第八章
放課後。レイルはゲイル、ユウを連れて訓練場に入っていた。三人の連携、その強化の為である。多数のモンスターを呼び出している為、危険回避にとテリー、ショウの二人は入口で待機、他の利用者に注意を呼び掛けている。
「支援魔法、全部終わったよー。速度強化と耐久上昇だけで良かった?」
ゲイルの身体能力では、到底レイルに追い付けない。その為にユウが呼ばれ、後方支援を行う事となっていた。
「ああ、十分だ。今回は人狼族がメインだけど、慣れてきたら他の獣人系も行く。ランダムポイントでやるから、かなりの距離になるけどな。やれそうか?」
「テリーならまだしも、お前の全力ならギリギリで張り付けるよ。心配なのはユウだけどな?」
後ろにいるユウを見ながら、ゲイルはため息を吐いていた。半魔族でありながら、彼女の身体能力は実際、かなり低い。回復役という性質を考えれば、必要以上の能力は備えているのだが……。
「索敵、前衛は俺がやる。ゲイルはユウを護衛しながら、後からついてくればいい。ユウ、後衛と補助の二役になるけど、大丈夫だよな?」
「うん、多分だけど。レイル君が守ってくれるって信じてるから、平気だよ?」
頷いたレイルは、二人を置いて走り出した。三種類ある訓練場の内、今彼らがいるのは最も狭い第三訓練場。平原を模したこの場所は、狭いとはいえ端から端でも八キロに及ぶ。要所には森も配置され、ランダム出現するモンスターを探すだけでも、それなりの時間を要するのだった。
「速いな……。見つけたら合図するって言ってたけど、どうやって―――」
つぶやいている内、視界の隅で光が瞬いた。その方角からは、数匹のワーウルフが転がり、跡形も無く消え去っていく。
「って、そういう事かよ?!あの野郎、連携なんて要らないんじゃねえ?」
そのセリフに、ユウは苦笑で返した。次いで同感、と小声が聞こえてくる。
「ゲイル、そっちに一匹飛ばすから跳ね上げろ!同時にユウは障壁を全力展開、巻き添えを食うなよ?」
二人の到着と同時に、数匹のウルフを引き付け、吹き飛ばしていく。俺の長剣だと、モンスターを上に跳ね飛ばす事は難しい。だからこそ、アックス使いのゲイルを呼んだわけだが。
「人使い荒いな、おい!おら、ぶっ飛べ!」
身長と同じ長さの、巨大なバトルアックス。それを自在に振り回す姿に、当初は面食らった。例えるなら暴風、若しくは台風。多勢に無勢という状況なら、一番頼りになる奴だと、俺はそう思っている。というか以前、数十体のウルフに囲まれてる状況で、無傷のまま出てきた位だしな……、しかも一人で。
ゲイルが跳ね上げたモンスターを追い越す為、俺も全力でジャンプ。コツは魔力を足に集中させ、飛び上がる瞬間にそれを爆発させるイメージ。肉体強化の魔法は常に使っていても、流石にジャンプ力まで無限に上がるわけじゃない。地道に反復練習をしていて良かった。
「必死になってる所悪いが、これで終わりだ。ゲイル、もう一発!」
上死点にたどり着く前に、もう一度地面へ叩き付ける。俺の意図を察したのか、その着地点では既に、アックスを構える姿が見えた。
「よっしゃ、任せろ!星になっちまえ!」
馬鹿でかいアックスを振り回し、巻き込まれたウルフが空の向こう側へと吹き飛んでいく。ユウに障壁を張らせたのは、この衝撃から守る為。それでも巻き込まれたのか、上から見た場所から少し下がっていた。あいつ、後で説教だな。
最初の『大雑把な』連携を除き、その後は順調に戦闘を続けていた。流石に先行しすぎたのか、途中からレイルも合流し、三人での索敵に切り替えていたが。
「なんか、こういうのも楽しいね~。ゲイル君の戦闘って初めて見たけど、何となくスカっとするし。時間も結構経ったから、そろそろ終わりにしない?」
訓練場内では、外側の時間を確認する術は無い。その代り、訓練場の空にはそれぞれが入ってからの経過時間が、うっすらと見えるようにされていた。どういうシステムなのか、それを知る者は学園には数名しかいないが……。
「なあ、ゲイル。確か、ウルフとドラゴンレイスの初級、それだけしか選択してないよな?」
