第二十七章
レイルが生まれたのは、雪の降る夜だった。まだ村と呼べる程に人口は無く、ノイエ達を除けば、たった五人だけの、小さな集まり。出産の際、多量の魔力放出が起こる可能性もあり、ノイエは幾重にも重ねた結界を用意していた。外からの魔力を止めるでなく、内からの暴走を抑え込む為に。
「頑張れ、レクトリア。頑張れ!」
痛みを和らげる為、必死に叫ぶ彼女に、ノイエはただ呟いていた。生まれてくる、新たな命。そしてそれは、二人が残せる、かけがえの無い証であった。
「生まれた……。レクトリア、生まれたぞ!」
叫び声が止むと同時、代わって一つの泣き声が家中に響いた。新たな生命の誕生、それを告げる呼び声。その名前は、彼が生まれる以前より、既に決められていた。
「レイル、よく生まれてきてくれた……。ありがとう。レクトリアも、お疲れ様」
レイル、レ・イール。ロスト・スペルに散見されるその単語は、現在の大陸には残っていない言語であった。意味は、古の英雄。古代エルフ語と違い、ロスト・スペルに関しての調査資料は旧帝国や学園でも持ち合わせていない。その魔法を使用する者が大陸に殆ど存在しない今、それに気付く者もまた、存在しないのであった。
「ああ、良かった……。ごめんなさい、まだ目がよく見えていないの。レイルを、抱いていてあげて」
そうして彼は、この世に生を受けた。かつて前例の無い、三大種族全ての血を引く存在として。携えるのは、他に類を見ない程に強大な魔力。伝説とも謳われる魔王、それと同等の力を持つ事となる少年の、最初の物語。
英雄の名に相応しく、彼は成長していった。徐々に住民は増え、それに呼応してか、友人も増えていく。深い森に作られた集落なだけに、モンスターの数も多い。それらと遭遇した際、レイルは常に先頭に立ち、友人が逃げる機会を作り続けた。最も戦おうものなら敗北は必至であり、ある時期までは時間稼ぎが主ではあったが。
「レイルも、もう六歳か。あれだけの魔力量だ、保有するのも辛いだろうに。他に、何か良い手段は無いかな」
「私の技術では、半分を抑えるのが精一杯だもの。『アヴェンジャー』を持たせておく以外、あれを制御する術なんて―――」
二人の子供は、その身には余りある程の魔力を有している。親である自身らを合わせても足りない、ほぼ無限ともとれる程の魔力量を。人体にそれだけの物を蓄えるのは、大人でさえ危険とされていた。どのような結界、封印式を併用しても、二人には奪う事はおろか、抑制させる事さえ不可能であった。まるで、体内に暴れるケモノを宿しているかのように、封印を拒んだのであった。
「アレは本来、この世にあってはいけないんだ。オリジナルを全て集めれば、冥界の門を解放する事が出来るからね。だが、私達には、他にあの子を守る術が無い……」
窓から外を見れば、数人の友達と森へ入っていく、息子の姿があった。腰には、身の丈とほぼ同じ大きさの剣。六歳の誕生日を迎えた時、父親から託された物であった。
「帝国軍が奪ったというのは、あれの複製品だったかしら?あなたの母親も、とても強かだったようね。と、話している場合じゃないわ。今日中に、例の研究も纏めてしまいましょう?完成しさえすれば、あの子があんな物を持ち続ける必要だって無くなるんだもの」
頷いたノイエは、居間の床下を開いた。レイルも知らない、秘密の研究室。書斎での研究はあくまで仮の物であり、本命はそちらで行われていたのだった。
その夕方、村は謎の軍隊により、壊滅する事となった。生き残ったのは、食材を探しに森へ入っていたレイル、ただ一人。夥しい死が群れていたものの、両親の遺体は見つからず、レイルは遺体の無い墓を、その場所からほど近い丘へ作っていた。かつて一度だけ、三人で遊んだ場所。季節が廻れば花が咲き乱れるその場所は、少年がいつか夢に描いた、思い出の場所であった。