第三十五章
草原を走り抜け、深い森に身を隠す。俺達を追いかけてくるのは、地平を埋め尽くす程に夥しい、モンスターの群れ。っていうか、流石にあれは対処しきれない。
「手当たり次第、適当に召喚したって感じだな。クロハ、今のうちに回復しておけ」
何とかやり過ごし、手持ちのポーションを渡しておく。その辺りに自生していた薬草でも、珍しく品質は良好。戦乱に巻き込まれていない土地柄であり、大地が荒れていない為だろう。
「ありがと……。試験場でもないし、あれはちょっと、ね。次が最後だっていうのに、こんな所で躓くなんて」
リュージュ達と別れて、早一か月が過ぎた。帝国軍の宣戦布告から考えれば、もうすぐ一年が経つ。戦況は良くも悪くもならず、大規模な会戦は皇国が勝ったり負けたりを繰り返している。将の質は皇国軍が勝るが、兵数の差だけは覆せないらしい。
「まあ、あの大規模術式は止めたし、少しはマシになるさ。あの城さえ潰せば、帝国軍の物資拠点は無くなるんだ。早いうちに終わらせたい所だけど……」
クロハの顔を見ると、何とも言い難い表情を浮かべていた。城の周囲には大量の魔法陣が敷かれ、全てが無作為にモンスターを生み出す。この戦乱で大陸の人口は半数近くが無くなり、全て人形兵へと改造されていた。人形の素材が無い為か、帝国軍の防衛線力は召喚されたモンスターが大半となっている。ゼロから素材を集めるより、その方が効率が良い事は、認めるしかない。
「現実的なのはあれを壊して、それから侵入、って感じなんだけど……。レイル君、あれ倒せる?」
「無理。あれならシャルとゲイル、リュージュの三人が敵に回る方がまだ安全だ」
「ははは……、確かに。でもさ、どうにかしないと、だよねぇ」
軽口を叩きあっても、互いに目は笑っていないらしい。とはいえ、無理にでも突破しなきゃ始まらない。クロハと二人、無理をしつつもここまで来たんだから……。
話は半月前に遡る。ミネルバやリュージュらと別れたレイル達は、当初の予定通りに大陸北部を回っていた。道々の拠点や城、砦の類は全て押し通り、あるいは薙ぎ払い、進撃を続けていった。皇国軍さえその戦果に驚き、それらがたった二人による物と知った際は、魔王の再来かと疑う者さえいたと言う。
「背中を気にしなくていい、ってのは楽だな~。使い切った事も無いけど、魔力切れの心配も要らないし。今日はこの辺りで休むか?」
帝国軍の侵攻により、その周辺にあった町や村は、住民の全てが避難していた。略奪や無用な徴兵を避ける為であったが、逃げ出した先でその大半が捕らえられ、人形兵として改造されている。
「うん、そうしよっか。それにしてもレイル君、変わったよね。顔つきもだけど、口調が軽くなった」
「そうか?意識した事は無いけど、な。近くに帝国軍の野営地は無かったけど、念のために結界だけは張っておくか。疲れてるだろうけど、手伝ってくれ」
彼が変わったとするならば、それは全て両親の影響である。片や幻影、片や人形という身であったが、彼には少なくない物を残していった。他の誰にも与える事の出来ない、かけがえのない物を。
「うん、了解。侵入対策のを一通り、でいいんだっけ?」
「ああ、ついでにアラームも仕掛けておこう。前に一回見ただけなんだけど、不意に思い出してさ。それと探知系は俺がやるから、《人払い》と《禁足》だけ任せる」
頷きあい、二人はそれぞれの方角に分かれる。多重に結界を用意する場合、核となる場所は分割する事が通例であった。種類によっては術式が似通っている事もあり、互いに干渉する事を避ける為に。当然それらを回避する術は二人ともに知識として保有しているが、それも間違いなくとは言い切れない。避けられるリスクは避ける、それが二人の暗黙の了解として存在していた。
「前に立ち寄った村で聞いたんだけど、この戦争で人口は半分位になったんだって。定期的に来る隊商の人達が、何処に行っても物が売れない、ってぼやいてたとか。嫌だよね、こんな世界……」
夕食を終え、一息ついた所。人やモンスターの気配は全く感じられず、クロハも落ち着いた様子を取り戻していた。数日間戦闘の連続であり、気を休める暇も無かったのだろうか。
「その大半はさ、帝国の連中が実験に使ってるらしいんだ。こっちの地方は直接それには関わってないらしいけど、奴らに同調してるってだけで、十分罪は重い。見張りはドラゴンに任せて、今日はゆっくり休め。明日から、こっちでは一番危険な橋を渡る事になるからな」
クロハは頷き、点けていた灯りを消していく。借りている家の中で見つけた、小さなランプ。心なしかそれは、二人の間を細く、縮めているように感じていた。