不意に立ち止まったレイルが、小声でそう呟いていた。空を見ていたユウは、前のゲイルにぶつかりそうになる。横から覗いたユウが見た物は、巨大なゴーレムの群れ。それも全て、難敵、強敵に分類される類の、クリスタルゴーレム。水晶で作られたそのゴーレムは、あらゆる物理攻撃、一部の魔法を無効化してしまう。攻撃魔法を使えるのがレイル一人である以上、苦戦するのは目に見えて明らかだった。
「ユウ、ここは俺たちで引き受ける。先に脱出して、先生を呼んできてくれ。レイル、貧乏くじ引かせるけど、いいか?」
頷き、ユウは一人脱出していく。訓練場においては、モンスターを倒すか、試験官クラスが持つ権限でリセットを行う以外、モンスターを消去する方法は無い。そして死に至る負傷を負えば、それはそのまま帰還した際にも残ってしまう。つまりここでレイルらが退けば、他の生徒が犠牲になる、という事だった……。
「回復薬はそれなりにあるけど、かなり厳しいぞ?ユウの支援ももう切れるし、お前も戻れ。一人なら、それなりに持ち堪えられるからな」
言うが早いか、レイルは自分の持つ離脱用アイテムで、ゲイルを強制帰還させる。反論する間も無く、ゲイルは光に包まれ、その姿を消した。それを合図と見たか、ゴーレム達は彼に向けて突撃を開始する。鳴り響くは、大地を割らんばかりの地響き。立ち向かうは、ただ一人の少年。戦闘と呼ぶには程遠い、傍から見るには蹂躙と取れる争いが、ここに始まる。
「今、テリーとユウが先生を呼びに走ってる。ほら、これでも飲んで少し休んでろ」
長い時間訓練をしていた為か、ゲイルの体は消耗しきっていた。レイルはそれも見越していた為、戦闘には加わらせず、一人残ったのだが……。
「畜生、あのバカ。ショウ、コントロール室は?今、誰かいるのか!」
「いや、ユウの話を聞いて見に行ったけど、誰もいなかった。さっきも話したけど、俺達はどっちも入ってないし、あんな化け物出すなんて真似、するわけがない。考えられるのは―――」
ゲイル、ショウも以前、クロハとレイルが遭遇したというワイバーンの話を聞いていた。彼が言おうとしたのも、それについてだったであろう。誰かが故意に、あれを出したとしか考えられない、という事だ。
「ここからじゃ、コントロール室は見えないしな。お前らを責めるなんて出来ないし、そもそもこっちから頼んで、警備員の真似事をさせてるんだ。巻き込んだ形で悪いな」
「気にするなって。それより、レイル一人で大丈夫なのか?俺が行っても足手まといだしな、実際」
「煌めけ光槍、全て貫き、全てを浄化せよ!《ホーリー・レイ》!」
無詠唱魔法、捕縛系の魔法は全て無効化され、レイルは窮地に立たされていた。詠唱に集中しなければならない召喚は全てキャンセルされ、ただひたすらに追い込まれていく。苦し紛れに放つ魔法は牽制にはなるものの、決定的なダメージを与える事は出来ずにいる。
「契約に従い、我に従え。我は―――」
詠唱途中に攻撃を受け、辛うじて避けはするものの、強制的に上級魔法の詠唱は止められる。数体は倒したものの、そこからは同じ事の繰り返しだった。まるで、そう動くようにプログラムされている、とさえ感じられる程に。
反射的に薙いだ剣が、一体のゴーレムの腕を切り落とした。上級魔法の詠唱を妨害され、無駄と知りつつも出した、苦し紛れの反撃。そしてそれが、反撃の糸口となる。
「今、確かに剣が魔力を……?そういえば、父さんが言ってたっけ。魔法を剣に纏わせられれば、攻撃力は格段に上がるって。それなら!」
残り少なくなった魔力の大半を、剣へと注ぎ込む。通常であれば鉱物が蓄える許容範囲を大きく超えた、有り得ない程の魔力量。それを可能とするのは、封印されているとはいえ、それが魔剣と呼ばれる一振りに他ならない為だった。奇跡と呼ぶには出来すぎた、デザインされた状況。これを作り出した者の描いた通りなのかは、誰も知る由がない。
この次の更新で、第一部的な部分が終了する予定です。
実はここまでの部分、前に書いた時とは大きく変わっています。
というより、第一部に関しては大幅に加筆修正を加え、私的には主要人物の設定を一通り出せたかな、と思っています。
何かしらコメントあれば、ぜひ記入してやってください。