まだ俺の魅力を120分の1もアピールしていないのにあきらめられるか!!」


 そう言って親友はいきなりシャツのボタンを外しだし、勢いよく上着を脱ぎ上半身裸となる。


 裸になった瞬間教室から上がる女子達の悲鳴。

 嘘です。

 悲鳴じゃなくて歓声です。


 俺もつい現実から目を逸らしたくなったので嘘をつきました。

 だって、上半身裸になった瞬間涎を垂らし、目を爛々と輝かせながらカメラを構えたクラスメイトの女子を見たら誰だって現実から目を逸らしたくなりますよ。

 一人ならまだしも、それが複数とか…………。


 そして、女子の歓声をその身に受けた馬鹿は、無駄に鍛えられた割れた腹筋、張った大胸筋、力みなぎる上腕二等筋、それら生命力あふれ出る筋肉に飾られた肉体を見せつけるようにポージングを決める。


 「ほう…、大分仕上げてきましたね」

 「前回よりも、筋肉の形が大分良い。

 かなりの筋トレをしてきたのでしょう」

 「ヤラないか」


 そんなポージングを見てクラスの運動部の男子達が口々にその筋肉を称賛する。

 ……最後のセリフを言った奴の事は忘れよう。


 男子からの称賛の言葉を受け、さらに筋肉に力が漲る。


 「見ろ!

 これが愛しの君に送る俺の愛、ボディーランゲージだ!!!」


 真正の馬鹿がここにいた。


 ボディーランゲージ。

 つまりは身体言語、身振り手振りで相手に自分の意志を伝えることを言う。

 だがこの馬鹿は、肉体言語と訳して体からあふれ出る愛を見せつけようとしているのだ。


 なんでポージングを決めたら愛が伝わると思ったのかはわからない。

 そしてそれで彼女が付き合ってくれると思っているのがさらに一層わからない。


 実際、目の前にいる彼女は顔を真っ赤にして、うつむいて下を向いている。


 俺はもう一度大きく溜息を吐いたあとに、再びハリセンを親友の後頭部に叩き付けた。


 「お前は本物の馬鹿だ!!

 彼女を見ろ。困って下を向いているだろう。

 一体どうやったらそんなポージング一つで告白が成功すると思っているんだ!」


 ハリセンの痛みで再び目に涙が浮かんでいる親友にそう怒鳴り付ける。


 「あ、あの…」


 そんな中、告白されてから今まで一言も口を開かなかった彼女が小さく声を上げる。


 「どうしたの?

 この馬鹿に土下座して欲しいの?

 ならさっさとさせるからちょっと待ててね」


 今までも告白した相手に激怒され、土下座などをさせられた事があるのですぐに親友に土下座させようと後頭部を掴み、無理やり座らせようとするがその前に彼女から待ったがかかる。


 「ち、違います」

 「えっ、違うの?

 なら首輪付けて一日下僕にでもする?」


 以前実際に親友がさせられた事があった罰だ。

 詳しく知ると何だか恐ろしいことになりそうな情報なのだが、その一日下僕の時の犬耳を付け上半身裸で涙目の親友の姿が写った写真は、学校の裏ルートで高額取引されているらしい。


 「そ、そんなこともしません」

 「これも違うんだ。

 え~と、ならこいつどうしたいの?」


 彼女は一体、この馬鹿にどんな事をさせたいのだろう?

 そんな事を考えていたら、彼女が小さな声で恥ずかしそうに呟く。


 「わ、私はつ…、付き合ってもいいです」


 その声が聞こえた瞬間、クラスに本日二度目となる沈黙が訪れる。

 そんな沈黙の中、もう一度彼女が言う。

 今度は顔を真っ赤にしながらも、まっすぐに親友の顔を見ながらはっきりと、


 「私でよければ、付き合います」


 この言葉で、クラスが爆発したかのような歓声と奇声が木霊する。


 「まじか!?」

 「あの馬鹿に彼女が!」

 「絶対俺の方が彼女できるの先だと思ってたのに、チクショウー!」


 そんなクラスメイト達の声を聞きならあまりの出来事に俺は茫然としていた。


 まさかあんな告白で付き合う女子がいるとは。


 そんな気持ちで一杯な俺に、親友は彼女ができたことに喜び、彼女を胸に抱きしめながら俺に向かって嬉しそうに、親友いわく爽やかなスマイルで俺に言ってくる。


 「見たかブラザー!

 運命なんか愛の前では曲がってしまうのだ!

 あーはっはっは」


 そんな幸せいっぱいの親友を見て、いろいろ言いたい事があるがここはひとまず親友として祝してやろうと気持ちを切り替えようとしたときに、俺は見てしまった。


 親友の胸に抱きしめられた彼女が、それまでの恥ずかしそうな表情とは一変して、肉食獣のような笑みを浮かべて親友の体に見惚れている事を……。


 この日俺は親友が起こす馬鹿騒ぎに、今日からさらに混乱の種が増えたと感じてしまった。


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